4.3.10 正面突破

――イシュトバーン城 内門前


 ハフトブルク辺境伯家は平地と緩やかな丘陵地からなる領地を有する。小麦と葡萄酒の一大生産地ではあるが、その反面、山岳地帯は少ない。そのため、イシュトバーン城は平地に建てられた城壁都市である。


 巨大都市を囲む城壁は低く、攻城戦には向かない。しかし、建物が密接して建てられているため、通路は狭く複雑に入り組んでおり、大軍の前進は困難だ。


 通常は建物の屋上に狙撃兵が潜み、路地に誘い込まれた敵兵を迎撃する。しかし、この度の奇襲は予測されておらず、狙撃兵は配備されていない。そのため、オルガ隊は各個撃破されることなく、辺境伯家の居城の内門前までたどり着いた。


 辺境伯家の居城は内堀による水路で囲まれている。伯爵家の居城に入るには水路と内門を繋ぐ橋を渡るしかない。居城の広場には濃い赤色の防具を身に纏う兵が待ち構える――アリエル夫人の直轄部隊“鉄血鎖親衛隊”、約三千だ。


 直轄部隊はすでに隊列を整え、物理耐性と魔法耐性が織り込まれた障壁を展開していた。日頃の訓練の成果か、入り組んだ通路のせいか、どちらにしろ迅速な動きだ。「正面突破か。あたしの好みだ」、オルガは全身が沸き立つのを感じた。


 オルガ隊と直轄部隊が橋を挟んで対峙する中、オルガが橋の袂に立ち、叫ぶ。

「あたしは、アルビオン騎士団所属のオルガ・アルビオンだ。ハフトブルク辺境伯家当主であるミハエラ公の命により、反乱軍の鎮圧のため参上した。無駄死が嫌なら道を譲れ」


 オルガは冷静な目つきで居城を守る兵士たちを見つめた――困惑の表情を浮かべた者こそいれ、武器を下ろす者はいない。


――オルガは右腕を上げ、突撃の合図を送る。


「フウォォォォォオオオオオ!!」

「ウガァウガァァァァ!!」

オルガの興奮が大群に伝播したように部隊から雄叫びが上る。


「凍れ」、イゴールが三対の腕を地面につけて念じる――すると魔法耐性を付与された水が震え、「メリㇼ」、「ビキビキィ」と音を立てて氷塊となり、内堀に溢れた。


 オルガを筆頭にキリル、イゴールが氷塊を蹴り、内門へ疾走する。それを阻止せんと土魔法の石弾、幻想矢がオルガ隊を上空から襲う。しかし、キリルが「燃えろ」と念じた途端、すべてが炎に包まれ灰になる。


 オルガは斧槍ハルバートを生成し、障壁へ叩きつけた――障壁を形成する魔方陣は一撃で粉々に砕け散る。オルガの瞳は赤く淀み、その身体から黒い瘴気が湧き上がる――。


 オルガは内門を抜け、直轄軍へと直轄軍に斬り込む。後に続くキリルとイゴールは、障壁の穴を拡げつつ突進し、内門の塀を砕いた。後続の兵士も到着し、居城前の広場にて戦闘が開始された。


――直轄軍 居城の扉前


 サルエゴ大佐と副官は、居城の扉前に陣取り、戦況を観察していた。


 副官はオルガ隊の突撃を目の当たりにし、驚愕の声を上げた。

「魔力耐性のある水を凍らせ、血族魔法の幻想矢を灰にするとは……信じられません。鬼人、ホブゴブリンは魔法は不得手なはず。とすれば、種族不明の巨体の魔人か、先頭の女騎士の仕業でしょう。また、女騎士は高度に練り込まれた障壁を一撃で砕き、我が兵を蹂躙しております。まるで血に飢えた魔獣のようです」


「魔獣だと…てめえ」

サルエゴ大佐が副官を鋭い眼差しで見つめる。副官は大佐の低く迫力ある声に圧倒され、目をそらし、言葉を失う。


「ところで、至急軍議を行いいたい。佐官の緊急招集を頼む」

「あ、はい? この戦闘中にですか? 全員でございますか?」


 サルエゴ大佐に化けたジレンは静かに頷いたが、心の中は決して穏やかではない。城門を開け、オルガ隊を城内に引き入れることには成功した。しかし、直轄軍の対応が予想以上に早く、城内の混乱に乗じて居城を占拠する計画は阻止されたのだ。長引けば兵数で不利だ。何とかして状況を打破しなければと思案していた。


「これで佐官は全員か?」

「はい、少佐二名、中佐一名、全員でございます」


 ジレンは、集合した佐官を見渡しておもむろに口を開く。

「戦況の報告を頼む」


 先頭の中佐が説明を始めた。

「内門付近にて激しい戦闘が続いております。巨漢の魔人兵が隊列を組み突進する様は、恥ずかしながら恐怖を覚えました。しかし、彼らは寡兵でございます。我らは半円状に密集体系を取り、前衛と後衛を入れ替えながら、敵兵の猛攻を抑えています」


「なるほど、そなたたち指揮官の腕の見せ所というわけだな」


 中佐は誇らしげに頷き、早口で言葉を続けた。

「左様でございます。しかし、我らに余裕はありません。直ぐにでも部隊へ戻り、指揮を執りたく思います」


 ジレンは大きく頷く。

「そうか。私はこれより総指揮件を副官へ委譲し、アリエル様をお守りする。現場は貴殿たちに任せる。直ちに現場に戻ると良い」


 佐官たちがお辞儀をして背を向けると、ジレンはすばやく剣を抜き、中佐を一刀で倒した。振り返ろうとした他の少佐たちも、瞬く間に斬り伏せられた。


 唖然とした立ち尽くす副官を横目に、ジレンは軍旗を引き裂くと顔に付いた血飛沫を拭い、剣の血糊をふき取る――。


 副官は我に返ると蒼白な顔を歪ませ、後ずさりした。


「サルエゴ大佐がご乱心なされた。助けてくれえええ」

と叫びながら逃げ惑う副官を後にしてジレンは居城の扉の奥へと消えた。

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