第三章 辺境伯爵家騒動

4.3.1 開戦通知

――王国歴 303年 初春 主都アニュゴン

――自治領館 ザエラ執務室


 シャーロットは椅子から窓の外を見ながら呟く。

「王都に比べるとここはまだ冬ね……」


 湿気で曇る窓の外は、粉雪が舞う。シャーロットはイストマル王国の王都から到着したばかり。南に位置する王都とは様子が異なり驚いているようだ。


 ザエラは一呼吸置いた後、窓を見つめるシャーロットに話しかけた。

「今年は冬が長引いていますが、あと一月もすれば、雪は解け、新芽が芽吹いてまいります。素晴らしい光景ですので、ぜひご覧ください」


「そうね、しばらく滞在することになりそうだから楽しみだわ。――はい、ハフトブルク辺境伯爵家からの書状よ」


 ザエラはシャーロットから書状を受け取り、読み始めた。差出人は、ハフトブルク辺境伯爵家の当主代行、アリエル・フォン・ハフトブルク。亡命しているミハエラの引き渡しとオルガが嵌めていた‟継承の指輪”の返却を求め、一ヵ月以内に応じない場合は武力による制圧を宣言している。


 昨年の冬から何度も書状は来ていた。丁寧な表現による依頼から始まり、次第に脅迫じみた要求へと変貌した。しかし、相手から開戦を引き出すため、ひたすら断り続けていたのだ。


 ザエラは、ようやく来たかという安堵の表情を浮かべ、書状から目を離した。

「実質的な開戦通知ですね。シュナイト国王はなんと話されていましたか?」


「アニュゴン自治領主である私に一任するとのことよ。ハフトブルク辺境伯爵家は不可侵条約に含まれていないから、王国として戦争は可能なのだけれど、積極的な関与は避けたいみたいね。噂では、国王陛下は王国軍を援軍に出すように指示したけれど、元老院に止められたそうよ。叔父上様シュバイツ伯爵に聞いても何も教えてくれないけれどね」


 シャーロットはそう言うと腕を組み、ため息を付いた。シュバイツ伯爵が、王位戦定における彼女の交渉により元老院に入ることができたにも関わらず、情報を流さなのが不満らしい。


「今回の戦いは王国が関与しない、つまり、敵をいくら倒しても戦功にはならないし、戦費も自腹ということですね……困りましたね」


「心配するところはそこなの? 援軍は来ないのよ。敵軍はおそらく数万規模になるはずだけど、貴方の騎士団で対処できるのかしら」

シャーロットは呆れた表情を見せ、ザエラの顔を覗き込んだ。


 ザエラは面を上げ、自信に満ちた眼差しをシャーロットに向けた。

「お誓いしたように勝算はございます。昨年、移民も含めた住民たちから多くの入隊希望を受け、我ら騎士団は団員数を大幅に拡充しました。ヒュードル、説明を頼む」


 隣に控えていたヒュードルが羊皮紙を広げ、軍団編成の説明を始めた。

 (https://kakuyomu.jp/users/kwm911/news/16817330665321026256


「我が軍はご覧の通り、五つの小連隊から構成されます。私と奥方様サーシャの第一連隊は首都防衛のために残ります。第二から第四の小連隊がアルビオン大佐と共に出陣する予定でございます。また、第五小連隊は上空警護、兵員輸送が主な任務となります。第二小連隊の隊長は……(以下略)」


 ヒュードルの話を聞き終えるとシャーロットは頷きながら口を開く。

「実質の兵力は三小連隊、約三千ね。以前よりは増えているけど、まだ心許ない感じがしますわ……でも、まあ、貴方たちは強いし、自信があるようだからいいか。――アカネ、紅茶を頂戴」


「畏まりました」

人化した飛竜のアカネが返事をすると、慣れた手つきで紅茶を注ぎ始めた。


シャーロットは紅茶を静かに飲み干すと口を開いた。

「ザエラ、ヒュードル、必ず勝ちなさい。わらわに歯向かう者がどうなるか、敵国のみならず、同国に知らしめてやりなさい」


「はっ、畏まりました」

二人は立ち上がると、シャーロットへ向かい跪いた。


――街長の館 ミハエラの部屋


 ザエラが部屋に入るとミハエラが出迎えた。彼の顔からは、亡命時に見られた傷と茶色に染み付いた呪いが消えていた。しかし、頬はかけ、顔色は青白く、痩せこけている。ミーシャに支えられながら、ザエラを暖炉の前の椅子へと案内した。


 ミーシャが席を外した後、ザエラは口を開いた。

「お前の身柄を引き渡すよう、アリエル夫人からついに要請が来た――従わないと我が領地に攻め入るそうだ。お前が愛人ミーシャと仲良くしているのに気づいたのかな? 夫婦喧嘩のとばっちりがこちらに来るとは…やれやれだ」


 ミハエラはザエラの嫌味に反応せず、追い詰められた眼差しをザエラに向けた。

「君はどうする気だ……アリエルの要求に従い僕を引き渡すのかい? 君たちに迷惑をかけるのは心苦しいが、僕はミーシャと共に生きたい。牢獄の中で拷問を受けているときも彼女に会うことだけを望みに堪えてきたんだ。それが叶うなら何でもする」


 婿養子の寂しさから愛人にのめり込み、戦争で負けながらそれを恥とも思わず、すべてから逃れようとは……相変わらず都合のいい奴だ、とザエラは思いながら心の中で大きくため息をついた。


「前に話しただろう? 義姉ミーシャの想い人を死地に追いやるなどしない。それに、オルガとカロルが‟継承の指輪”の持ち主であることを話さないでいてくれたからな。しかし、この戦争は国からの援助を当てにできないんだ。戦費をどうするか、戦功を得られない兵士たちにどう報いるのか、領主代行として悩んでいるところだ。そこで、お前に頼みたいことがあるのだが……話を聞いてもらえないか?」


 ザエラがそう言うとミハエラは身体をよろめかせ、前のめりに頷く。

「もちろんだ、僕にできることならなんでもやるよ」


 ミハエラの必死の形相を見ながら、ザエラは話を始めた。

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