其の拾弐

「……綺麗な街ですぅ~」

「そうだな」

「ミキミキ~。早く見に行きましょう!」

「もう少し待ってろ」

「も~も~も~」


 そのまま一人にしておくと、どこか行ってしまいそうなほど不満げだった。

 ため息一つ吐き出して、ミキは彼女の腕を捕まえて引きずるようにして歩く。

 抵抗気味だったレシアだったが、何かに気づき素直になった。


 自分の腕を相手の腕に絡めて、嬉しそうに抱き付いて来た。

 それで黙って居るならとミキは受け入れた。ただ……


「済まん。逆の腕にしてくれないか」

「こっちは嫌ですか?」

「何かあったら刀を使えない」

「……危ない街なのですか?」

「知らないよ。でも備えておかないと何かあったらお前を護れない」


 満面の笑みを浮かべて、レシアは彼の頬にキスして抱き付く腕を入れ替えた。

 挨拶程度でして来るのはもう怒らないことに決めた。


 もう一度ため息を吐き出して、彼は改めて歩き出した。


「クックマン」

「何だ」

「この街での予定は?」

「そうだな……まあ休息してから商売になる話があれば商売だな。ただ現状買い取りは出来無いから、余程の売りの話が無ければググランゼラに向かうことになる」


 腕を組み絞り出した商人の答えは、ミキの想像の範囲内だった。


「まあそうだよな」

「お前はどうするんだ?」

「……ググランゼラは内陸部だからな。それに行ってもあるのは闘技場だけだしな」

「出て試合でもすれば良い。クラーナの所はシュバルより強者揃いだし、何よりお前なら稼げるだろう?」

「それも悪くはないんだよな。少し考えるよ」

「そうしてくれ。宿はこっちで手配するから街を見たら来てくれ。お前の所持金の方もあるしな」

「分かった。それとあの若いのはどうする?」

「そうだな……何か雑用でもさせるから二人で楽しんで来い」


 商人の気づかいに感謝し、軽く手を挙げて別れの挨拶としてミキたちは歩き出した。

 黙って我慢していたのだろうレシアの足取りがどんどん軽くなっていく。

 腕に抱き付き横に歩いていたのに、気づけば手を握り前を歩いている。

 引っ張られる感じでミキは相手の行きたい方へとついて行った。




「うわ~」


 歓声一発……止める間もなくレシアが突撃していた。


 街の中央部分にある噴水の在る広場だ。

 水際で遊んでいる子どもたちに合流した彼女は……そこでミキは視線を外した。

 幼い子供たちに混ざって遊べるのが凄い。周りの人の目など一切気にしていないのだろう。


 最近癖になりつつあるため息を一つ吐いて、彼は近くに在る立木の元へと向かう。

 木に背を預けて辺りを見渡す。

 この位置からなら彼女に対して良からぬ動きをする者が居ても反応が出来る。

 楽し気に遊んでいるレシアを視界の隅に必ず入れながら、ミキは古い街並みを見渡した。


 アーチッンはブライドン王国の首都だったこともある古い街だ。それだけに建物などは基本全体的に古い。

 ただ街に住まう人たちが大切に使っているのだろう……街全体から古さは感じても古臭さは感じない。

 どの建物も確りと整備されて朽ち果てていく様子などは無いのだ。


「良い街だ。で……何か用か?」

「……見られているとは思わなかったが」

「チラリと視界の隅に入っていたよ」


 静かで足音を感じさせない動きで近づいて来た男に対し、ミキは左手を刀の柄に添えて応対した。


 パッと見相手は、兵士か何かの様子だ。皮の鎧と腰には剣を下げている。

 その容姿はかなりの筋肉質を思わせる。戦場に出て戦った経験のある者なのだろう。

 年の頃は三十後半か四十ぐらいか……そうあたりを付けてミキは軽く構えた。


「失礼。あそこに居る娘は貴方の?」

「……"所有物"だが」

「そうですか。手首に白い飾り布が見えたので」

「ああ。シャーマンだ」

「そうですか」


 相手の声音が一つ落ちた。

 何か答えを得たかのような感じに、ミキは自分の対応が間違っていなかったと確信した。

 一歩近づき彼は、何もしないと言いたげに両腕を広げて見せた。


「出来ましたらあの娘を引き取りたい。売ってはいただけませんか?」

「買いたいのか?」

「ええ」

「シャーマンは不幸を招くと言われているのに?」

「ええ」


 迷いのない返事だった。

 それだけに相手の言葉に乗れなくなった。


「悪いな。今のところ売る気は無い」

「不幸を招くと言われているのにですか?」

「ああ。それがあっても"あれ"は良い女なんでな。まだ抱き飽きていない」

「……どうしても?」

「今のところはな」

「こちらで具合の良い女を探して来ると言っても?」

「諦めろ。お前が連れて来た女が本当に具合が良いのかなんて分からないだろう? 誰かが抱いて確認した様な女なんて興味無いしな」


 敢えて金額を釣り上げる様な物言いをしてみる。

 正直に言えばレシアは貰ったのだし、クックマンが言うには"シャーマン"と言うこともあって元々の金額はそれほど高くなかった。


 やはり『シャーマンは不幸を招く』と言うのが広まっているのだろう。どんなに若くて"初物"でも、彼女たちの取引額は安いらしい。

 それを知っているだけにミキは吹っ掛けたのだ。相手の真意を量りたくて。


「……ならば"初物"を複数用意しましょう。それを好きに抱いて、気に入った女を選んで貰う。貴方が養えると言うなら複数でも全ての女でも自由に連れて行けば良い」

「それ程か」

「ええ。是非譲っていただきたい」


 相手からすれば最大限の譲歩だろう。そして致命的なミスだった。


「お前は商人には向かないな」

「……」

「それ程の条件を掲示してしまっては逆に売れんよ。あれにそれ程の価値があると言ってしまってはな」


 その指摘に相手が渋面になる。自分が犯したミスに気づいたのだろう。


「……今日はこれにて引き下がります。でも何かあったら是非に」

「考えてはおくよ。悪い話じゃ無いからな」


 鋭い睨みを入れて彼は立ち去って行く。

 怒るのならしくじった自分に向けろと思いながら、ミキは思案に深ける。

 どうやら相手は本当にレシアを買いに来ただけの様子だ。

 この街に来る時の"あれ"とは繋がりは無いらしい。


「ミキ~。何か拭く物は無いですか~?」

「黙って日向で立ってろ。暖かいからそのうち乾く」

「乾くまで寒いです~」


 寒さで服でも脱ぎ出したら問題なので、ミキはとりあえず近くの服屋に彼女を連れて向かった。




(C) 甲斐八雲

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