其の弐拾
「勝者……クイード!」
一方が負けを宣言し、武器をしまい試合が終わった。
勝ち名乗りを受けた男は全身滝のように汗を流しながら、震える足に鞭を入れて舞台を降りる。
敗者である若者の方は疲れた様子すら微塵も見せずに、軽い足取りでスタスタと舞台を降りた。
ブライドン王国内、闘技場……ググランゼラ。
「ミキ~」
「ん」
「お疲れ様です」
「……熱でもあるのか?」
「何ですか! 私だって無事に帰って来てくれたことを喜んだりする気持ちとかあります!」
気持ちだけなら汗を拭く布の方が欲しかった。
ミキはプンスカ怒る彼女の頭を軽く撫でてやる。
不機嫌が一瞬でどこかに飛んでいき、レシアは輝かんばかりの笑顔で撫でる手に甘える。
「おうミキ。終わったのか」
「ああ」
「今日
「今日も負けだよ」
商売は部下に任せているので闘技場に居るクックマンは、基本暇だ。
賭けを楽しんだり、旧知の奴隷や戦士と会話したりして過ごすのが彼の流儀なのだ。
その流儀のお蔭でミキと出会い、今は商人として恥ずかしくない規模で仕事が出来ている。
「そろそろ真面目にやらんのか? お前の勝ちに賭けて大損した部下たちが嘆いていてな」
「賭け事に絶対は無いって証拠だ。それに真面目にやったら……対戦相手を全員殺してしまう」
「だからその鉄の棒を持って舞台に上がっているのか?」
「"十手"だ。これを持って舞台に上がっているのは……ただの鍛錬だよ」
「殺し合いの場で鍛練する方が間違っていると思うがな」
呆れた様子でクックマンは笑うと、またどこかへ歩いて行った。
今回の目玉である初物の販売は、先日大盛況で終わっている。おかげでどこに行っても彼の元には人が寄って来る。
商人の財布の紐は固いだろうから……ただ酒にありつけることは無いと思われるが。
「ミキ~」
「ん」
「今日も後であの子の所に行きたいです」
「分かった。着替えたら行こう」
「は~い」
まるでその返事を分かっていたかのようにレシアは彼の手を引いて歩き出す。
向かうのは二人が使っている天幕だ。
「来たよ~」
「……」
レシアは駆け足で近づきその太い足に抱き付いた。
一つ目の巨人は今日もその場所に座ったままだ。
猟犬でももう少し聞き分けが悪い様な気もするが、巨人はレシアの"お願い"には絶対服従だ。
ミキはいつもながらにどこを見ているのか分からない一つ目を見る。
毎日の様にここに来ては巨人を見ているせいで、最近では愛着すら覚える様になって来た。
『タイタンスレイヤーの称号は諦めよう』と彼の中で決定事項になりつつもある。
あの日、一つ目の巨人と出会った日、レシアが聞き出した巨人の願いをミキは聞くことにした。
化け物と呼ばれる存在の願いを聞くのは正直抵抗があったが『ミキなら大丈夫ですよね? 直ぐに解決ですよね?』と期待に満ちた目で見て来る彼女の気配に頷くしかなかったのだ。
ただ自分の見えない場所で、こんな危ないモノと会っていたのが許せなかったから、クックマンの商隊に戻るまで説教をし、その夜は躾の為に尻を叩いて厳しく叱った。
立木に背を預け、ミキは彼女が巨人と戯れる様子を眺めていた。
一緒に付いて来てしまいそうなほど従順な姿勢を見せる巨人には、姿が見えない程度に離れて行動する様にとレシアに頼んで命じてある。
出会った日、商隊の護衛が巨人の姿を目撃したから出発が遅れたのだ。
それほど人は……巨人を警戒する。危険すぎる存在だと。
だが一つ目の巨人は本当に困っていた。
何でも仲間たちが全て連れて行かれてしまったそうだ。
犯人は想像できる。
それに巨人ともなれば良い戦力にもなるし、敵対するであろう二つの国の兵に同情する。
問題はそんな"命令"は可能なのか?
自称"力の強いシャーマン様"が言うには可能だった。
躾の為に尻を叩いた後で聞いた彼女は、全身を弛緩させとても素直に答えてくれた。
お願いの仕方にもよるが、上手く相手を動かすことが出来れば……との返事だった。
ただそんなお願いを続けていれば、そのシャーマンは自然から見放されて力を失う可能性もあると。
あっちこっちに散らばっていた糸の様な物が、ようやく繋がり形になって来た気がする。
解ったが……その答えは、彼にある事実を突きつけた。『今は何も出来ない』と。
イットーン陥落でハインハルの国軍が動くことだろう。そしてたぶんブライドンもだ。
本当に『独立派』が居るのなら、その時一つ目の巨人の仲間がどうなっているのか分かる。
人と争い、傷つき息絶える巨人も居るかもしれないが、全てを救うことなど最初から無理だとミキも思っていた。
昔の様に……"幕府"にお伺いを立てるなど不可能なのだから。
全て自分の責任で実行するしかない。
あの頃に学んだことや経験を生かせはするが、責任だけは信じられないほど重い。
本当の意味で"実戦"なのだ。
巨人の足に戯れるレシアを見つめ……ミキは軽く頭を掻いた。
「ミキ~」
「ん」
「この後はどうするんですか?」
「……お前の尻でも叩いて」
「違います! 次はどこに行くのか聞いてるんです!」
夜となり、いつもの様に二人きりで天幕の中で体を寄せ合い横になる。
甘えながら質問して来たレシアは、その答えに両手で自分の尻を押さえ顔を真っ赤にした。
本来ならあの日、躾のつもりで叩いたのだが……ミキはそれで知った。
レシアは尻を叩かれるのが、"好き"なのだ。
変な意味にしか捉えることしか出来ないが、日々踊っている彼女の下半身は結構な疲労が蓄積している。ただまだ幼いとも言える年齢だから、体が悲鳴を上げないだけだ。だからミキに尻を叩かれた彼女は……それはそれは幸せそうな表情を浮かべぐったりとしていた。
疲労を揉み解すことは恥ずかしい行為では無いのだが、レシアとて少しぐらいは奴隷生活で知識を仕入れたらしい。つまり『異性に尻を叩かれて悦ぶことは恥ずかしいことなのだ』と。
恥じらう姿が可愛いから、ミキは毎晩彼女の尻を叩いて……足などを揉んでやっている。素直に悦べば良いのに彼女はまだ抵抗していた。
「ミキ~? 変なことを考えてますよね?」
「今日は少し強めに」
「も~も~も~! 私だって怒りますよ!」
両手を振りかぶって殴りかかって来た相手をあっさりと捕らえて組み敷く。
体を入れ替えて……ミキは、脹脛の部分を重点的に揉むことにした。
「あふっ……凄く良いです」
「こっちは?」
「にゃん。くすぐったいです」
揉まれるまでは抵抗するのに、揉まれ出したらあっさりと降伏だ。
良い様に使われている様な気もするが、ミキは文句を言わずに彼女の足を揉んだ。
「おっと忘れるところだった」
「はい?」
「たぶん向かう場所だよ」
「どこですか?」
「最後はガギン峠辺りだろうな」
(C) 甲斐八雲
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