其の拾玖

「ちゃんと話したのに……」


 巨人の隣で正座しているレシアは、そう呻きながらボロボロと涙を溢している。

 その傍らには……額に青筋を浮かべ、らしくないほど怒っているミキが居る。


 正直冗談では無いと、彼は思っていた。


 人の心が読めるだなんて……それは反則以外の何物でも無い。

 普段の自分の心の中を見られるくらいならば問題はあるが些末なことだ。

 だがあれを……この世界に来る前のあの記憶を見られよう物なら。


 恐怖で胸が締め付けられる。


 レシアなら知ったとしても興味本位でいろいろ聞いて来るだけだろうと思う。

 そう思うことで現実から目を背けているだけかもしれない。

 もし彼女が前世の記憶を持っていることを怖がったりでもしたら……


「レシア」

「……はい」

「その力を俺に使ったのは何度だ?」

「前に一回と今日だけです」


 前に一回。それがいつのどんな時だったのかが重要だ。


「何の時に使ったんだ?」

「あれです。天幕の中で……あのえっとミキが斬ってしまった大男が私に殴りかかって来た時です」

「あの時か。何で使ったんだ」

「……」


 恥ずかしそうにソワソワする相手に咳払いを一つ。

 ビクッと過剰なまでにレシアは驚いた。


「気になったんです。ミキがどんな女の人が好みなのか」

「俺の好みだと?」

「はい。ミキは若くて胸の大きな人が良いんですよね。あと美人で」


 そっと自分の胸に手を当てて、レシアはまだボロボロと涙を溢していた。

 一体何を気にしているのか……呆れつつ彼は頭を掻いた。


「それは一般的な男の好みだ。俺じゃ無い」

「そうなんですか? ならミキはどんな女性が好みなんですか?」

「教えないよ」

「もう! ミキは意地悪です!」


 プンスカ怒りだしたレシアは立ち上がり膝の土を払う。


『惚れた女が好みになるだけさ』


 ミキはそんな相手を見つめて……心の中でポロリと溢していた。


「まあ良い。それ以外は知らないんだな?」

「それ以外? 何か私に知られると困ることでもあるんですか?」

「ああ。お前が楽しみにしていた焼き菓子を食べたとか」

「ミ~キ~!」


 ガウガウと騒ぎ出した。彼はそんな相手を無視して……軽く頭の中を整理した。


 レシアは嘘を言う様な人間では無い。ならば相手の言葉は素直に信じて問題無いはずだ。

 ただ今度からは相手の"目"には気を付けないといけないだろう。

 見た限りだが、彼女の御業は目を見て使う物のようだ。

 目を見る時は彼女の気を引く別のことを考えておくのも良いのかもしれない。


「まあ良い」

「良くないです!」

「それよりレシア。アイツは何を困っているんだ?」

「……何でしたっけ?」


『後で尻を叩く』と視線に込めてミキは相手を睨んだ。

 ビクッとこれでもかと怯えたレシアは、アワアワとその場で慌てだした。


「違うんです。色々あって忘れたんです。ミキが悪いんです」

「……のんびりし過ぎると置いて行かれちまう。手早く見てくれ」

「もう。シャーマンの御業を何だと思っているんですか」


 渋々と言うか、やれやれと言うのか……彼女は巨人の方に顔を向ける。

 どこを見ているのかいまいち分からない巨人と見つめ合う格好となった。


 そんな様子をミキは少々イラッとしながら眺めていた。

 自分はくだらないことに使う割には文句を言って来るとは……とりあえず今夜は問答無用で尻を叩こう。あれだけ嫌がるのだから何かしらの理由があるのだろう。


 心の中でそう誓い……頭の中を別の物に切り替える。


 もう少し早くに、その"御業"の存在を知っていればと思う。

 あのクーゼラと名乗った騎士がシャーマンを求めた理由がこれだろう。

 意思を通わせることが出来ると言うのなら、交渉や命令など出来るのかもしれない。やり方次第だろうが。


 だからこその行動だったのかもしれない。

 二つの王国と比べれば兵の数は少ないはずだ。なら違うモノで補うとしたら?


「中々どうして……想像の上を行くもんだな」


 まだまだ自分はこの世界を知らないと痛感し、ミキは気を引き締めた。




「ミキさん」

「ん?」

「言われた雑務は全て終わりました」

「そうか」


 半泣き状態のレシアの首根っこを捕まえ戻って来た彼に、ライリーが走り寄って来た。

 休憩が終わり次第移動と言っていたのに……何やら問題でも起きたのか、ゆっくりと支度を進めている様に見える。


「なら移動の手伝いでもしていろ」

「どうしてですか! 何か話でも」

「喜んで聞かせるような話なんて無い。特に舞台の上の話はな」

「ですが」

「お前は生々しい人殺しの話が聞きたいのか?」

「……」


 キッと睨みつけて、ミキはそれ以上取り合わない。

 レシアを引き摺る様にしてクックマンが居るであろう馬車に向かう。

 叱られた子犬の様にこうべを垂れるライリーにレシアは向けていた顔を動かし、自分の隣に居る彼を見た。


「ミキ?」

「何だ?」

「……どうしてあんなに厳しいのですか?」

「お前だってアイツのことを嫌っているだろう」

「嫌っている訳じゃありません。ただ……」


 モゴモゴと言い難そうにする相手を見て、彼女が人の悪口を言うことが出来ない人間なのだとミキは理解する。


「アイツは闘技場を勘違いしているんだ」

「勘違い?」

「ああ。物語の様な素晴らしい戦いを戦士たちが見せると思っている」

「それが問題なんですか?」


 不思議そうに声を掛けて来る相手に、彼は努めて冷静な声を発する。


「必死に生き残ろうとする人間の足掻く様はな……決して綺麗な物じゃないんだよ」




(C) 甲斐八雲

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