其の参

「んふ~」

「……」


 上機嫌で意味も無く踊っているレシアから目を離し、ミキは立木に背を預けた。


 次の街までもう少しなのだが、今は休憩中だ。

 馬車を引く馬などを休ませ水を与える。無理をさせれば体調も崩すし怪我もする。

 ただ休憩の度に見て回る彼女のおかげで、商隊の馬は皆元気だった。調子を崩す前に彼女がそれを見つけているのだ。

『精神年齢が同じくらいなんだろう』と彼は思いもするが、それを相手に告げれば機嫌を悪くして何をしでかすか分からないから黙っている。


「ミキよ」

「ん?」

「ほら」


 寄って来たクックマンが果実を投げて寄こす。

 それを受け取ったミキは、ズボンで軽く擦ると口に運んだ。


「少し酸っぱいな」

「そこで自生している物だからな」


 同じように口にした彼の表情も渋い。

 きっとミキが食べたものよりも酸っぱかったのだろう。


「まあこんな風に果物を食べられるのはありがたいがな」


 言って寄りかかっている木を見上げる。

 この木も時期になれば実を付ける。その実は旅人の貴重な食料になる。古来より街道を使う者たちが、食べて廃棄した果実の種子が成長したものだ。

 偶然誕生した物ではあるが、今ではどの街道も近くに果実の木が植えられている。


「それよりもあの子はどうしたんだ? 朝から異様に元気だが」

「……気分で生きているから、今日がたまたまその日なのだろう」


 果実を齧ることで、彼は自分の顔を隠す。


 今朝……寝言を誤魔化す為に、彼女を抱きしめてキスしたことが良くなかったのだろう。

 それから彼女は元気に満ち溢れている。今は下働きの女性の手を取って一緒に踊ったりもしている。

 問題を起こす前に止めた方が良いのかもしれない。


「そうだクックマン」

「ん?」

「レシアはどうして売られたんだ? やはりファーズンが広めている"宗教"とか言う物の影響か?」


 気にしていたが聞きそびれていたことを思い出しミキは問いただす。

 何故か商人は微妙な表情を浮かべた。


「まあ確かにそれが原因で、西の方ではシャーマンが迫害の様な扱いを受けているらしいな。でもこっちはそこまで酷くない。噂のせいで忌避されているがな。でも昔から地域に根付いて生きている彼女らは、一般の人たちから過度に嫌われたりしない」

「ならどうしてアイツは売られたんだ?」


 それも未成年で……と視線に念を込めて商人を睨む。

 バツの悪そうな表情で頬を掻き、クックマンはあらぬ方向を見つめる。


「食料品のツケや無銭飲食まがいの行いで……住んでいた村で養いきれなくなったそうだ」

「……後でその村人たちの代わりに確りと叱っておくよ」

「いや村人たちはそれでも彼女を養おうとしていたんだ。ただ畑を化け物に襲われてな……養えきれなくなった。原因はそれらしい」

「それで売られたのか?」

「ああ。でも本人が望んだらしい。俺はそう聞いている」

「……アイツがそんな律儀な人間とは思えないけどな」


 軽口を叩いてミキは背を預けていた木から離れた。

 ゆっくりと歩いて新たなる踊りの相手を探しているレシアの首根っこを摑まえた。


「ふにゃ~。何するんですかミキ」

「お前を説教したくなっただけだ。黙って付き合え」

「嫌です。何なんですかその理由は!」

「気にするな。ただ俺がお前を説教したいだけだ」

「ふにゃ~」


 抵抗空しくレシアは彼に引きずられ商隊の隅で正座し、コンコンと"計画性"についての言葉を受けた。




「も~なのです!」

「夕飯の量でも少なかったか?」

「十分でした。でも果実が少し酸っぱかったです」

「まだ熟す前だったんだろうな。あれを薄く切って焼いたりすると美味いんだけどな」

「それは食べてみたいです」


 横になっているミキに抱き付く格好のレシアは……頭の中で料理を思い浮かべてのだろうか、にへら~と締りの無い笑みを浮かべて見せた。と、その表情が元に戻る。


「違います。今日のミキのあの言葉は何なんですか?」

「……もう一度最初から話して欲しいのか?」

「違います。言ってた言葉の意味は……たぶん覚えてます。そうじゃなくてどうして私が怒られないといけないんですか?」


 もっともな言葉だった。だからミキは最初から準備していた言葉を口にする。


「どうしてだと思う?」

「分からないから質問したのです」


 怒った様子で頬を膨らませる。

 ミキは表情を崩して、相手の頭を優しく撫でた。


「なあレシア?」

「はい」

「お前って自分から"売る"ように頼んだって本当か?」

「そうですよ。……ミキに言ってませんでしたね」

「どうして自分を売ったんだ?」


 口元に指を当て……少女は首を捻った。


「私はあの村で、村の人たちに、本当に良くして貰いました。ご飯を毎日食べさせて貰って……そんなに裕福な村でも無かったのに。だからもし村に何かあったら、私は私の出来ることをしようと心に決めてました」


 迷いのないその真っ直ぐな瞳にミキは苦笑するだけだった。


 何も考えていないようで、少しは考えている様子だ。

 ただもう少し……違う方向で考えて欲しかったと思う。

 自分を売り物にするなど、ミキとしては良い行為とは思えなかったからだ。

 と、彼の目を見つめていたレシアがその表情を曇らせた。


「それに……」

「ん?」

「畑を荒らしたあの子たちを呼び寄せてしまったのは私なんです」


 ギュッと彼の首に腕を回して抱き付き……レシアは言葉を続けた。


「私は"悪い"ことをしたんです。だから償いをしたかったんです」

「そうか」


 ポンポンとミキは少女の頭を優しく撫でた。




(C) 甲斐八雲

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