其の拾弐
「クックマン」
「おう。ミキか」
丁度天幕に入ろうとしていた商人を捕まえることが出来た。
雇い主の返事に、ミキの接近を遮ろうとしていた護衛が道を譲る。
一緒に駆けて来たマデイは、護衛にガッチリと掴まれ連行されて行った。
「どうした? 何か用か」
「……俺だって女の顔を見たくなる時もあるさ」
らしくない返事だったが、何かあるのだろうと察し……クックマンは笑って彼の背中を叩いた。
その動きがうながされる形となって天幕へと進み中に入る。
そこにはシュバル一団で上位を形成している戦士たちと、綺麗に着飾った女たちが居た。
普段自分が見る世界とはかけ離れた物だと思いつつ、ミキは自分に向けられる戦士たちの視線から逃れる様に商人の隣に立った。
ミキの視線は、それを見つけて固定された。
普段会う布一枚の様な服とは違い、どこか落ち着いた色合いの服を着ている彼女は別人の様に綺麗だ。
そんなレシアは、ミキに視線を向けず……自分のことを品定めしている男たちをぼんやりと眺めている。と、並んでいる女性たちの列から離れ戦士たちに近づく。
一瞬護衛たちが動こうとしたが、クックマンはただ苦笑いを浮かべるだけだ。
まるで一人一人を品定めする様に見て回る。
何も知らない戦士たちは、彼女が自分を売り込みでもしているのかと勘違いしていた。
軽い足取りで一周した彼女は、また列に戻ってぼーっと中空を見つめながらフワフワと揺れている。
もう戦士たちに対して感心が無いと言った様子がありありと見えるくらいの気の抜けようだ。
そんな彼女を見つめるミキは、ただひたすら神仏に対して祈り続けた。
『どうか何も起きませんように』と。
「ではこれから女たちの説明と商売を始める」
隣に居たクックマンの号令一つ。
彼は歩き出し、右隅の女から戦士たちに売り込みを始める。
出身、年齢、家柄……そして値段だ。
一人目の値段を聞いたミキは内心腰を抜かした。
一般的な男の奴隷の何倍もの金額だったのだ。それこそ一財産作れるほどの額だ。
驚きの表情を浮かべているミキに、商人はどこか満足気な笑みを見せる。
その顔には『お前もその気になれば、こっちでこんな商売が出来るんだぞ?』と書かれているのが解った。商いには興味は無かったが、ちょっとばかし関心を覚えたのは事実だ。
と、レシアがこちらを見て、怒った様子で視線を外したのが気になった。
元兵士や豪農の娘などが最初に売りに出され……買い手が決まって行く。
商品が良いのか、戦士たちが女に飢えているのか、売れ残りは今の所無い。
率先して買うのは戦士たちの中でも中堅ぐらいの者たちだ。
今回の買い物が初めての者も何人か居た。大半の者がミキから見れば奴隷仲間だった者だ。
それだけに買った後にこちらを自慢気に顔を向けて来る態度が少々カチンと来た。
と、レシアがこちらを見て笑った様子で視線を外したのが気になった。
「さあ続いては……先のガギン峠で名誉の戦死を遂げた将軍様のご令嬢だ」
売り込むクックマンの声に熱が入る。
育ちが良いだけあって顔も肌も綺麗だし、発育も良さそうだ。
間違いなくどこかの馬鹿よりかは大人しそうに見える。が……少々年齢の方が。
ミキの率直な気持ちに呼応するかのように、一人目の令嬢に対しての戦士たちの反応が悪い。
やはりか……と言う表情でクックマンは軽い値引きを提案する。
その声に戦士の一人が手を挙げた。中年のがっしりとした男だ。
内心ミキはその戦士の行動に舌打ちをする。
手を挙げた彼は、上位の戦士たちの中でも一番紳士的な者だったからだ。
出来ることなら彼にレシアを買って欲しかった。
「さあ続いてのご令嬢だ」
クックマンの声に反応して数人が手を挙げた。説明すら要らないと言わんばかりにだ。
だがこれは仕方が無い。ミキも銭が余るほど持っているなら手を挙げていたかもしれない。
若くて綺麗で胸が大きい。
その三つを兼ね揃えた相手を前に、飢えた野獣共が大人しくしている訳が無い。
ただ野獣共に混ざって団長であるシュバルが、一番前の席で手を挙げているのはどんな具合だ?
心の内の愚痴を口にしたくなったミキだが、残念なことに近くに気心の知れた者は居なかった。
と、レシアがこちらを見て、自分の胸を見て……深くため息を吐きながら視線を外したのが気になった。
彼女の場合は決して小さい訳では無い。ただご令嬢が大きすぎるのだ。
クックマンが釣り上げる金額に……最後の三人となった時点でくじを引くこととなる。
それがここの決まりだ。
天辺まで張り合うと後々遺恨を残す。だからそうなる前にくじで決めるのだ。
当たりくじを引いたのは稼ぎ頭の戦士だった。
強い男は運が良いと義父が言っていたのを、ミキは何故か今思い出した。
順調に進む売り込みに……結果として最後に残ったのはレシアだった。
「さあ本日の最後だ。ちょっと訳ありだが……このシュバルの戦士たちなら、迷信など気にせず買ってくれると信じている。稀代のシャーマン。数少ない白い飾り布を持つ女だ」
クックマンの声に戦士たちは、視線で隣同士を見合う。
噂になってしまったせいで、シャーマンの迷信はこの場所では広く知られてしまった。
そうなる様に仕向けたのは……他でも無いミキ自身である。
「クックマン。白い飾り布って何だ?」
「シャーマンの中でも、特に力が強いと言われる女が身に付ける物だ。濃い色を纏うほど力が弱いと言われている」
「つまりは……不幸が強まるってことか?」
一人の戦士の質問に、天幕の中が水を打ったように静まり返った。
戦いに身を置く者ほど、その手の迷信には敏感なのだ。
(C) 甲斐八雲
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