4.3.2 鬼たちの騒めき

――王国歴 303年 初春 主都アニュゴン

――鬼人街 鉄魁てっかい組本部


 人口二百万計画‟自由の新天地フリーダム・ニューワールド”により、アニュゴン自治領では移民者が大幅に増えた。大多数は獣人だが、鬼人の割合も多い。シルバとヴェルナは、旧窃盗団の仲間だけでなく、新参者にも声をかけ、組織に組み込んだ。彼らが集まる街の一角は、いつしか鬼人街と呼ばれるまでに成長した。その街にひときわ大きくそびえる建物が、鉄魁てっかい組本部である。


 この日は、ジレンがシルバとヴェルナに招かれ、宴会をしていた――。


 ジレンが新築の本部を訪れたことは初めてだ。木材をふんだんに使用しており、柱や壁に使われた木材の木目が美しく、部屋には上品な木の匂いが充満していた。


 ジレンは酒を飲む手を止め、部屋を見渡しながらシルバに話しかける。

「故郷にある商館に似ているな……懐かしい。こんな立派な建物を構えるなんて、景気がいいですね。焼き芋売りは随分と儲かるようで羨ましいです、シルバさん」


 ジレンは口元を上げ、からかうように敬語を使う。冷静で口少ないジレンがシルバにだけ見せる砕けた口調だ。シルバもニヤリとして嬉しそうに声を弾ませる。


「焼き芋は大人気だが、あれは組員の生活を手助けするだめだ。ヴェルナが商会を立ち上げてくれてな、豊作の甘露と自然薯を商人に売りつけて大儲けしたのさ。緑色の長髪の野郎…だれだっけな、そう、ドワルゴに相談したら、資材と大工をすぐに手配して、この通り、俺の御殿が建っちまったんだ」


 シルバはそう言うと大盃に溢れるほど注がれた酒を飲み干す。そして、大声で笑いながら、しみじみとした表情で言葉を続けた。


「これも兄貴という勝ち馬に乗れたおかげだ。服役軍人で前線に送られた、明日をも知れぬ身の俺たちがな……世の中分からねえ、本当に分からねえもんだ」


 ジレンもシルバの言葉にうなずく。

「ああ、兄貴が俺たちの運命を変えてくれたな。俺は、時々、今の生活が夢のように感じることがあるぜ……あの頃には戻りたくない。しかし、それだけ酔いどれていると手綱を離して落馬してしまいますよ、シルバさん」


 シルバは一転、不満そうな表情でジレンにかみつく。

「ジレンさんよお、それはこちらの台詞ですよ。オルガさんとはどうですか? もうやっちまいましたよね? あら、まだなんてことはありませんよね、すけこましの名が泣きますよ」


「ばか野郎、俺にそんな通り名はねえよ。お前には関係ないだろ?」


 驚いて叫ぶジレンにシルバはさらにたたみかける。

「おおありですよ、ジレンさん。いいですか? 兄貴から見捨てられたら俺たちはおしまいなんだ。俺たちがどんなに戦場で活躍しても安心ならねえ……それよりも強い絆が必要なんだよ。つまり、血縁関係なんですよ。アイラは失敗しちまった……もう、あんたがオルガさんと結婚するしか道はねえんだよ」


「――アイラが失敗しただと? てめえ、そいつは一体どういうことだ?」


 ジレンの声音ががらりと変わり、ドスの聞いた声が部屋に響く。シルバは我に返り、黙り込んだ――部屋は静まり、鍋がぐつぐつと煮える音だけが聞こえる。


 そばで二人の会話を聞いていたヴェルナがシルバの肩を叩く。

「ほら、あんた、酔いすぎだよ。少しそとで冷ましておいでさ。――はい、お冷」


 シルバは差し出されたお冷を一気に飲むと、「すまねえ」と一言残し、部屋から出ていく。その後ろ姿を見ながらヴェルナはため息をついた。


◇ ◇ ◇ ◇


 ヴェルナは髪結いに手を遣りながら伏し目がちに喋り始めた。

「旦那は団長から聞かされてなかったんやね――。実は、団長が、姫さん連れて王都に行く途中に、アイラに襲われたらしいんや。それでなんか思い当たることはないか聞かれてな。あたしとシルバは土下座したよ。同じような事件を起こしていたのを知っとったからな……新しい環境で、アイラが元気になり、あわよくば、団長と恋仲になって、あたしらと団長を結ぶ絆になればおもうてたんやけどな――」


「そういうことか……俺からも兄貴に詫びを入れておくよ。しかし、水くせえな、俺に黙っておくなんてな」


 アイラがドワルゴの診療所に出向いていると聞いていたが、そんな事件が起きていたとはつゆ知らず、ジレンは唖然とした。そして、シルバが自分に話さないでいたことを残念に感じた。


「ちょっとした反抗心なのかもしれんわ。あの人は子供っぽいところあるから……この建物、懐かしいやろ? 泥棒に入るために盗み出した設計図を、昔の仲間からもらい受けたんや。『鬼人の頭は俺や。いつか出世して故郷の街の領主になるんや、これが第一歩や』ゆうて息巻いてたんよ」


 恥ずかしそうに喋るヴェルナを見て、ジレンは穏やかな顔に戻る。


「シルバはいい嫁さんをもらったな――あいつが赤砂四鬼会の頭で問題ねえよ。オルガの副官になってから頭らしいこと何一つできてやしないんだから。お前さんは面倒見がいいし、あいつは豪快で男気がある。この組はますます繁栄するだろう」


 昨年の初冬にシルバとヴェルナは夫婦になった。それを聞いたとき、ジレンは驚いた。なぜなら、シルバは口を開けば女をはべらすと豪語していたからだ。しかし、今なら理解できる気がした……やはり自分を理解してくれる女が一番なのか。


「恥ずかしいからよしてくださいな。あたしはみんなが楽しく暮らせる器を用意したいと思うただけです。そのことをあの人に話したら『ほな、夫婦になろう』言われたんです――。あ、話変わりますけど、ラクシャのこと聞きはりました? なんや、新参の白エルフと同棲し始めたみたいで……」


 ――ヴェルナと会話が弾む。ふと、ジレンは気が付いた。


「そろそろ、あいつを呼び戻してください」


 外でシルバの大きなくしゃみが聞こえた――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る