其の肆

「うわ~凄いですよミキ」

「分かったから少しは落ち着け」

「うわ~。あんなにいっぱいの家なんて初めて見ます」

「そうなのか?」

「はい。私はずっと田舎の村で生活して来ましたから」


 荷台ではしゃぐ彼女が転げ落ちたりしないか注意しながら、ミキは会話していた。


 クックマンの商隊は順調に進み……当初の目的地であるハインハル王国領"イットーン"に辿り着いた。

 山のハインハル王国と岩のブライドン王国とを繋ぐ玄関口の街だ。

 両国は長きに渡り同盟関係であり、街道を通過すれば厳しい検査など受けずに済む。よって両国間の交易にも使われているのだが……ミキはゆっくりと視線を巡らせた。


「なあクックマン」

「何だ?」

「露天の数が減って無いか?」

「ああ。最近両国とも住人の流出が多くてな……店じまいする者が増えているんだ」


 手綱を操りながら、部下に対して指示を出していた彼が答えた。


「化け物たちが田畑を食い散らかすことが多発している。結果として食えなくなった住人が街を離れ、農作業にも支障が出て警戒されていない田畑をまた化け物が襲う」

「悪い方向へ転がっている訳だな」

「まあな。ただこの街に関して言えば、一番の原因はガギン峠を山賊に占拠されたことだろう。あれで他国からの物流が滞っているしな」


 また仕事へと戻る彼を尻目に、ミキは座って居た御者席から後ろの荷台へと移った。

 馬鹿が身を乗り出して街の方を見ているのだ。


 普段の踊っている様子から簡単に転げ落ちたりはしないと思うが、世の中には"万が一"が存在している。

 そっと手を伸ばし相手の首根っこを掴まえた瞬間、ガタンと馬車が大きく揺れた。


「ふにゃ~!」

「……少しは俺の言うことを聞く気になったか?」

「はい。ありがとうございます」


 寸前で少女を引き寄せ、二人は荷台の上に転がった。

 助けて貰った感謝の気持ちなのか、レシアは満面の笑みでその唇を彼のものに押し付ける。


 唇を離して頬をすり寄せて来る相手を見つめミキは思う。

 普通恩人に対するのなら……馬乗りの状態で行わないと。


 ポンポンと相手の頭を撫でて、二人は荷台に転がったまま街へと入った。




「ん~凄いです」

「そうだな」

「ミキはあれです。感動が薄いのです。もっとこう素直に感情を出すべきなのです」

「……闘技場に行く前にここに寄ったんだよ。つまり前回来てからまだひと月ぐらいしか経ってない」

「……見てくださいミキ。あんなところで串焼きを売ってます」


 イラッとしたので相手の頭を両の拳で挟んでグリグリしておく。

 にゃーと叫んで逃げだした少女は……それでも真っ直ぐ串焼き売りの元へ向かった。

 仕方なく後を追い、三本買って食べながら街を見て回る。


 立場上クックマンの専属護衛となっているが、街に入ればただの人だ。

 特にやるべき仕事は無いし、商売のことはよく分からない自分が一緒について回るのも変だ。だからミキはレシアを連れて街の中を見て回ることにした。


 何より好奇心の塊な少女だ。

 勝手にどこかへ行かれるのなら一緒に行動していた方がまだ良い。


 街の中を歩く二人に……人々の視線が自然と集まる。まあそれは仕方の無いことだ。

 奴隷上がりの二人は、服があまり上等な物では無い。

 ミキもレシアも一張羅いっちょうらは持っているが、普段から着たりはしない物だ。

 つまり普段着の二人は、はっきり言って奴隷にしか見えないのだ。




「お~!」

「好きな物を選んで持って来い」

「は~い」


 返事だけ残し、彼女は服屋の奥深くへと消えて行った。

 自分が付いて行っても女性物の服の見立てが出来ないと理解している。だからミキはさっさと自分の服を探し求めることにした。


 上着もズボンも動くことを考えてゆったりした物にする。

 良い物があれば、後は迷わず同じ物を数着手に取り服選びを終えた。


 何より重要なのは履物だ。

 この世界には草鞋わらじなどは無い。近い形の物で"サンダル"はあるが。

 試しにサンダルを履いて具合を確認するが、どうも足底が滑る感じがする。


 しばらく見て回り……彼は"ブーツ"と呼ばれる物を買うことにした。

 脛まで固定できるのが感触として悪くなかった。何より靴底が確りと作られている。値段は張るかもしれないが、所持金だけは豊富にあるので気にしないことにした。


 後は細々とした下着などを選び店主の元へと向かう。レシアは先に戻って来ていた。


「遅いですミキ」

「……お前は何を持っている?」

「"服"です。服の材料です」


 そう言う彼女が両腕で抱えているのは服になる前の物……つまりは生地だ。

 色とりどりの生地が何枚も何十枚も見えている。


「訳を聞こうか?」

「はい。私たちはその日の気分で服の色を変えるのです。でもちゃんと理由はあるんです。その日、その時に、自然が求める"色"があります。だから一番好かれる色を身に付けるんです」

「つまり毎日服を自作すると?」

「そうなります。だから糸と針もこんなにいっぱい」


 少女は何故か胸の谷間に押し込んでいる糸と針を見せて来た。

 呆れつつ息を吐きながら……ミキはもう一つ質問をした。


「つまりお前は、その日の気分で下着も履物も作るんだな?」

「……ミキ。もう少しゆっくりと待っててくれると嬉しいです」


 店主に生地を押し付け、レシアはまた店の奥へと突撃して行った。




(C) 甲斐八雲

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