其の弐拾参

 ミキは相手に手を出すことなく、一晩中彼女を抱きしめて眠った。

 時折レシアが起き出すと口づけをして来るので、ぐっすり眠れはしないし我慢を強いられたが。


 夜が明けて……辺りが騒がしくなる中、ミキは体を起こして眠たい目を擦った。

 完全に寝不足だ。このまま外に出ればどれだけ冷やかされるか解ったものでは無い。

 それでも何一つしていないのだから冷やかされる分だけ割に合わない。


 隣に居るレシアがもそもそと動き出し、体を起こして辺りを見渡す。

 目が合った瞬間迷わず飛びついて来てまた口を塞がれた。

 まだ慣れていないから、ただ唇を合わせるだけの行為でしかないが。


「少しは落ち着け」

「また意地悪ですか?」

「どうしてそうなる」

「私はミキとずっと一緒に居たいです。だからミキとの子供が欲しいのです」

「それで?」

「……こうすれば子供が出来るんじゃないんですか?」

「……ただ闇雲にすれば良いってもんじゃないと思うぞ」


 また騙されたのかと、相手の表情から読み取れたので肯定することにした。

 いつか間違いに気づいた時にでも教えてやれば良いことだ。


 目を弓にして可愛らしい笑顔を見せたレシアは、軽く身を預けてもう一度唇を合わせた。


「ミキ。これからどうするのですか? 戦士としてずっと闘技場で戦うのですか?」

「お前が良ければ旅に出たいと思う」

「旅ですか?」

「ああ。この世界を、国々を巡って……どこまで自分を技を高められるか試してみたいんだ」


 寝所の上でペタッと座っていたレシアは、大きく頷いて見せた。


「行きましょうミキ。私もこの世界を見てみたいです!」

「なら行くか。資金だけは十分にあるから、この世界の全てを見に行くぞ」

「はい! 私も世界を見て、もっといっぱい刺激を受けて踊りに活かしたいです」


 気分が良くなったのか……ベッドから飛び降りたレシアはその場でクルクルと踊りだす。

 本当に踊りが好きなのだろう。見ていてその気持ちを強く感じる。


「でもしばらくはここで待機だ」

「どうしてですか?」

「クックマンの商隊に入れて貰って次の街に移動しようと考えているからな。それに……頼んでいる物がまだ出来上がってない」

「も~! ならなら、その間はこうしてミキと一緒に居たいです」


 フッと床を蹴って彼女はベッドに飛び込んで来た。ミキが抱き止めると信じているからこその迷いの無い飛び込みだ。

 苦笑気味な表情を顔に浮かべ、ミキはレシアを抱きしめた。


「もう少し大人しく出来無いのか?」

「嫌です。今はこうしたいです」


 ギュッと抱き付いて来たレシアはその目を弓にする。

 迷うことなく顔を近づけて……またキスをした。




「泣くな九郎よ」

「ですが兄上」

「これから宮本の家はお前が継いでいくんだ。義父様の名に恥じぬようにしっかりと励め」

「はっ……はい」


 涙ながらに首を垂れる弟の肩に手を置き掴むと、力強く何度か揺らし……最後は強く叩いて立ち上がった。

 支度は整っている。後は死して殿のお傍に向かうまでだ。

 今日この日の為にあつらえた浅葱色の衣装を身に纏い、家を継いだ弟や頭を下げ続けている家臣などに送られ……ゆっくりと待機していた部屋を出る。


 先を行く住職の後に従い、最も信頼している家臣と共に廊下を歩く。

 覚悟は決まっているのに……胸の奥から溢れる思いに、つい歩みが遅くなる。


 目を閉じれば思い浮かぶのは満ちた日々だ。

 良き主に仕えることが出来た。忠刻様は本当に良き人だった。

 これから宮本の家は九郎太郎が確りとやってくれるはずだ。


「なあ宮田よ」

「はっ」

「義父様への手紙は届いているだろうか?」

「はっ。きっと届いている頃かと」

「そうか。義父様は自分のことを何と言うだろうか?」

「……失礼ながら申し上げます。きっとお褒め下さると思います」

「そうか。自分は『儂よりも先に逝きおって……あの馬鹿者が』と怒られる物だと思っていたが」


 介錯を務めることになり、後ろを歩いている宮田覚兵衛みやた かくべえが足を止めている主を促す。


 向かう先は、仕えていた主君の墓前だ。

 その様な場所で果てることが出来るとは、本当に名誉なことだ。故に何一つ不満など無い。

 だがそれでも胸に刺さる物がある。不安と言う棘が。


「宮田」

「はっ」

「お前は死ぬな。九郎を支えてやってくれ」

「……はっ」


 頭を垂れて声のみで返事を寄こす相手の胸の内など解っていた。

 それでも言わずにはいられなかったのだ。


 自分には介錯する者が付く。だがきっと彼には介錯する者など付かない。

 腹を十字に割いて、命尽きるまで臓物をえぐり出す死に方など……決してさせたくは無かった。


「なあ宮田よ」

「はっ」

「幸の奴は納得してくれるだろうか?」

「……自分には分かりかねます」


『果てる時は共に一緒』と誓い合った仲だ。

 聞くまでも無く答えなど解っている。


 なぜこうも未練と云う物は残るのだろう?


「……さあ殿が待っている。急いで追い駆けねばな」

「はっ」



 寛永3年(1624年)

 31歳の若さで病死した主君本多忠刻ほんだ ただときの側近であった宮本三木之助は、その初七日に播磨はりまの国書写山しょしゃざん(現在の兵庫県姫路市内)にある圓教寺えんぎょうじ内、忠刻の墓前にて切腹による殉死をしたと伝わっている。




(C) 甲斐八雲

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