其の拾壱

「それで?」

「ああ。現状暇を持て余している護衛はお前だけだからな。まあ道中は他の護衛と一緒に商隊の警護をさせるから、休憩や夜などの手が空くの時間帯はお前が面倒を見てくれ」

「……悪さしないか監視しろってことか? 本気で給金を請求するぞ?」

「構わんよ。お前の働きは評価しているからな」


 そう言ってクックマンは移動準備に向かってしまう。

 やれやれと肩を竦め……最近これとため息が一連の動作になりつつあることに気づいて、ミキは深く深くため息を吐いた。


 その傍には、縄を解かれた若者がブスッとした表情で立っていた。

 全体的に野暮ったい服を着込み帽子まで被っている。顔の作りは悪くない。美男子と言って良いくらいだ。むしろ女性にすら見える。その手の趣味を持つ者ならきっと高値で買い取ることだろう。


「俺の名前はミキ。一応護衛をしている」

「……ライリーだ」

「ライリーね。女みたいな声をしているな?」


 その言葉に、相手がキッと鋭い視線を飛ばして来た。

 余程そう言われるのが腹立たしいのか、何度も言われて心底嫌になっているのだろう。


 まあどっちでも良いとミキは受け流し、とりあえず軽く一歩足を滑らせ相手との間合いを詰める。

 その手は刀の鍔に添えられ、気配では無く本気で刀を抜こうとする。

 ライリーと自己紹介した若者は、スッと腰を下げてフワッと後方に跳んだ。


「そこそこだな」

「……それが人に武器を向けた者の言葉か?」

「これぐらいを避けられないなら舞台に上がる資格なんて無い。黙って家に帰れ」

「……お前に何が分かる?」

「俺は舞台上がりの解放奴隷だ。その辺の者に聞けば分かることだから最初に言っておく」

「解放、奴隷?」


 相手の目の色が変わる。

 こちらの様子を、値踏みをしていた色合いの目が、好奇心いっぱいの好意的な物となった。


 やれやれと内心で肩を竦めてため息を吐く。このまま癖にならなければ良いと思ってしまう。


「お前は舞台に上がりたいのだろ」

「はい」

「まあお前の好きにすれば良い。ただ闘技場に着くまで大人しくして居ろ」

「分かりました。大人しくするので闘技場の話を聞かせて貰えますか?」

「……特に話すことなんて無いよ。あそこはただの殺人の場所だ」


 言ってミキは相手を護衛の仕事に向かうよう仕向ける。

 渋々といった様子で相手は歩いて行った。


「で、こっちは何でそんな不満げなんだ?」

「知りません。フンッ!」

「昨日の首にキスして跡が残ったのを怒っているのか?」

「そんなことで怒ったりしません。これはこれで嬉しいから良いんです!」

「良いのか?」

「良いんです!」


 付けられたキスマークの部分を手で押さえながら、嬉しそうに怒る相手にミキは呆れ果てる。

 まあ相手は感情で生きているシャーマンだ。きっと今朝は何かしらの理由で機嫌が悪いのだろう。


 立場はクックマンの護衛でも本当にやることの無い彼は、まだ不機嫌っぷりを披露している相手を連れて商人が操る荷馬車へと向かった。

 レシアは荷台へミキは御者席の一角に腰を下ろして移動する時を待つ。


「ミキ?」

「ん?」

「また闘技場に行くんですか?」

「……ググランゼラは袋小路の地形だったな。行くとまた戻って来ないとならんし、次の街に着いてから少し真面目に考えるとしよう」

「行きたくないんですか?」

「お前は俺のことを戦闘好きか何かと思っているのか?」

「いいえ。でも経験を積むなら戦うのが一番かなって……でもミキが無事に元気でいてくれるのが一番です」


 荷台から身を乗り出し頬にキスして来る彼女を軽く撫でてやり、相手の優しい気持ちに対して素直に感謝する。


 自分とてレシアに危険なことはして欲しくないと思う。だが互いにそう思いながらも相手の挑戦の場が得られる機会があるのなら避けようとはしない。

 本当に良い関係なのだろう……そう思えるからこそミキは彼女をいているのだと理解出来る。


「レシア」

「は~い」

「もう少し体を前に出せるか」

「こうですか?」


 彼の肩に胸を押し付けグイッと身を乗り出す彼女の首元には、昨夜少し強く吸ったせいで出来た跡があった。

 その場所に唇を合わせミキはまた吸った。


「んっ」

「……これが嬉しいんだろ?」

「はい。でも跡が消えなくなるのも困りますね」

「俺は困らんさ」

「んんっ」


 支度を終えた商人が来るまでの間、ミキは彼女の首元に"自分の所有物だ"と言わんがばかりに跡を付けた。




(C) 甲斐八雲

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