其の弐拾壱

 試合が終わると同時に、ガイルとハッサンが舞台に上がる。

 二人はミキを護る様に左右を固めた。


 イルドの勝利を信じていた者たちからすれば、今起きたことは悪夢以外の何物でも無い。

 誰かが少しでも禁止されている行為を実行すれば……後に待っているのは暴動だ。


 それを許す訳には行かないのが古参の二人だった。


 どんなに納得いかない試合結果となっても、暴力行為でその試合自体を無にするなど許されない。

 今までこの舞台の上で死んで行った者たちは、少なくとも全力を出し切って逝ったのだから。

 故に勝者を冒涜する行為は、敗者までもを穢す行為に等しい。


 静まり返った会場で、舞台を見下ろす観客たちはただただ動けずにいた。

 異様な空気に飲み込まれていると言っても良い。誰かが一人でも暴発すれば、


 パチパチパチ……


 それは小さな音だった。まるで女性が一人で叩いている様な……それ程に小さい。

 だが観客たちの目を覚ますには十分な響きがあった。

 一人、また一人と……拍手の音を奏でだす。

 まるで火でも付いたかのようにその拍手は瞬く間に広がり、全ての観客から惜しみの無い物へと変化した。


 爆音にも匹敵する観客たちの熱狂した歓声に……ミキは自分を慮ってくれた二人の背を軽く叩いて、勝者としての最低限の礼を見せる。

 勝者とは、対戦相手に"負け"を与え、観客からは声援を得る者だ。


 それだけにミキは"勝者"として、堂々と一人で舞台を降りた。 




 戦士の控え所に戻ったミキは、改めて"同僚"となった戦士たちから手荒い歓迎を受けた。

 人気者とは言えイルドの人気は、その血生臭い試合を好む者たちが支えているものだ。対戦相手となる戦士たちからは不満しか無い。

 ミキはそんな彼らのお祭り騒ぎから抜け出し、急いで向かう場所があった。払い戻し所だ。




 有り金全てを自分に賭けたミキは、僅かな時間で大金持ちになった。

 本当に良い"刀"を打ってくれたハッサンにせめてもの礼をと考えたが、自分を信じ手持ちの金を投資していた彼から丁重に断られた。

 曰く『死ぬまで飲み続けても飲みきれんほどの金が出来た』と。


 ただもう一振りの方が完成していないから、一日休んで急いで仕上げてくれるそうだ。

 ならばとミキはハッサンに追加で注文を頼み、その代金として少し多く払うことに決めた。


 ガイルも儲けたらしく、何に使うか真剣に悩んでいた。

 それを見ていたハッサンに『嫁でも買え』と言われ顔を真っ赤にして怒っていたが。


 古くからの悪友の言葉は悪くないとミキは思った。

 正直奴隷頭として、彼が仕事を続けて行くのは……年齢からしてそろそろ難しいだろう。

 ならば嫁とは言わない。世話をしてくれる者を買い、老いて先に逝く時が来たら財産の全てを渡して自由にしてやれば良い。

 どんなに金持ちでもあの世にまで銭を持って逝くことは出来ないのだから。


 自分の気持ちを素直に告げたら……これまた顔を真っ赤にして怒るガイルだったが、でも気持ちは通じたのか最後に『考えておく』と呟いていた。


 マデイは僅かに借りた銭で少しだけ勝てた。

 それを握り締めて、『初めて女を買うんだ』と興奮している様子を三人で生暖かく見守ってやった。

 ただ彼は知らない。ミキがガイルにマデイの分として、そこそこの金額を預けていることを。

 自分がここを離れたら……その金を彼に渡して欲しいと頼んだことを。


 受け取った金をどう使うのかなんて彼の自由だ。

 シュバルに支払いを済ませ自由の身になるのも構わない。

 一時の快楽に身を委ね、女を買い漁っても良い。

 それを決めるのは彼自身なのだから。




 勝者への配慮と言う物が、この世界にもあることをミキは初めて知った。

 今回に関すれば特殊な例であり、大儲け出来たシュバルからすれば感謝の気持ちの表れか。


 ミキが味わう初めて……それは豪華な食事と湯浴みだ。


 この世界に来て風呂らしき物に初めて入った気がする。

 洗濯物を洗うのに使いそうな大きな木桶に湯が満たされているだけだが、香りづけに入れられた花のおかげでそんな悪い印象をどうにか拭い去ることが出来る。


 風呂を出てこれまた新品の寝間着に着替え案内された天幕には、寝具が準備されていた。ベッドと呼ばれる物だ。畳の上で眠る生活を覚えているミキとしては、どうも馴染めない物だが。

 この世界に来てからは、ずっと地面の上で寝ていたから贅沢な気持ちになることは出来た。


 ベッドの端に腰を下ろして座っていると、薄い寝間着姿の眠そうな賞品が入って来た。

 こちらに気づきパタパタと走って近づいて来る。


「眠いのか?」

「はい。お腹一杯で、湯浴みまでして……私は幸せです」

「欲を満たすなシャーマン」


 その声にハッとして、彼女は自分の周りに視線を向けた。

 随分と慌てた様子だったが、何か納得したのか安堵しながら胸を撫で下ろす。


「嫌われていませんでした」

「たまに羽を伸ばすぐらい許してくれたんだろう」

「そうですね」


 手を伸ばして頭を撫でてやると、彼女は嬉しそうに目を弓にして……ミキの隣に腰を下ろし甘える様に身を寄せて来る。


 同じ桶を使ったのか、先ほど嗅いだ花の匂いが彼女から立ち昇っている。

 同じ物のはずなのに……使用した者が違うだけで別の物に思えてしまうから不思議だ。


「ミキ」

「何だ」

「今から私は貴方に抱かれるのですね?」

「……」

「それでいつ殺されるんですか?」

「……どうしてそうなる」


 一瞬緊張してしまったが、その緊張を脱力で解き放ってくれた。

 不思議そうにこちらを見ているレシアが小さく首を傾げる。


「私は勝った人に抱かれて……その後不幸にならない為に、殺す権利を賭けて戦ったんですよね?」

「それはイルドだ」

「ならミキはどうして戦ったのですか?」

「……お前が欲しかったから、かな」


 恥ずかしいことを言わされた。

 ミキは顔を赤くならない様に気を配っているのに……レシアはそれに気づかず立ち上がった。




(C) 甲斐八雲

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