4.3.6 ベリメル城南方の戦い(3)

 オルガ隊の突撃に続いて、ザエラは全軍に進軍命令を出した。右翼ではシルバ隊(重装歩兵)、左翼からはラクシャ隊(軽装剣弓騎兵)およびレーヴェ隊(軽装剣騎兵)が敵陣へとなだれ込む。その後を追うように、中央のカロル隊(軽装歩兵)およびロマーニ隊(魔導士部隊)、そして、ザエラ本陣が続く。


 前線の混乱、オルガ隊の突撃により、戦意をくじかれた敵重装歩兵だが、大盾を構えて密集陣形を取り、これを迎え撃つ。当初、両者は拮抗していたが、徐々にアルビオン騎士団が押し始めた――密集陣形に割れ目を入れ、その中へと切り込んでいく。まるで、増水した土手に水が染み込み、ひび割れが広がるかのようだ。


――ザエラ本陣


「シルバとラクシャがいて突破に手こずるとは……重装歩兵はさすがに固いな」

ザエラは伝令兵の報告を聞きながらため息を漏らした。


「貴方様ならこの中央から容易に突き崩せるのではありませんか?」

ロマーニが不思議そうにザエラに問う。


「部下の戦果を奪うほど野暮じゃないさ。それに我々の戦力を図るいい機会だ」

ザエラは苦笑しながらロマーニの問いに答える。


 此度の戦いはハフトブルク辺境伯爵家の跡目争いに巻き込まれたに過ぎない。いくら敵を倒しても戦功にはならないが、新たな将校と団員を迎え、三千まで成長した騎士団が、五代貴族の正規軍二万にどこまで通用するか見ておきたいとザエラは考えていた。


「左様でございますか……」

ロマーニは言葉を濁し、焦点の合わない目を前方に向ける。


「後方の重装騎兵が気になるか。あれはオルガに任せている。安心しろ」

ザエラは自分を納得させるかのように力強く言葉を発し、同じく前を向いた――その時、赤色の一筋の光が地上から空へと駆け上がる。オルガ隊からの成功を知らせる信号魔弾だ。


 ザエラは興奮した面持ちでロマーニに命じる。

「ロマーニ、オルガからの朗報だ。全軍に伝えてくれ」


 そして、前方で指揮するカロルへと念話で伝える。

《カロル、手筈通りジャック中佐との交渉を頼む》


――ジャック中佐本陣


 草原の残雪は汗と血で解け、白い靄が立ち込めていた――。


 ジャック中佐は相手に押されつつある自軍に檄を飛ばす。

「くそう……まだ、崩れるなよ。切り込んできた奴を押し返せ」


 配下の重装歩兵は、密集陣形の割れ目から侵入した敵兵を、大盾で囲み、‟幻影盾”を多層に発動させて押し返していた。しかし、敵兵は‟幻影盾”を打ち砕き、大盾をこじ開けてさらに内側へと侵入して来る。


 伝令兵から報告を受けた副官が叫ぶ。

「ジャック中佐、両翼とも限界です。敵将が恐ろしく強く、止まりません」


「重装騎兵が来るまでの辛抱だ。サムエル中将からの伝令はまだか?」

「まだです。こちらからも救援要請を出しておりますが、返信ございません」


 副官の返事を聞くとジャック中佐は嫌な予感がした。前方の重装歩兵で敵兵を止め、両脇から重装騎兵で側面を突き、包囲殲滅する――単純な戦術だ。サムエル中将が忘れるはずがない。ジャック中佐の脳裏に一直線に横断した敵部隊の姿が過る。


「ウォオオオォオオ」

その時、敵軍から一斉に鬨の声が上がり、敵兵が洪水のように流れ込んだ。


「我らの密集陣形が崩れました。敵兵が押し寄せてきますっ」

「見ればわかる。慌てずに対処せよ。しかし、敵軍の鬨の声が気になるな」

「調査いたします」


 副官が兵士を呼ぼうと手を上げた瞬間、一メルク程の楕円の黒闇が空間に出現した。そして、その中から一人の男性が現れ、地面へと飛び降りる。


 ジャック中佐と副官が呆気に取られる中、その男は深々とお辞儀をした。

「私はカロル・アルビオンと申します。イストマル王国軍、アルビオン騎士団所属、階級は少佐です。この度はハフトブルク辺境伯爵家の当主、ミハエラ・フォン・ハフトブルク様から交渉役を仰せつかり、参上しました」


「得体の知れぬ魔人風情が何をぬかす。おい、敵兵が現われたぞっ」

副官が大声で呼びかけると瞬く間に護衛の兵士が集まり、カロルを取り囲む。


「デヤアアア」

護衛の兵士が声を上げてカロルへと切りかかる。


黒影操技ブラックシャドー・シンクロニズム

カロルが忍刀シノビガタナを構え、戦技アーツを発動させる――その瞬間、護衛の兵士の動きが止まり、カロルの影が四方に伸びた。


「ドサ、ドサリ」、カロルの影が元に戻ると同時に護衛の兵士が力なく倒れた。


 “至高の女神”は、カロルに“黒影技師ブラックシャドー・テクニシャン”という固有職業と特別な戦技を授けた。“黒影操技”はそのうちの一つだ。


「く、くそう、化け物め……さらに兵士を集めよ」

「もうよい、待て」


 ジャック中佐は副官の肩に手を置いて制止し、カロルへと歩み出た。

「貴殿はミハエラ公の使者と申したな。何用だ?」


 ジャック中佐の問いにミハエラは抑揚のない言葉で丁寧に答える。

「此度の内乱は、ハフトブルク辺境伯爵家の当主の座を奪おうとしたアリエル夫人の謀反によるものでございます。反乱軍を率いる貴殿に速やかに降伏するよう命じておられます」


 ジャック中佐は苦虫を嚙み潰したような表情をした。

「何を馬鹿げたこと……。御子息様が成人し、当主となるまで、アリエル様が補佐されているのだ。此度の戦は将来の禍根を断ち切るためとアリエル様から聞いている。亡命したミハエラ公の言葉を信じる者などいない」


 ミハエラは、表情は変えることなく、しかし、強い口調で答える。

「当主様の妄言などではございません。旧当主の遺言状をエグゼバルト公国から受領しております。そこには次期当主としてミハエラ様が記されております。当主様は、身内の争いに心を痛められており、早急な終結を望まれています。降伏すれば、兵士共々、罪に問わないと話されています」


 ――ジャック中佐はしばらく思案した後、口を開いた。

「先ほど、“反乱軍を率いる貴殿”と話されたが、サムエル中将は討たれたのか?」

「左様でございます」


「俺が断れば、皆殺しということか?」

「……左様でございます」


 重装歩兵の防御陣形は無残に崩された。指揮系統を立て直した重装騎兵が援軍に来たとしても、包囲殲滅は不可能だ。さらに、敵兵は寡兵だが強者ぞろい――勝率は五分、いや、それ以下か。ジャック中佐は瞬時に判断した。


「承知した。降伏要請に応じよう。後方部隊の説得も任せてくれ。ところで、ミハエラ公に謁見できないだろうか? 長らくお目に掛かれず、先の戦役のご報告すらできていないのでな」


「降伏のご承諾、しかとお伝えします。当主様は戦場に来られています。貴殿との謁見の場を特別に設定いたしましょう」

カロルは、頬をやわらげ、安堵の表情を見せた。


「よろしく頼む」

と言うと、ジャック中佐は不敵な笑いを浮かべた。


 ――ベルメル城南方の戦いはハフトブルク辺境伯爵軍の降伏にて幕を閉じた。

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