其の拾

「ミキ? 眠そうだな」

「ああ。隣の新入りのいびきが酷くてな」

「それな。俺も何度アイツの口に馬の糞でも入れてやろうかと思ったか」


 団体行動をするうえで発生する問題を口にしただけで、マデイは納得した。


 昨日とは違い……今日は仕事なので道具と板を抱えて、二人で外壁の様子を見て回っている。

 この興行用の場所をぐるっと囲っている木の壁は、興行をする者たちにとって共有の財産だ。

 だから必ず定期的に点検して回っている。


 各班から本日の担当として提供された労働力の中で、気が合う者同士が組んで勝手に見て回る。

 今日は偶然マデイが居たから、ミキと組むことになった。


「あそこはどうだ?」

「たぶん大丈夫だ。あの高さなら足場にして逃げ出す奴もいないし、それに鳥が巣を作るのに良い高さだ」

「ミキらしくない言葉だな?」

「……足場にして逃げるのは無理でもあの高さなら登れるだろ?」

「ああ」

「なら鳥が巣を作れば何が手に入る?」

「卵。……ミキって天才だな」


 本当に相手は、何か考えて生きているのかと不安になって来た。

 だがまだ幸運なことに、マデイが舞台に上がる日が決まっていない。朝食の時に一回だけ騒いだに過ぎないから様子を見られているのだ。

 その事実に気づいているミキは、相手が癇癪を起さないように何となく気を付けていた。


「なあミキ?」

「何だ」

「あの噂は聞いたか?」

「どれだ?」

「何でも今回の女たちの中に"シャーマン"が居るんじゃないかって」

「……」


 その噂なら身に覚えがある。

 正直に言えば、現在クックマン以上にそのシャーマンの存在に詳しいのは自分だろう。

 夜な夜な寝床を抜け出し、稽古している間に……不思議と湧いて来て見学している少女が、世間的にそう呼ばれる部類の存在のはずだ。


「でもシャーマンって、居るだけで不幸になるんだろ?」

「それは違うぞマデイ。彼女たちは場所によっては、必ず村や街に一人は居る。何かあれば踊りや歌を奉納して村や街を災害から守るのを仕事にしているくらいだ」

「へ~。俺の村には居なかったな」

「元々この大陸東にシャーマンはそんなに居ないんだ。多いのは西だが、そっちでも圧倒的に数が減っているらしい。理由は、西部のファーズン大国が広めている"宗教"とやらに関係しているそうだ」

「ああ。あの神とか言う者に寄付をすると幸せになれるって奴だよな?」

「それだ。シャーマンは宗教から見ると商売敵だ。嫌がらせや脅迫、身に覚えのない借金を理由に、商人に売り飛ばしたりしているそうだ」

「何だよそれ? 思いっきり悪者だな」


 肩車をして高い部分の壁を補修する。

 トンカントンカンと金づちと釘で板を張り付けては、また別の場所へと移動する。


「なあミキよ」

「何だ」

「この壁って何のために在るの?」

「今さらそれを聞くお前も凄いな」

「今さら聞けない質問ってあるだろ?」

「解る気はするがな。この壁は最初は外敵から身を護るために存在していた。要するにこの興行用の場所は昔の街なんだよ」

「そうなのか?」

「ああ。手狭になった街を引き払い別の場所に移動する。そして残ったこの場所で興行をする様になったのが最初の娯楽って訳だ」

「確か最初って化け物と戦わせてたんだろ?」

「それぐらいは知ってたか。でも逃げ出したり、暴れたりで、管理が大変だから人対人に変化したそうだ」

「……なあミキ?」

「何だ」

「どうして人を戦わせるんだ?」

「娯楽だよ。その昔のとある王国で初めて行われた興行が好評で、大陸全土に広まったらしい」

「でも殺し合いだよな?」

「ああ。だから最初は罪人同士を戦わせていた。実際にまだそうしている国もあるそうだ」

「ならどうして俺たちは戦うんだ?」

「罪人が足らないからだ」

「足らない?」

「そうだ。罪人は鉱山や農地などに送られて仕事をする労働力だ。でもこの辺ではその労働力が不足している。平和過ぎて血の気の多いのは他国に流れて暴れているからな」

「平和が悪いことなんて初めて聞いたぞ。本当にお前って物知りだな」

「……長いことここに居るから詳しいだけさ」

「こんな場所に長く居れるお前って本当に凄いよな」


 話をしながらも手を動かし続けて、受け持った外壁補修を終えることが出来た。

 二人は道具を返し自由時間をのんびり過ごすことにする。そうは言っても特にすることの無い二人は会話ぐらいしか暇潰しが無い。

 基本話しかけるのはマデイの役目だ。


「なあミキ?」

「ん」

「昨日イルドの賭け札を買った奴らが『買った分も戻らなかった』とか嘆いていたんだが、賭けって儲かる物じゃ無いのか?」

「闘技場の賭けは儲からない場合もあるぞ」

「そうなのか?」

「ああ。闘技場の賭けはまず必ず胴元……つまりシュバルが儲かるように出来ている。とは言っても俺たちの飯代やら給金になる訳だから儲かって貰わないと困る」


 説明しながら近くに転がっていた枝を拾い、ミキは地面に簡単な絵を描く。


「客がまずイルドを買うとする。買った分を100にするか。そこから20はシュバルが、10は出場者二人の取り分になる。出場者の取り分は5対5。先払いを願い出て勝った場合は、ここから引かれた残金を得る。対戦者を殺した場合は9を得る。1は死体の片づけをさせる者の取り分……何故かシュバルの懐に入る。そして残りは70だ。分かるか?」

「何となく」

「この70が当たった者の配当になる訳だが……イルドと新入りの奴隷が戦ってイルドが勝った場合、どっちの賭け札が売れていると思う?」

「それはイルドだよな」

「その通りだ。誰も新入りなんて勝つとは思わないから大金を注ぎこまない。結果としてイルドの賭け札を買った者は、この70を分け合うことになる。まあ少しは新入りの大穴を狙い買うだろうから71ぐらいをな」


 地面の落書きを消してミキは説明を終えた。


「大穴と呼ばれる番狂わせが発生すると、70……つまりとんでもない大金を少ない人間で分け合うから、ラージの様に舞台に上がらなくても解放奴隷になることが出来る訳だ」

「はぁ~。でも儲からないのに何で買うんだ?」

「昨日の試合はイルドが疲れて終わるって可能性がある試合だ。だから対戦相手を買う者もそこそこ居たんだろうな。買って減ったとは言えそんな極端に減っていないはずだ。100が95ぐらいじゃないか?」

「ならイルドの試合でも105の場合もあったと?」

「可能性はあるな。賭け札は70の奪い合いみたいな物だ。ただこっちも向こうも売り上げが同じ枚数だったら、当たった場合140の奪い合いになる。昨日はその均衡がイルドに偏っていただけだ」

「上手く出来ているんだな」

「まあな。でも売れれば売れるほど儲かるのはシュバルな訳だ。後はイルドを殺した対戦相手になる訳だけどな……」




(C) 甲斐八雲

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