4.3.4 ベリメル城南方の戦い(1)
――王国歴 303年 中春
シャーロットの元に書状が到着してから一ヵ月後、ハフトブルク辺境伯爵家の当主代行、アリエル・フォン・ハフトブルクは宣戦布告を行い、軍を派遣した。その数、およそ二万。これを迎え撃つべく、ザエラは三小連隊、三千を率いて出陣し、アニュゴン自治領の北、ベリメル城の南にある平原にて待ち構えた――。
ザエラは第四小連隊と共に中央に布陣し、
「前方に重装歩兵一万、後方に重装騎兵一万。歩兵の指揮官はジャック・フォン・ロレーヌ中佐、騎兵はサムエル・フォン・シュミット中将か……二人に面識は?」
ミハエラはザエラの問いに弱々しく答える。
「ジャックは先の戦役で僕の配下にいたセリシア少将の部下だ。僕と同じく捕虜となり、解放後は投獄されたはずだが……まさか復帰していたとは。おそらく、セリシア少将の仇として君を恨んでいるはずだ。あと、サムエルは僕の実兄だ。僕が投獄されてから、アリエルの側近として昇進したと聞いたことがある」
「お前に兄がいたとは初耳だ。実兄を差し向けるとは酷なことをする」
「……興味ないくせに。まあ、僕ら兄弟は仲が悪くてね、なんてことはないさ」
ミハエラは吐き捨てるかのようにそう言うと、視線上げ、雪残る平原を見つめた。
「兄のお出ましのようだ。噂をすれば……だね」
ミハエラは苦笑し、平原の先を顎で指した。
残雪の光に照らされながら、敵兵の影が近づく様子が見える。ザエラは報告書を丸めて胸にしまうとロマーニとカロルに開戦の準備を命じた――。
――ジャック中佐本陣
「敵前線との距離、約二ケルクです。敵兵に動きはありません」
「そのまま進軍を続けるよう伝えろ。急ぐ必要はない、防御態勢を崩すな」
伝令兵に指示を出すと、ジャック中佐は敵陣の空を仰く。
「セリシアの死を冒涜し、我らロレーヌ家の家名を汚した恨みはらさでおくべきか」
ロレーヌ家はセリシア少将、ロイ少将、そしてジャック中佐と絶大なる勢力を保持していた。しかし、先の戦役にて、セリシア少将は戦死、ロイ少将とジャック中佐は捕虜となり、名声は一転して地に落ちたのだ。
――突然、前方の空が黒く滲み、瞬く間に放射状に広がる。
ジャック中佐はその黒い物体に睨みつける。
「‟鉄の杭”のお出ましだ。何度も同じ手が通じると思うな。対策済みだ」
重装歩兵は、
‟鉄の杭”が降りしきる中、重装歩兵たちは大盾を構えて歩みを進めた――。
――ザエラ本陣
ザエラは飛竜の“
《‟鉄の杭”が弾かれてしまうか……では、趣向を変えてみるとしよう。ロマーニ、術式を“十字架”へ変更する、各部隊へ伝達してくれ》
《畏まりました》
ロマーニが返事をするや否や、地上の魔導士は配置を変え始めた。
『
ザエラは配置変更を見届けると
“至高の女神”は、ザエラに“混魄騎士”という固有職業と特別な戦技を授けた。“飢魂の十字架”はそのうちの一つだ。
「
魔導部隊に制御され、十字架が次々と発射される。
ザエラは敵軍へと幾本の稲妻のように飛んでいくそれを見つめていた――。
――ジャック陣営
突然、空が暗くなり、前線の兵士たちは動揺していた。
指揮官は兵士たちに叱咤する。
「敵陣までもう一息だ。歩みを止めるな」
兵士の一人と空を指さし、叫び声を上げる。
「……あれをご覧ください。な、何か飛んできます。‟鉄の杭”ではありません」
また、別の兵士が防具をカチャカチャと鳴らしながら呟く。
「体の震えが止まらない……あれは何だ」
混乱する兵士たちに指揮官の怒鳴り声が響く。
「ええい、うろたえるな。我ら大盾に防げぬものなどない。全員、大盾を構えよ」
兵士たちは我に返り、大盾を構えて‟幻影盾”を多層に展開した――。
――紫色に煌く十字架は、幻想盾に当たると砕けて消滅した。しかし、紫色の揺らぎが兵士を包み込む。
「うぎゃああ」、「あぁぁ、助けてくれ」
兵士たちは身体を捩じり、叫びながら地面へと倒れた。
「呪いか……ジャック中佐に伝令を飛ばせ」
兵士たちの阿鼻叫喚に満たされ、前線は完全に崩壊した。
――ザエラ本陣
“吹雪”は白馬へと姿を変え、地上へと降り立つ。
「敵の前線は混乱している。攻め時だ。オルガに出撃を伝えろ」
ザエラは満足した表情でカロルに伝える。
“飢魂の十字架”に囚われた者は、飢えた魂に心を蝕まれる。死に至る者は少ないが、正常に戻るまでには時間を要する――敵を混乱させるには十分だ。
「いよいよ、始まりますわね」
ロマーニが焦点定まらぬ目でザエラを見つめる。
「ああ、これからが本番だ」
敵軍二万に対し、我らは三千。この圧倒的な兵数差を見れば、誰もが敵軍が勝つと考えるに違いない……我らの実力を内外に知らしめるよい機会だ――先鋒を務める右翼のオルガ隊には特別任務を与えている。オルガが勝敗を決める鍵だ。
「オルガ、しくじるなよ」
ザエラは小さく呟いた。
――右翼オルガ本陣
「ようやく、あたしたちの出番だ。さあ、出撃だ」
「ウォオオォオオ」
オルガは出陣の知らせを受け、部下に檄を飛ばす。キリル、イゴールを始めとする配下の兵士は、待ちわびていたと言わんばかり、高く雄叫びを上げた。
『
オルガが戦技を発動する――黒布が上半身を包み、漆黒の
“至高の女神”は、オルガに“黒衣騎士”という固有職業と特別な戦技を授けた。“黒衣無双”はそのうちの一つだ。
「オルガ、無理するなよ」
興奮の渦が巻き起こる中、ジレンは冷静な面持ちで隣にいるオルガへ声を掛ける。
「お前がいるから無理できるんだ」
オルガはジレンをちらりと見て微笑むと、剣を大きく掲げた。
漆黒の部隊が時の声を上げながら敵陣へ向かい駆け出した――。
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