4.3.5 ベリメル城南方の戦い(2)
――ジャック中佐部隊
前線の混乱により重装歩兵部隊は進軍を停止。後方の兵士たちは、大盾を地面に下ろし、前方を眺めながら待機していた。
兵士の一人が辺りを見渡しながら、隣の兵士へ話しかけた。
「伝令兵の動きが慌ただしいが、敵が攻めてきたのか。空は突然暗くなるし、何だか不気味だな。なあ、あんた、敵は誰だか聞いているか?」
「あん? 敵? 魔人部隊らしいぜ。先の戦役で西軍にいた奴に聞いた話だがな……俺は東軍にいたから詳しく知らねえ。指揮官の戦略魔法が強力だとさ。くそっ、それにしても、甲冑が重たいぜ……漏れそうなんだが」
隣の兵士はぶっきらぼうに答えると甲冑を持ち上げ、腰ひもへと手を掛ける。
「そういえば、奴隷の魔人たちの反乱を鎮圧したことがあったな。個々の能力は高いが、統率は取れてなくて、楽勝だったが……おい、こっちに向けるなよ」
「魔人なんぞ、そんなものさ。おつむが足りねえ、雑魚どもだ。ふう、小手が邪魔で腰ひもがうまく握れやしねえよ、ちきしょう」
隣の兵士が文句を言いながら小手に手を掛けた――その時、「ウァアアア」という兵士の叫び声と武器がぶつかる音が聞こえた。そして、
「おい、敵兵だ。小便は我慢しろ」
そう叫ぶと、兵士はすぐさま大盾を担ぎ、前方に構えた――。
整然と隊列を組んだ敵部隊が、味方を蹴散らしながら迫る。
「あ……あれが魔人なのか……信じられない」
大盾に身を隠し、声を詰まらせながら兵士は呟いた。
――ジャック中佐本陣
ジャック中佐は“望遠”の魔道具を覗き込み、自軍を一直線に横断する敵部隊を見つめていた。
先頭に漆黒の女騎士、両脇に三対の腕を持つ魔人二体、そして、腕に雷鳴を纏いし黄金の鬼人、それに続く、屈強な魔人の兵士たち――自軍の、ある兵士は子供のように突き飛ばされ、また、ある兵士は大盾ごと一刀のうちに叩き割られる。
「おい、伝令兵。あの黒い敵部隊の前方を開けるように指令を出せ。すぐにだ」
ジャック中佐が叫ぶと伝令兵が一斉に駆け出す。
忌々しそうに敵部隊を見つめたまま、ジャック中佐は呟いた。
「なぜ、この本陣に向かおうとしない? 俺など眼中にないのか、それとも目的が他にあるのか……まあ、どちらにしろ無駄死には避けるべきだな」
――サムエル中将本陣
オルガ隊はジャック中佐率いる重装歩兵部隊を突破すると、進軍速度を緩めることなく、後方の重装騎兵部隊へと突撃した――。
「敵部隊が突撃してきただと? 冬眠から覚めた魔獣と見間違えではないか」
サムエル中将は伝令兵の報告を受けると訝しげに聞き返した。
ジャック中佐から敵部隊と交戦を受けたという報告が数刻前に届いたばかりだ。特注の大盾を携えた重装歩兵を容易く突破できるとは想像し難い。
「敵部隊との距離、約五百メルクです。こちらに向かって来ます」
新たに到着した伝令兵の声が響く。
「あれか……もう、目と鼻の先ではないか……ジャックの役立たずめ。しかし、寡兵にて我が本陣を目指すとは無謀だ。我ら精鋭部隊にて返り討ちにしてくれるわ」
サムエル中将は目前に迫る敵部隊に目を遣りながら、迎撃態勢を整えるよう、部下に指示した――。
――オルガ隊
オルガ隊の兵士は、黒衣を返り血で赤く染めながら、敵兵を薙ぎ払い前進を続けていた。荒々しく息を吐き出しながら、腕を振り回す姿に、疲労の色が浮かぶ。
「皆ついて来ているか?」
「ああ、九割方な。しかし、さすがにきつそうだ」
オルガの問いに、背後を見ながらジレンが答える。
「長いこと突撃しているからね。キリル、イゴールは大丈夫?」
両脇の二人は三対の腕で敵兵を倒しながら、「問題ない」と平然と呟く。
「おい、オルガ、あれを見ろ。ようやく敵本陣が見えてきた」
ジレンが指さす方向に敵本陣の旗がたなびく。
オルガはすぐさま叫んだ。
「本陣が見えてきた。もう一息だ」
「ウォオオォオ」
部下たちは一斉に唸り声を上げ、オルガの叫びに答えた。
――サムエル中将本陣
「おい、お前らは化け物どもを相手しろ。俺は先頭の女騎士をやる」
「はっ、ご武運を」
サムエル中将の直属部隊、約百名が敵部隊を正面から迎え撃つ。
――オルガ隊と直属部隊の兵士が激突し、辺りは混戦となる。
サムエル中将がオルガに近づき、声を掛ける。
「私の名は、サムエル・フォン・シュミット、階級は中将、討伐軍の司令官だ。貴殿が魔人部隊の隊長殿かな?」
「ああ、そうだ。オルガ・アルビオン、階級は中佐だ。丁度探していたところだ、手間が省けたぞ、司令官殿。いざ、手合わせを」
オルガは早口で返事をすると剣を構えて、サムエル中将へと切りかかる。
サムエル中将は剣を受け止め、オルガを睨みながら不敵に笑う。
「やはり貴殿がオルガか……継承の指輪を持つ者よ。アリエルから聞いてるぞ」
「やはりだと? どうしてあたしだと気づいたんだ?」
「兜をしても隠し切れぬ、その面影だなっ」
そう言うと同時に、サムエル中将は力任せに剣を弾き返した。
「初対面にくせに……むかつくな」
オルガは上体を除けらせながらも踏み止まり、再び剣を構えて切りかかる。
「お喋りはここまでだ。
サムエル中将から無数の剣戟がオルガへと放たれる。
「下手な剣も数打てば当たるとは限らない、遅いんだよ」
オルガは剣戟を避け懐に入るとサムエル中将の首に剣を突き立てた――。
「本陣の敵兵は大体片付いたが敵将が見つからねえ」
ぼやきながら現れたシルバにオルガはサムエル中将の死体を剣で指さす。
「ようやく兄貴の最初の
「ああ、いよいよ次だ」
そう言うとオルガは、サムエル中将の首を剣に刺して掲げ、叫んだ。
「敵将の首は討ち取った。我々は北へと抜け、イシュトバーン城へと進軍する」
「ウォオオォオオ」
オルガ隊は隊列を再び整えると混乱する敵兵を切り倒しながら北へと進み始めた。
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