其の弐拾壱
「ミキさん!」
「……ん?」
元気良く声を掛けて来る者など分かり切っているので、ミキの反応は一瞬遅れた。
ようやくたどり着いた闘技場での試合を目の当たりにした彼は、理想と現実のギャップにしばらく意気消沈していると聞いていたが……どうやらそれも終わっていた様だ。
「何だ?」
「はい! どうすれば闘技場の舞台に立てるでしょうか?」
「……本気で言っているのか?」
「もちろんです」
キラキラと輝かんばかりにその顔に笑顔を見せる相手……ライリー。
このググランゼラに来るまでに二度ほど小規模の化け物たちに襲われた際、無難な感じで小型のモノを斬り倒したらしい。
腕がそこそこなのは分かっている。ただそれだけなのだ。
軽く頭を掻いたミキは……まず質問することにした。
「どうして舞台に立ちたいんだ?」
「自分の腕を試したいんです」
「それで?」
「? それだけですが?」
「そんな理由であそこに立つと言うのか?」
「えっ? ええ」
突き放す感じで問う相手の様子に、ライリーは軽く半歩片足を引いていた。
そこまで怒らせる返事だったかと……内心で戸惑っていたのだ。
だがミキは敢えて畳みかけた。
「奴隷でも無いのに舞台に立つ理由がそれなのか?」
「はっはい」
「命がけで?」
「……」
「死ななくても良いのにそれでも舞台に立つのか?」
「ミキさんも立っているじゃないですか!」
ようやくライリーは理解した。
自分は遠回しで相手から"弱い"と言われているのだと。
それを理解して激高する気持ちを押さえることが出来なかった。
「毎日の様に舞台に立ってほとんど戦わずに負けている!」
「ああそうだな」
「……そんな人に舞台上の生き死にを言われてもピンと来ないです!」
「そうか。でもお前よりかは遥かに強いぞ?」
「逃げてばかりの人がですか! あのイルドを倒したと言う一戦もどうせ逃げて勝ったんでしょ!」
「そうかもしれないな。でもどんな手を使っても勝つことを考えるのが、舞台に上がる戦士の心構えだと思うがな」
「そんな戦いは山賊夜盗の物です!」
『現実を見ても尚まだ理想を語るのか?』
ミキは内心ため息を吐きながらやれやれと肩を竦めた。
「ならお前が見た闘技場の戦いは理想的な戦いだったのか?」
「……」
「現実を見て知ったのだろう? あの場に望む者は誰もが生き残る為に必死なんだ」
「……」
「手段なんて選ばない。生きる為なら何でもする。だからそれを見る者は熱狂するんだ」
必死に生きようとする者を見世物にする。それが闘技場の本質だ。
ミキとてその考えに共感など出来はしないが、自身の本質は戦いを求めている。
剣術の経験を求める以上は……見ているだけでは得る物は微々たる物だ。
実戦で己の感覚を研ぎ澄まし、己の技術を研ぎ澄まし、そして生きる為に刀を振るう。
それによって自分は目指す頂の彼方を望めるようになるはずだ。
しかしミキの気持ちなど相手には伝わらない。
現実より、理想を求める気持ちの方が勝っているのだ。
「だから自分が上がって本当の戦い方を見せたいんです!」
「本当の?」
「そうです! あんな不器用で不細工な戦いでは無くて、もっとこう……洗練された戦いを!」
両手をきつく握りしめて語る相手を見て……ミキは悟った。
このまま話しても平行線をたどるだけだと。
「そうか。なら俺がクラーナに話しておく」
「本当に?」
「ああ。ただ……何が起きても文句は言うなよ?」
「当たり前です! 舞台で戦えるなら文句など言いません!」
要件は終わったとばかりに彼は駆けて行った。
随分と嫌われたものだなと思い、元々好かれようとしていなかったことに気づいて苦笑する。
言い争っていたせいで集めてしまった周りの者たちの視線から逃れる様に、ミキも止めていた足を動かした。
暇など与えないと言われているかの様に厄介事が向こうから転がって来て……本当に休めない。
微かに口元で笑い、ミキはこれをどう治めるか……そのことに考えを巡らせた。
ライリーはクックマンの護衛から借りている剣を振って鍛練をしていた。
ようやく戦えると……興奮して止まらない気持ちに突き動かされるままに。
しばらく剣を振り、全身から噴き出す汗に気づいて腕を止めた。
辺りを見渡し、念のために木陰に入って布で汗を拭いだす。
最初は服の間から腕を差し込み拭いていたが、それでは十分に拭くことが出来ないので……仕方なく服を脱いだ。
傷一つ無い白い肌。まるで陶磁器の様なその肌を優しく拭き、ゆっくりと胸に手を伸ばす。
小振りだが形の良い自分の胸を拭いて……そこでライリーの手は止まった。
いつの間にかに目の前に人が居た。
「えっ?」
「はい?」
驚き声を上げたライリーの視線に、湧いて出た彼女……レシアは自分の後ろを振り返り確認する。
覗いているような人はいない。なら問題は無いと思い視線を戻すと、体を拭いていた"彼女"が……顔を真っ赤にさせプルプルと身を震わせながら両腕で胸を隠していた。
「何で居るんですか!」
「はい?」
「一体どこから!」
怒られた。
驚きつつ軽く耳を両手で塞ぎながら、レシアはキョトンとした様子で答える。
「ずっと居ましたよ。最近はこの辺りで踊りの練習をしているので」
「……居たの?」
「居ました。ああ……私はシャーマンなので、自然とその御業を使ってしまうんです。それで見えなかったのかもしれないですね」
納得納得と言わんばかりに頷く相手に……ライリーは明確な怒りを抱いていた。
(C) 甲斐八雲
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