其の弐拾

 何が起きているのか、部下たちの背後に居るクーゼラには解らない。

 ただ一人一人と走りながら前のめりに転ぶように倒れ……そして三人目が倒れた。


 青年から感じる気配で、ただ者では無いと思っていた。

 思ってはいたが……こんなにも化け物染みているとは想像すらしていなかった。


 一対一となればクーゼラの部下など闘技場の戦士よりも格が落ちる。

 通り過ぎるが如く胴を薙いで、振り返り一刀でその顔を半分に割る。

 顔色一つ変えることなくミキは四人の部下を斬って捨てた。


 ラーニャはその様子に口元を押さえ恐怖に震え、レシアは両手を握って悔しそうに体を震わせ地面を蹴る。

『だからこれは踊りじゃ無いって』と思いながら、ミキは刀を払って血と脂を飛ばした。


「悪いな。この程度で首を取られるほど弱くも無い」

「その様だな」

「諦めないか? 将なら将らしく……引き際を間違えるな」

「引き際ならもうとっくに過ぎている。たぶん……化け物共を道具にした時点でな」

「それに気づいていてもか?」

「ああ」


 クーゼラは体を震わせ両手を自身の前へと突き出した。


 まるで何かを抱え持つかのように。

 受け取るかのように。


「目の前にあったんだ。国王の椅子を手に入れる機会が! この体には王家の血が流れている! ならば望むだろう! 求めるだろう! その椅子を! その地位を!」


 だがまるで全ての物を掴み損ねたかのように……彼の手は自分の頭へと向かう。

 手で顔を覆いクーゼラは吠えた。


「何が悪いと言う! 機会があったのだ! だから望み得ようとした! どんなことをしてでもだ!」


 肩を震わせる相手の心中を察し、ミキは何も言わずその顔をレシアに向けた。

 ジッと相手の目を見つめていると……最初は意図に気づかなかった彼女だが、見つめ返して頷いた。


 ミキがこの日の為に彼女に頼んだこと。

 それは兵士たちが恐怖して動けなくなる様な化け物達を集めて来て欲しいと言ったのだ。

 結果彼女は近隣からこれでもかと言うほど集めて来た。それを解放しろと今頼んだのだ。


 パンパンとレシアが軽く胸の前で手を叩いただけで、何かが動き出す気配が辺りを支配する。

 大小様々な"友達"が解放されたのにも関わらず、こちらの様子を見に集まって来てしまった。


 だがそれは恐怖し動けなくなっていた兵士たちも同じだ。

 自分たちに興味すら示さずただ睨みつけていた化け物達が何を見に行くのか気になる。

 一人、また一人と歩き出し……そしてそれを見た。


 化け物達に囲まれる中心で、頭を抱え泣き震えている主の姿をだ。


「人は誰しも上に立ちたいと思うんだ! そうであろう!」

「まあその気持ちは解らなくも無いがな」

「なら求めろ! 欲を出せ! お前なら出来なくないだろう!」

「話をずらすなよ? それに俺はそんな小さな物に興味が無い」

「小さい……だと?」


 辺りの異様な状況を把握して居ないのか、クーゼラは普通に立っている。

 それよりも相手の言葉が気になって仕方が無い。

 国王になることを、国を治めることを、小さいことと言う相手にだ。


 空いてる手で頭を掻きつつ、ミキはレシアに目を向けた。


「どうやらうちの家風らしい。旅をして腕を磨く……その為には国王なんて椅子は邪魔でしかない。何より俺たちはこの世界を回って全てを見ようと誓った。ハインハル一国なんて小さすぎるだろう?」


 嬉しそうに駆け寄って来たレシアは相手の腕に抱き付く。刀を持っていない空いてる方の腕に。


「世界を相手にしようとしている俺たちだ。最初から見る物が違うんだよ」

「そうか……」


 呟き疲れ果てた様子で息を吐いた彼は……ようやく辺りの様子に気づいた。


 化け物と兵たちがこちらを見つめている不思議な光景を。

 だが目の前に立つ青年ならば、きっとその様な"世界"を築くことが出来るのかもしれない。

 欲が無く……実現には程遠いことだが。


 腰の剣を抜いたクーゼラは、それを眼前に構えた。


「勝負だ」

「……解った」


 空気を察してレシアは離れる。それを感じながらミキは抜いたままの刀を構えた。


「ハインハル騎士、クーゼラ・ウルスント・ハイン」

「浪人、宮本三木之助みやもとみきのすけ玄刻はるとき

「「勝負!」」


 同時に動いた。


 クーゼラは相手の方が強いと分かっているだけに剣を振りかぶらない。

 部下たちの死を無駄には出来ない。見ていて何も学ばないのは愚の骨頂だからだ。


 ミキは相手が守りながら渾身の突きを狙っているのを肌に感じていた。

 それだけに攻められずにいた。一撃で終わりにするのが勿体無いからだ。


 ならば……


 不用意に振るった刀を剣が弾く。だがすぐに戻りまた突きの機会を伺う。

 それでもミキは誘う様に刀を振るう。左右の腕を動かしこれでもかと。


 クーゼラとて理解していた。

 相手が誘っていることを。真剣を用いたこの場でその様なことをされる自分の力量を。

 だが誘いには乗らない。若かりし頃は相手を一撃で仕留める為に突きを練習し続けたのだ。


 あの頃は国を思い腕を磨く日々だった。

 仲間たちと国の未来を語らい、酒場の女を口説いて笑う……そんな他愛もなく平和な時だ。

 気づけば仲間たちとは離れ離れとなり、残っていた数少ない者は化け物を使うことに反対して、口封じのために殺した。


 自分は一体何のために国王となろうとしたのだろうか?

 国を護るため? 民衆を護るため? 仲間を護るため?


 解らない。


「一つ聞きたい」

「……」

「お前は何故その刃を振るう?」


 ミキはフッと笑う。余りにも馬鹿らしい質問だったからだ。


「護る為さ」

「何を?」

「惚れた女を……な」

「そうか」


 氷解する様にクーゼラの中で気持ちが晴れた。

 そうだ。結局は"護る為"なのだ。その為だけに剣を振って戦うのだ。

 ただ人それぞれ護る物が違うからこそ衝突もするし争いもする。

 でもすべての根底は同じなのだ。


「ならば我も護ろう」

「何を?」

「……部下たちを!」


 渾身の突きをクーゼラは放った。




(C) 甲斐八雲

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る