其の拾肆

 天幕の中から飛び出して来たミキに、地面に座り待っていたマデイは飛び起き駆け寄って来た。


「なあミキ? 何があったんだよ」

「悪いマデイ。説明は後でする」

「説明って……イルドの奴がお前のことを殺すって騒いでたぞ?」

「ああ。最終日の最終戦でアイツと舞台で戦うことになった」

「はぁ?」

「詳しいことは天幕の中に居る誰かに聞いて……」


 と、急いで動かしていた足を止めてミキは相手を見た。

 走りながら会話をしていたせいか、止まった彼も大きく息を貪る様に吸っている。


「マデイ。一つ頼みがある」

「……何だよ?」

「詳しい話を戦士の誰かから聞いて、それを誰でも良いからどんどん広めてくれないか?」

「あ~。えっ?」

「奴隷たちに話して、出来れば客席の方で観客にもその話をして欲しい」

「構わないけど、どんな意味があるんだよ?」


 誰とでも気軽に話せるマデイなら、きっとのこの話は大きく広がるとミキは判断した。

 全く理解していないのであろうマデイの表情は冴えない。だがミキはある種の確信を持ってその願いを口にしていた。


「客を集めたいんだ。出来れば半分かそれ以上……まあたくさん集めたいんだ。頼めるか?」

「良いよ。分かった。ただ落ち着いたら客を集める理由なんかも全部聞かせろよな」

「ああ。分かった」




 要件を一つ片付け、ミキは鍛冶場へと駆け込んだ。

 大きな天幕の中……一番奥に居るであろう鍛冶場長の元へとひたすら急ぐ。

 他の鍛冶師たちからの挨拶も目礼のみで済ませた。


「ハッサン」

「……どうしたミキ? そんなに慌てて」


 駆け込んだ先には先客が居た。

 ミキが所属している班の奴隷頭であるガイルだ。

 この二人は……ガイルが現役の戦士の頃から仲が良いのを、ミキは知っている。


 彼の登場に面白く無さげな視線を向けたガイルは盃を煽りだす。

 この時間から酒とは……まあこの二人が酔っている姿を見たことが無いから平気だろう。

 何より今はそんなことに構っている暇が無い。


「舞台に上がる。急いで武器を作って欲しい。俺専用の武器だ」

「「ぶふぅぅう!」」


 仲良く酒を煽っていた二人が、同時に吹き出し互いを汚し合った。

 酒が鼻に回ったのであろうガイルは、椅子から転がり落ちて苦しんでいる。


「お前……武器と言ったな?」

「ああ。それも大至急だ」

「……期日は?」

「今回の興行の最終日最終戦。相手はイルド」


 むせ返っていたガイルが息を止めて立ち上がった。

 ミキのことを睨むように見つめて、急いで歩いて行く。

 行き先は容易に想像が出来る。団長のシュバルの元へ確認に行くのだろう。


「ガイル」

「……何だ?」


 そんな彼をミキは呼び止めた。


「確認が取れたら、先払いを頼む」

「……何に使う?」

「少々金が必要なんだ。今は集められるだけ集めたいからな」

「分かった。待ってろこの馬鹿者が」


 足を引き摺りそれでも急ぐ彼を視線のみで見送り、ミキは改めて鍛冶場長に頭を下げた。


「剣を打って欲しい。出来たら二振り。無理なら一振り。ただハッサンでもあれを打つのは無理だと思うから、出来る限りこちらの要望に応えられる物を作って欲しい」

「……おいミキ。お前今、俺には無理だと言ったか?」

「ああ無理だ」

「……怒鳴るのは話を聞いてからにしてやる。内容次第では金槌でお前の顔を潰してやるからな」


 鍛冶師として何十年と武器を作って来た相手にとって、自分の言葉がどれ程失礼かミキは解っていた。だがどれほどの技術を経験を持っていても、簡単には作れないのが"刀"だ。

 失礼と知っていても近い物を作って貰えればと願ってしまったのだ。


 ハッサンの弟子の一人から板と炭を借りて、ミキは自分が知る限りの"刀"について細かく説明する。

 砂鉄を集め溶かしてから鉄を作る部分から話して聞かせ……全てを語り終えた時、相手は無言で硬い表情のまま腕を組んでいた。


「出来るか?」

「……確かにお前の言う"カタナ"とやらを作るのは無理だ。今から準備して試しに作るまでに興行の最終日になっちまう」

「だと思った」


 最終日……それは今から六日後だ。

 どんなに腕のある鍛冶師でも、初めて挑む技術で"刀"を作り出すことなんて土台無理な話だ。

 それを一番理解しているハッサンは静かに口を開いた。


「……形状がお前の求める物であれば良いんだな?」

「ああ」

「材質は何でも良いのか?」

「ああ。ただし武器である以上、簡単に折れても困る」

「違うよ。その逆だ。簡単には折れないし刃こぼれもしないだろう。問題は間に合うかどうかだけだ」


 静かに息を吐き出したハッサンは、パンパンと自分の顔を叩いた。

 そして立ち上がり腹の底から声を発する。


「野郎共! 奥の炉にありったけの燃料を入れろ! 炉が吹っ飛ぶ寸前まで熱を上げるんだ!」

「鍛冶場長。それはつまり……」


 大声に反応して一人の弟子がこちらに顔を出した。そんな彼の表情は驚愕に歪んでいる。


「この俺、ハッサン様の最後の仕事だ! 全員終わるまで寝れると思うなよ!」

「はいっ!」


 鍛冶場の天幕内から弟子たちの威勢の良い声が響き渡る。

 ブンブンと腕を回したハッサンは、その目をミキに向けた。


「後で詳しい話を聞かせろ」

「……打ち終えて、舞台の上で俺が生きていたら必ず」

「あはは! そりゃ~楽しみが増えた!」


 ドスドスと地響きでも起こしそうなほど、力強い足取りで彼は作業場へと向かう。

 ミキはそんな相手に深々と頭を下げて……自分の無理を叶えようとする職人を見送った。




(C) 甲斐八雲

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