其の拾壱

 ミキは自然と口を閉じた。

 こちらの会話に対して聞き耳を立てている者が少なからずいる。

 それは何の為か? イルドに取り入り甘い蜜を吸う為にだ。


 この一団では、イルドは上位に入る人気者だ。

 悪く言い過ぎた言葉がもし彼らの元に伝わったら?

 本人が怒りだす前に彼の取り巻きが騒ぎかねない。結果としてイルドの耳に届くことになるから厄介なのだ。


 場所を移した方が身の為かもしれない。瞬間的にミキはそう結論を下した。


「まあアイツとは長い付き合いだが……機嫌が良ければ一緒に話をしてて楽しめる奴さ」

「本当かよ?」

「ああ。女を抱いた話を生々しく語ってくれるからお前には丁度良いかもな」

「くっそ~! どうせ俺は女を抱いたことも無い男ですよ!」


 マデイが拗ねて地面を転がる。

 その様子にこちらを見ていた数人の視線が離れるのをミキは感じた。

 急いで逃げ出す必要は無さそうだ。


 イルドと敵対すること自体それ程脅威と思っていないが、彼の取り巻きまでとなると……とんでもなく骨の折れる作業になる。


「ミキは女を抱いたことはあるのか?」

「お前と一緒にするな」

「くっそ~! 俺もイルドみたいに女を抱きて~」


 女を抱いたことがあっても……それは腹を切る前のことだ。

 ミキはこっちの世界に来てから女遊びなどしていない。

 そのことを一番よく知っているのは、商人であるクックマンぐらいか。


 完全にこちらを見ている視線が無くなった。

 マデイの駄々を見て、無いものねだりをする奴隷と思ってくれたのだろう。

 今後は彼の名前を口にするのは避けた方が良さそうだ。


 と、ピタッと動きを止めた彼が何かに気づいた様にミキを見た。


「……なあミキ? イルドが抱かなくなった女を抱けたりしないの?」

「それは無いな」

「取り巻きにあげちゃうとか?」

「アイツの取り巻きをしてて得られるのは……基本飯と酒ぐらいだ。女の方を得るなんてことは無い」


 ミキは静かな頭を振る。


 人気者であるイルドの収入は多く、料理などは彼専用に作られるのだ。

 肉や酒など飲み放題食べ放題だから、殺されるかもしれない緊張を覚えながらも彼を慕う者もいる。

 体を作るのには食べ物は重要なのだ。


「自称の話だぞ? 何でもとにかく激しいんだそうだ。女を抱くのが激しくて……良くて数ヶ月で殺しちまうんだってよ」

「殺すって?」

「聴いた話だと……飽きた女は、抱きながら首を絞めるのが好きらしい。全身が強張るからいつもと違った味が出るとか何とかな」


 体を起こしたマデイは、想像して立った鳥肌を撫でて誤魔化した。


「本当に恐ろしい男だな」

「ああ。そんな男にだけは買われて欲しくないな」

「何が?」

「……こっちの話だ」


 座り込んでいる相手に手を貸し立たせると、二人はまた歩き出した。


「賭けの話はこれで良いか?」

「おかげで少しは分かったよ。人気者の戦士になれば儲かる仕組みもな」

「出場分の手当ては売り上げに応じて増えるからな。何よりイルドは対戦相手を殺したがるから取り分がデカい。それを知ってて彼を応援する者は賭け札を買ったりするんだが」

「何の話だ?」

「俺には解らない考えだが……イルドの勝ちに賭ける者の中で、応援するために賭け札を買う者も居るらしい」

「応援のため?」

「ああ。イルドを買えば最低でも5は彼の取り分になるだろ?」

「聴いた話だとそうかな?」

「そうなんだよ。その5を渡したいが為に、イルドの賭け札を買う者も多いらしい」

「いや、だから儲からないよな?」

「ああ。でも彼らはそれで良いらしい。戦士に直接金をを渡すのは不正行為を働くかもしれないから禁止されている。それでも応援したい……で、損するのを承知で賭け札を買う訳だ」

「はぁ~。金持ちの考えとか俺には理解出来ない」

「俺もだよ。だからイルドの試合は比較的大金が動く。大穴を狙うならここが良いぞ?」

「あの化け物に勝てそうな奴を連れて来てくれ」

「確かにな」


 と、それに気づきミキは足を止めた。

 馬車が動いていた。クックマンの初物を乗せた馬車だ。


「何で動いてるんだ?」

「決まっているだろ……商品って言う物は、買い手が決まらなければ売れ残る。だからまず一番金を持っている者たちに商品を見せて買わせるんだよ」


 ゴトゴトと揺れて動いている馬車の隙間から……ミキははっきりとそれを見た。

 顔を出してこちらに向かい手を振るシャーマンばかものの存在をだ。

 その行動にようやく気付いた護衛が飛ぶように駆け寄り、レシアを馬車の奥へと押し込んだ。

 相変わらずの天然っぷりに流石のミキも頭痛を覚えた。


「なあミキ」

「何だよ」

「あの子、今こっちに手を振ってたよな?」

「ああ。でもあの手首の布飾り……あれがお前の言ってたシャーマンだぞ」

「本当に? あんなに可愛いのに?」

「シャーマンは容姿も大切らしい。存在自体が自然への奉納だからな」


『だったら中身の方も大切にして欲しい』とミキは心底思った。

 誇らしげに自分を語るレシアからシャーマンについて詳しく聴いた。

 おかげで本当に詳しくなった。それほど毎晩彼女とは話をしていた。


 そう。毎晩だ。


 止めていた足を動かし、ミキは来た道を引き返す。

 突然の彼の動きに前のめりに転びそうになったマデイは、どうにか踏ん張り転倒を回避した。


「おい。どうした?」

「悪い。俺にも良く解らないんだ」


 よく解らないがミキは駆け出していた。




(C) 甲斐八雲

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