第5話 嫉妬
二年前、突然私の前からいなくなり、忘れることのできない傷を残した少女。
間違いない、カノコもこの美大の受験者だったんだ。
そしておそらく彼女も合格している。それは何の根拠もないただの推測だけれど、どうしても当たっている気がした。
だとするならば、この春から同級生としてまた会えるかもしれない。
「あ、やっと見つけた。おーいリコっち大丈夫?」
後ろから私の名前を呼ぶミカの声を聞いてハッとする。
今私はまたカノコに会えると喜んでいた。
どの分際で?
私はカノコを知らずとは言え傷つけ追い詰めた。
最後にされたキスの味を忘れたことは一度もないけれど、それで芽生えたのは本当に恋愛感情なのか。
確かにあれを契機として私の中に今までとは違う何かが生まれたのは本当だ。
でもそれは彼女の気持ちを受け入れるに足るほどのものなのだろうか。
私はただ彼女との思い出に縋っているだけの哀れな人形なのかも知れない。
「ねぇ、リコっち? ほんとに大丈夫?」
ミカの気持ちに対してもそうだ、本当に私は彼女からの好意をしっかりと受け止められているのか。また二年前のように知らず知らずのうちに踏みにじるようなことにはならないか。
再びカノコに出会ったことで、頭の中に嫌な思考が充満する。息が苦しくなり呼吸が浅くなる。
体が冷たい、めまいと立ち眩みがひどくなり再び倒れ伏しそうになるが、誰かに体を抱きとめられる。
「あ」
「あ、じゃないよ。さっきから何度も声掛けてるのに」
心配そうに顔を見つめてくるミカの姿を見て心が苦しくなってくる。
例えもし本当に私の中に、女の子に対する恋愛感情が芽生えていたとしてそれは誰に向けるつもりなのだろうか。
またさっきと同じだ、自分の心の中なのに考えが読めない、何を考えているのかわからなくなる。
だけどひとまずはミカを安心させてあげなければならない。
「大丈夫、ごめんね。ちょっと立ち眩みがしちゃってさ」
立ち眩みがしたのは本当。でも大丈夫なんてのは真っ赤なウソ。
目の前にいる親友をただ安心させるために、思考を巡らせ口を動かす。
それでも、ふとした瞬間に私の心の奥深くにあるドロドロとした暗い感情があふれ出した。
「さっきね、カノコがいた」
「え?」
これをミカ言ってどうなるのかなんて分からない。もしかしたらただ困惑させるだけなのかもしれない。でもどうしてもこれだけは私一人の心で仕舞い込むには少し大きすぎた。
優しい親友を利用して私は少しでも心を軽くしたいと考えるどうしようもないクズなのだろうか。
それでも今だけは一緒に受け止めてほしい、そんな身勝手な想いでミカへと告げてしまった。
「そっか、カノコが......。また、会いたい?」
そう問いかけてくるミカの表情は読めない。
とても辛そうで、それでいて能面のようにすっぽりと表情の抜け落ちてしまったような無表情。
私は途轍もなく大きな間違いを犯してしまったのではないかと今更ながらに気付く。
それこそ二年前と同じ、相手を傷つけ自分も傷つけられて誰も幸せにならない最後。
物理的外傷と違って精神的外傷は単純な痛み分けでは終わらない。お互いの心の深い所に荊のようにジクジクと傷つけながら絡まって取れない。
それでも、私は再び深みに嵌まっていく。
「会いたい」
「そっか。嫉妬しちゃうな」
そう答えるミカの声は私に届かないままに。
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