其の拾
「どこに行ったのかと思えば厄介事は勘弁だぞ?」
「アイツを連れている以上……厄介事は向こうから手を振ってやって来るんだ。シャーマンは不幸を呼び込むんだろ?」
「まあそう言われているがな。だからって俺たちと一緒に行動している時に呼び込むな」
「ああ。その時は出て行くから心配要らないよ」
「それであっちもお前たちが呼び込んだのか?」
「何でもかんでも俺たちのせいにするな」
ミキは呆れた様子で、訝しむような視線を向けて来る商人に肩を竦めてみせた。
一応雇い主と言う形になっている彼に、ミキはあったことを報告した。
その代りと言わんばかりに新しい厄介事を振って来たのだ。
問題解決を商いにしている訳では無いが、厄介事を持ってきた以上逃げることも出来ない。
彼は話を聞きながら新しい問題の元へと向かったのだ。
何でもミキたちがこの場を離れている間に、荷馬車の荷物の間に隠れていた人物が発見された。
数日間その隙間に隠れつつ過ごしていたせいで、食べ残しなどが臭いを発して気づかれたのだ。
捕えようとした護衛が三人ほど殴られたらしいが、武器を構えた時点で降伏した。そして後ろ手で縛られ地面に座って居る。
「盗みか何かか?」
「家出っぽく見えるが……本人は闘技場のあるググランゼラに行きたいそうだ」
「闘技場に?」
「ああ。舞台に上がって戦ってみたいんだとさ」
クックマンは心底呆れた様子だ。ミキとて同じ気分であった。
ならば密航紛いのことなどしないで寄り合い馬車なりで向かえば良い話だ。
それが出来ない理由は……やはり商人の見立て通り"家出"が有力なのだろう。
「どうすれば良いと思う?」
「知らんよ。この商隊の主はお前だクックマン。お前が決めれば良い」
「まあ確かにな」
肩を竦めて商人は地面に座って居る者の元へと向かう。
軽く息を吐いて頭を掻いたミキは、視界に入れない様にしている人物の視線に半ば呆れていた。
荷馬車の向こうに身を隠して顔だけこちらを向けている彼女が、ジッと彼のことを見ているのだ。
『うーうー』と唸り声まで聞こえてきたが、ミキはそれすら耳を傾けなかった。
「ミキがあんな冷たい人とは思いませんでした!」
「そうだな」
「……否定してくれないと泣きますよ?」
「なら大きな声で騒ぐな」
いつも通りに組み上げた天幕の中で、レシアは隅っこの方で彼を睨みつけていた。
その顔の作りが可愛い物だから、怒った様子ですら愛くるしさを感じるが。
「落ち着いて小声で話せるなら答えてやる」
「……も~」
彼女は軽く一吠えして、這うように近寄って来た。
まあそうなるだろうと察していたミキは、近づいて来た相手の頭を軽く撫でてやる。ビクッと驚いて動きを止めたが……レシアは怒ったような嬉しそうな複雑な表情を見せた。
「あの時誰かが俺たちの様子を窺っていた」
「ん~。そうですね。二人の人が居ましたね」
「……気づいてたのか?」
「ミキは失礼です。私はシャーマンですよ。周りに人が居れば自然が教えてくれます。ああ……耳の後ろはくすぐったいから触らないでください」
相手の言葉に複数イラッとしたので、これでもかと耳の後ろを触れてくすぐってやる。
その攻撃に少女は身を捩って我慢した。
「たぶんその二人があの人を斬って遊んだんだろうな。もしかしたらまだ仲間が居るかもしれんが」
「ん~。でもあの周りには私たち以外居ませんでしたよ」
「その能力がちょっとだけ欲しくなったよ」
便利な能力があっても使う者がレシアでは宝の持ち腐れだ。
撫でられたい個所が変化して、レシアは彼の膝を枕に仰向けに横になっていた。
仕方ない感じでミキは相手の首の辺りを撫でる。
昔……猫を相手にこんなことをしたような気がした。
「あそこで変なことをしたら次は俺たちが狙われるかもしれないだろう? だったら金目の物を漁りに来た商隊の護衛って感じの方が良いだろう?」
「それが良く解らないです」
ゴロゴロと喉でも鳴らしそうな態度でレシアは甘えている。
説明を欲する態度としてはどうだろうか?
その部分から説明して説教しても……一晩寝れば忘れてしまうのが彼女だった。
「まずあの殺された男が、俺たちに何か言ったとしたら?」
「何かって?」
「自分が殺された理由や殺した者の特徴などかな」
「ん~」
「殺した者たちが知られたくない物を俺たちが知ったとしたら面白くないだろ?」
「……そうですね。ちょっと困ると思います」
『ちょっとなんだ』とミキは場違いの感想を抱いた。
ある意味何も考えていないのか、余程の大物なのか……まあ前者だろうと彼は理解していた。
「ならそいつ等は俺たちのことを調べるだろ?」
「そうですね」
「俺たちは現在クックマンの商隊の護衛だ。雇用関係は曖昧だが、彼の部下たちは"専属の護衛"と認識している。お前は俺の"奴隷"だと思われているしな」
「……良いんです。周りの人がどう思っていても、私はミキのお嫁さんです」
腕を伸ばし体を寄せて来たレシアは、甘えるように彼に自分の頬をすり寄せて来た。
行動がほとんど猫だ。その日の気分で犬になったり猫になったり……正直見てて飽きない。
「なら普通の護衛らしく立ち振る舞えば良い。護衛なんて金で雇われている人間だ。普通死にそうな人間を見つけたら、息絶えるのを待って金目の物を拾って立ち去るものだ。介錯と供養はお前が居たから見栄でやったと印象付ければ良い」
「ん~。それが分かりません。どうして印象付ける必要があるんですか?」
「……」
相手の体に手を伸ばしミキは強引に抱き上げると、彼女の耳元に唇を寄せた。
「殺した相手の手がかりと、彼の最後の言葉を聞いたからだ」
「それって……はんっ」
相手の声が大きかったから、軽く少女の耳を噛んで口封じした。
ビクビクっと緊張で身を固くしているレシアは……その顔を真っ赤にしていた。
「騒ぐなよ。今はまだ知られない方が良い」
「はんっ……そこは……くすぐったいです」
触られるのを嫌がっていた場所に息を吹きかけたら、彼女は全身を固くしてしまった。
この手の行為になれていない証拠だろう。
ミキは小さく笑うと……相手の首筋にキスをした。
(C) 甲斐八雲
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