4.3.7 降伏の真意
ジャック中佐が降伏を受け入れ、ベルメル城南方の戦いは終結した。しかし、戦場は混乱を極め、各陣営の伝達が遅れたため、各所にて戦闘が続いていた。
――アルビオン騎士団左翼
「だめだ、こいつら化物だ……敵うはずがない」
「あ、おい、こら。敵前逃亡は重刑だぞ。持ち場を離れるなっ」
密集陣形が崩れると乱戦となり、重装歩兵はシルバ率いる鬼人たちに悉く倒されていく――惨劇を目前にして後方の敵兵は戦意を失い、上官の指示を無視して、逃げ始めた。
「敵に背中を見せたらいけねえな」
シルバはそう言うと、「フンッ」と息を吐き、巨大な両刃の
戦斧を大きく振ると地面に血潮が一文字に浮かびあがる。
「ふうぅ、まだまだ足りねえぜ」
シルバは舌なめずりをしながら呟いた。
その時、背後から小さな声がシルバの耳元に届いた。
「おい、終わりだ」
「あぁ? うるせいやい。これからなんだよ」
シルバが声を荒げて後ろを向く――突然、顔に水が浴びせられた。
「ゴボッ、グフォ、な、何のつもりだ」
「頭を冷やせ、戦いは終了した。引き上げるぞ」
シルバが腕で水を防ぎながら目を遣る。その先にはラクシャ。携えた水竜刀から勢いよく水が溢れ出し、シルバを直撃していた。
「グッ、グボォ、わ、分かったから止めろって」
「兵をまとめろ。団長が呼んでる」
水が止まる――全身ずぶ濡れのシルバが兜を脱ぎ、地面に叩きつけた。頭を振ると髪から水飛沫が飛ぶ。異変に気付いたヴェルナが近づくのを横目に、シルバはラクシャを睨みつけた。
「てめえは右翼のはずだ。どうして
「近道をした」
「近道だと?……て、てめえの後ろ……なんだあれは……」
ラクシャの背後には、敵兵の屍が連なり、道のように続いていた――。
――アルビオン騎士団右翼
右翼はレーヴェ率いるエルフが乱戦を繰り広げていた。レーヴェたちは
《随分と手慣れているわね》
突然の念話。ラクシャ隊副官のイザベラからだ。
《故郷の森にはよおお、子供程度の大きさの
レーヴェは二刀の湾刀を鞘にしまい、小高い丘の上へと移動した。
「私を見つけるとは良い眼をしているわね。お楽しみところ悪いけれど、敵は降伏したわ。戦いはおしまいよ」
軍馬に騎乗したイザベルが現れ、レーヴェに戦闘終結を告げた。
「それだけよ」と、イザベルは直ぐに背を向けて丘を降りようとした――その背中にレーヴェは声を掛ける。
「なんだ、随分と冷たいなぁ。お前の父親の事件は知っているぞお。忌み嫌われている者同士、仲良くやろうぜえ――俺たちは自由の身だ」
イザベルは振り向くとレーヴェを見つめ、無表情のまま紅い唇を微かに震わせた。しかし、言葉を発することなく、前へ向き直り、丘を降り始めた。
「あの鉄仮面が戦場で口紅を差すとは悪くない。ああ、悪くないぜえええ」
レーヴェは戦場を見渡しながら呟いた。
――アルビオン騎士団駐屯地
遺体の整理、捕虜の拘束、怪我人の治療が慌ただしく行われる中、カロルはザエラを探していた。
「兄さんのことだから、怪我人の治療をしているに違いない」
カロルは怪我人を収容した天幕を訪れた。エルフ魔術師部隊による戦略魔法“
魔術師部隊を指揮するロマーニにカロルは声を掛けた。
「ロマーニ中佐、団長の居場所をご存じありませんか?」
「ザエラ様は重症の怪我人を治療した後、出ていかれました。戦場を見て来ると」
「どちらの方角にいかれたか分かりますか?」
「あちらでございます。微かにザエラ様の輝きが見えますわ」
「遺体安置所の付近ですね。ありがとうございます」
カロルは礼を言うとロマーニの指さす方向へと走り出した――。
――戦場の片隅にザエラが佇む。丁寧に並べれた死体が目前に広がる。
ザエラは跪き、両手を地につけた。‟
《鼠が入り込んでいる。気を付けられよ》
戦場の周辺を監視中、密偵を発見したそうだ。所属不明、遠巻きから戦場を観察していたが、先ほど駐屯地に紛れ込んだとのことだ。敵国の援軍を警戒して、監視を命じていたが、予期せぬ来訪者だ。
ガリウスに監視を続けるよう念話で伝えているとカロルが現れた。
「ザエラ兄さん、ジャック中佐との面会の準備ができました」
「ああ、直ぐに行くよ」
とザエラは答えると死体を一瞥してカロルの元へと向かう。
――ミハエラ天幕
ミハエラはジャック中佐との面会を承諾した。中央奥にミハエラ、両脇にザエラとカロルが控える中、ジャック中佐が現れた――。
ジャック中佐は、衛兵に引き立てられて中央まで進み、両膝を突いた。
「ミハエラ様、ジャック・フォン・ロレーヌでございます。お久しぶりでございます。この度はハフトブルク辺境伯家の当主就任おめでとうございます」
ジャック中佐は面を伏せたままミハエラへ挨拶をする。
「久しいな、ジャック中佐。面を上げて近くに来るがよい」
ミハエラは顔をほころばせて声を掛けた。
ジャック中佐は面を上げ、両手首を後ろに縛られたまま、両膝を滑らし、ミハエラへと距離を詰める――。
「そこまでだ」
ザエラは低い声で制した。
ジャック中佐はピタリと動きを止め、ギロリとザエラを睨みつけた。
「まあ、よいではないか。アリエルに騙されていただけだ。悪意はない」
ミハエラが二人を取りなすかのように声を掛ける。
ジャック中佐は再び動きだし、ミハエラへと近づく。
「実は当家のセリシアより遺言がございます」
「うん? セリシア少将からだと……一体何事か?」
驚いたミハエラは思わず、ジャック中佐へと顔を近づけた――次の瞬間、ジャック中佐はミハエラに唾を吐きかけた。
「貴様のせいで、我がロレーヌ家は辱めを受けた。死をもって償えっ」
とジャック中佐は叫ぶと、幻影剣を生成し、縄を切り落とす。そして腕に掴むとミハエラ目掛けて振り下ろした――。
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