其の弐拾弐
「酷いです。私はてっきり殺されるものかと」
「早とちりだ」
「酷いです! まるで私が悪いみたいじゃないですか!」
「……なら殺せば良いのか?」
「それはもっと嫌です。私はまだまだ未熟です。これからもっと精進していきたいんです。せめてミキの踊り以上に上手く踊りたいんです!」
『だからあれは踊りじゃないんだけどな』と彼は内心苦笑する。
「それに今日のは特に凄かったです。無駄を全て削ぎ落したような……冷たいのに、でも内側が凄く熱くて、炎を氷で覆っている様なそんな雰囲気で、でも凄く滑らかで! 終わった時なんていっぱい拍手しちゃいました。あれはこう……すっごい踊りです」
「あの拍手はお前か。でも特別なことはしてないぞ」
「あ~も~! 言葉では表現できません! 凄かったんです! 私のこの気持ちは伝わりませんか?」
「分からんな。何より言葉が足らんしな」
「あ~も~!」
自分の気持ちを伝えられず、胸の前で手を握り怒っている様子の相手につい笑いがこぼれる。
「笑うなんて酷いです! どうせ私は、言葉が足らないですよ!」
「解った。俺が悪かった」
「……いえミキは悪くありません」
不意に、意気消沈した様子でレシアは俯いた。
「今回のことは、全て悪いのは私ですよね。私があの人に言わなければ良い言葉を言ったから。それでミキにまで迷惑をかけて……本当にごめんなさい」
「気に病むなよ」
手を伸ばして頭を撫でてやる。
だが真面目に何か思う彼女の表情は氷解しない。
「……あれです。せめて何か罪滅ぼしをしたいです」
「罪滅ぼし?」
「はい。迷惑をかけてミキに何かしたいです」
真っ直ぐ向けられたその目は真剣だった。故にミキは自然と口を開いていた。
「レシア。死者に対しての踊りとかはあるか?」
「鎮魂の舞ですか? ありますよ」
「ならそれを頼む。今日殺したイルドの為に踊って欲しい」
「……解りました」
数歩離れ、レシアは一礼をする。
そして静かに始まった舞に……彼は目を奪われた。
これで未熟だと言うのだから、彼女の描く目標の高さはきっととんでもなく高いのかもしれない。
それはミキとて同じだ。
"天下無双"と名を馳せた義父を追い越すことを目標に剣を振るう。
道は違えども……ミキとレシアは目指す場所は同じなのかもしれない。
『前人未到の領域』
手を握り合い互いに立ったその頂でこの世界を見つめれば……何かまた違う物が見えて来るのかもしれない。
ミキは自分の心の中に明確な目標を見つけた気がした。
だが自分が望む道は業の道だ。数多くの屍が積み重なることだろう。それをレシアの舞で鎮魂して貰い続けるのは気が引ける。でも彼女はきっと踊ってくれる。
これはただの甘えなのかもしれない。
静かに終わった舞に、ミキは拍手を送ろうとしてその手を止めた。
どんなに素晴らしいものでも今のは鎮魂の舞だ。
それに対して称賛を贈るのは気が引けてしまった。
「どうでしたか?」
「良かったよ」
「……でもまだまだです」
額に浮かんでいる汗を拭いレシアは、パタパタと手で扇いで自分の顔に風を送る。
折角湯浴みをしたのに汗をかかせてしまったことに、ミキは少なからず罪悪感を覚えた。
「ミキ」
「何だ」
「……私は抱かれるのですか?」
「……お前はどうしたいんだ?」
その返事は想定していなかったのか、彼女の表情が面白いように変わった。
困ったような、それでいて泣きそうな様子のものにだ。
笑うのを我慢してミキは言葉を続けた。
「抱かれる抱かれると言っているが、お前は何をするのか解っているのか?」
「失礼です。それぐらい私だって知ってます。男女が抱き合って寝所を共にしていると……いずれ子供を成すのです」
「……悪いレシア。聞くのを忘れてた。お前いくつだ?」
「今年で14です」
「……」
子どもっぽい面が良く見られる相手だが納得した。
『この世界での成人は15からだったよなクックマン! 何て物を商品にしているんだあの法破りが!』
後で改めて苦情を言いに行くとして、とりあえず相手は男女の夜の営みは知らない様子だ。
ミキが発する気配から、自分の言葉が間違っていたのかと察したレシアは慌てて言葉を繋げる。
「もしかして違うのですか? 近所のお婆様がそう教えてくれたのです!」
「いつ教わった?」
「えっと……お婆様が亡くなる前ですから……五年程前です」
なら納得だ。お婆様は何一つ間違っていない。
詳しく説明する前に教えが終えてしまっただけだ。
我慢しきれずに笑うミキを見て、レシアは子供っぽく頬を膨らませた。
「私をそんな子ども扱いして、ミキだってそんなに大人では無いはずです」
「……ああ。俺だってたぶん17ぐらいだからまだまだ子供だな」
「たぶん? ぐらい?」
「ああ。俺は拾われた子供なんだ。気づいたら一人でただ突っ立っていたそうだ。言葉も話せない文字も読めない俺を、ここまで育ててくれたのがこの場所だったってだけさ」
「も~! そんなに齢が変わらないのにミキの方が大人っぽいです」
プンプンと怒るレシアの様子が可愛らしく、ミキはついまた笑ってしまった。
「でもでも私だって知ってるんですからね! 仲の良い男女は口づけとかしてより仲を深めるって」
「で、どうやるんだ?」
「……あれです。口づけと言うくらいだから口を付けるんですよね?」
「どこに?」
「ならミキは知ってるんですか!」
キャンキャンと吠える子犬の様な可愛らしさだ。
ミキはゆっくりと相手に近寄りそっと抱きしめる。
腕の中で緊張からか身を固くするレシアの様子が手に取るように解った。
「ただ抱きしめているだけじゃっ」
身長差からこちらに顔を向けて騒ぐ少女の口を塞ぐ。
ガチガチに緊張している相手の腕が咄嗟にこちらを突き離そうと動いたが、その手に力が籠ることは無かった。
ゆっくりと唇を交わしている間に、レシアの緊張は解けて身を委ねるように寄り添って来る。
ある意味での自然体だ。決して流れに逆らうことなくその身を預けていた。
「知ってたろ?」
「……ミキは酷いです」
「なぜ?」
「私ばかり意地悪してます」
「だけどお前の為に命を懸けたぞ?」
「だから意地悪なんです。そんなことをされたら……私はこれからどうやって恩返しをすれば良いんですか?」
「なら俺の為に踊ってくれよ。これからもお前に鎮魂の舞を頼むことになりそうだから」
クリッとした目を見開いた彼女は、しばらく考え込むとそっと笑みを見せた。
「ミキの為の鎮魂の舞でなければ良いですよ」
「そうならない様に注意する」
「シャーマンと一緒に居ると不幸になるのに?」
「なら俺は不幸すら切り裂いて前に進むさ」
「ミキならきっとやれそうですね」
飛び切りの笑みをその顔に浮かべて、レシアは彼の首に腕を回した。
吸い付く様に背伸びをして唇を合わせて来る相手を迎え入れ……ミキは何度も彼女とのキスを味わった。
(C) 甲斐八雲
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