4.3.8 甘い男
――ミハエラ天幕
「ガキンッ」
ザエラは腰に据えた長巻(長)を器用に抜き、ミハエラへと振り下ろされる剣を弾いた――ジャック中佐は思わずのぞける。間髪入れずに立ち上がるともう一刀の長巻(短)を抜き、ジャック中佐に切りかかる。倒れまいと両腕を広げ、歯を食いしばる、その顔面に刀身が迫る――。
「殺すのはやめてくれっ」
ミハエラがザエラとジャック中佐の間に入り、ザエラに叫ぶ。ザエラの長巻を受けるように差し出したミハエラの右腕は、彼の
――ジャック中佐は呆気に取られた様子でミハエラを見つめている。
「いいのか? あいつの剣は俺ではなく、お前に向けられているようだぞ」
「そうだ、これは僕とジャック中佐と問題だ。君は退席してほしい」
ミハエラは息を吸うごとに身体が揺れ、青白い額から汗が流れる――体調がすぐれないのに神威など使うからだ。いや、襲われるとは露にも思わず、ひどく動揺しているか。ザエラは考えを巡らせながら、ため息を付いて長巻を鞘へと戻した。
「僕はお気楽で甘い男さ。ジャック中佐が恨んでいたのは君だと勘違いするほどに」
ミハエラはザエラのため息の理由を察したかのように自嘲気味に呟いた。
ザエラは、ミハエラの言葉に表情を変えることなく、ジャック中佐の剣を奪い取り、まじまじと見つめた。
「幻影剣か……想像していたのより重いな。どれ、切れ味を試してやろう」
ザエラはそう言うと幻影剣を天幕の天井へと投げつけた――。
「バスッ」、「スサササ」
天井の支柱に剣がささると同時に人影が動いた。
《
《承知した》
おそらく、ガリウスから報告を受けた密偵だろう。しかし、立ち上がるまで全く気配を感じとれないとは……かなりの手練れのようだ。雇い主は誰なんだろう。ザエラはそう考えながら、カロルに二人の監視を任せ、天幕を後にした。
外に出るとロマーニがザエラに駆け寄り、話しかけてきた。
「何やら騒がしいですわね。どうなされました?」
「大した話ではない。それより、オルガの陣中見舞いだ。飛竜の準備を進めてくれ」
オルガたちは、まる一昼夜、不眠不休で駆け続け、イシュトバーン城へと攻め上がる予定だ。しかし、兵士が疲労困憊の状態では戦えない。そのため、申し合わせた中継地点へ支援物資と治癒魔法が使える魔導士を届ける手はずでいた。
「まもなく、支援物資の積み込みが完了いたします。また、魔導士として、優秀な部下を随伴させますのでご安心ください。しかし、オルガ中佐の精鋭部隊とはいえ、イシュトバーン城の城壁を力づくで乗り越えるのは困難かと思われます。どうされるおつもりですの?」
「まあな……何とかなるさ」
ザエラは言葉少なくロマーニの問いに答える。
「内緒だなんて……嫌ですわ」
ロマーニはザエラの腕をつねりながら不満そうに囁いた。
――ハフトブルク辺境伯 イシュトバーン城
――謁見の間
翌日の早朝、フランソワ王子の“運命の八英雄”が一人、ミリア・フォン・アレンスタインがアリエル夫人との面会に訪れていた。
ミリアは丁寧なお辞儀をした後、自己紹介を始めた。自らがハフトブルク辺境伯の分家の血筋であり、血族魔法である幻影魔法の継承者であることを伝える――しかし、アリエル夫人の表情は変わらない。
「何用であろうか? わらわはちと忙しくてな。手短に頼もうぞ」
アリエルは唐突にミリアに問いかけた。閉じた扇子がカタカタと音を鳴らす――見るからに不機嫌な様子だ。
「アニュゴン自治領への宣戦布告の件、王都まで広く聞き及んでおります。アリエル様のお役に立つよう、フランソワ王子より命を受けて参りました」
ミリアは神官の白衣を纏い、童顔の顔を微笑ませながら答える。
アリエルは扇を広げ口元を隠し、「くくっ」と息を殺して笑う――。
「西部の魔人連邦へ進軍しているという噂、耳にしておりますぞ。今はイストマル王国と事を荒立てたくないはず――不可侵条約はそのためであろう。にもかかわらず、当家を咎めるでなく、支援するとは……面白い。腹の底が見えぬ御方だ」
「アニュゴン自治領はリューネブルク侯爵家の所領。領主代行はザエラ・アルビオン大佐――先の戦役において我が軍に甚大な被害を与えた大罪人でございます。そのため、我が君は支援を申し出たのでございます」
ミリアの説明を聞くと、
「アルビオン大佐……はて、存じませぬ」
ととぼけたように答える。
「僭越ながら昨年開かれた晩餐会にて面会されたと聞いておりますが――」
「くどいっ。知らぬと申したであろう」
ミリアが踏み込もうとするとアリエルは怒鳴る。
「バシッ」
扇子が床に叩きつけられる音が響いた――。
「出過ぎたことを……申し訳ございません。しかし、アルビオン大佐率いる強力な魔人部隊は侮れません。我が神官部隊、そして私の
ミリアは謝罪し、懐から魔道具を取り出そうとした。
しかし、アリエルは右手を前に出してミリアの動きを制す。
「もう、よい。フランソワ殿下のお心遣いだけで十分である。此度の戦争は当家内の問題ぞ。他伯爵家、ましては王家の支援を受ける訳にはいかぬ。さらに、相手は三千程度――助力を受けるなど当家に恥ではないか」
その時、サルエゴ大佐が現れた。
アリエルに近づくと耳元で何かを囁く――。
アリエルは目を見開き、大きく頷いた。そして、
「わらわはこれにて失礼する。フランソワ殿下にはよろしくお伝えください」
と挨拶も早々にサルエゴ大佐と共に謁見の間を出ていく。
――ミリアを乗せた馬車は追われるようにイシュトバーン城を後にした。
「……これだけでも受け取って欲しかったわ」
ミリアは銀色に光る魔道具を取り出し、ため息をついた。
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