4.2.4 関係の清算

――王都 宮殿 晩餐会の会場


「これはエリス王女殿下、ご機嫌麗しくございます」


 俺は振り返り、エリスに挨拶した。


 国色である濃い青色のタイトドレスのみで華美な装飾品は身に着けていない。それ故に引き締まった身体のラインが強調され、美しさを引き立たたせる。


 運動不足の貴族の娘ではこうはならないだろう。彼女に目を奪われながらも、他人行儀な表情を崩さずに返事を待つ。


「不穏な空気に包まれていたため、なんぞ魔物でも出たかと来てみたら……お主であったか、魔人部隊の指揮官殿よ。わらわごとき、お主にかかれば容易に組み伏せられてしまうな」


「由緒ある魔人殺しデーモン・スレイアー職業ジョブをお持ちの王女殿下に叶うはずございません。事実、前年の晩餐会において襲撃された際、瀕死の私を助けていただきました。お礼が遅れてしまい申し訳ございません」


「そうだ、わらわはお主の命の恩人であったな。それにも関わらず、挨拶もなしにこの場を去るとは冷たい。他の女にでも目移りしたのか?」


 エリスの言葉には節々にとげを感じる……が仕方ない。半年毎の従属契約更新のため、今年の晩冬にエリスと密会した。俺はそこで従属契約の終了を申し出たのだ。


 前年の晩餐会のような親しい態度を取られると秘密を守れなくなる――それが理由だ。事実、シャーロットは俺たちの関係に気づいていた。


 エリスは目に涙を浮かべ、唇を震わせ、頑なに拒否した。敵国の男娼を失うのがそれほど惜しいのか、という冗談も通じない。いつものごとく貪るように身体を重ねたが、彼女は終始不機嫌そうな表情をしていた。


「私は薄情な男なのでそうかもしれません。貴国の女性たちは色白で美しく、豊満な体に思わず見とれてしまいます」


 穏便にすまさなければ、という心とは裏腹に、口からは意地悪な言葉が出る。どうにでもなれと覚悟を決めて、近くの貴族の娘に目を向けた。


「ほお、そうであるか……良いことを教えてやろう。そこの娘、近くに来るがよい」


 俺が適当に目を向けた貴族の娘を呼び寄る。エリスはその娘を連れて俺に身を寄せると、おもむろにその娘の豊満な胸元に手を入れ、何かを抜き取る――エリスの予期せぬ行動に俺は絶句する。


「これは乳袋といってな、胸を大きく見せる詰め物だ。ちなみに私は入れていないが……確かめてみるか?」


 涙目の娘に乳袋を返し下がらせると俺にさらに近づき胸を押し付けてくる。


「結構でございます……私の言動が過ぎておりました」

俺は負けを認め、素直に謝る。


「それは残念だな。では、踊りダンスにお誘いいただけないかしら?」

エリスはそう言うと微笑みながら俺に手を差し出した。


◇ ◇ ◇ ◇


「エリス、君はどうにかしている。お互いの関係がばれたらどうするんだ?」

「それなら胸に興味があるなんて言わなければよいのに。不用心なのは主殿だ」


 俺はエリスと踊りながら小声で言いあう。我がままな女だが今日は一段と荒れているようだ。彼女の息を嗅ぐと……酒の匂いがする。


「酒を飲んでいるのか……よく見ると顔が少し赤いぞ」

「身体を動かすと酒のめぐりが良くてな。それにしてもなかなか踊れるではないか」

「……先生の教え方が上手でしたからね」


 前年の晩餐会のためにエリスから踊りダンスの個人授業を受けた。暗殺者の襲撃があり披露する機会は失われたが……敵国で彼女と踊るとは因果なものだ。


 俺は周りの目を気にしながら、エリスと踊り続けた。


◇ ◇ ◇ ◇


「ほお、これはめずらしい。あの子が男性と踊るなんて。赤毛の男性は誰であろうか? 我が国では見ない者だな……彼をご存じですかな?」


 ガルミット王国の国王は、娘が赤毛の男性と踊る姿を見に止め、隣にいるシャーロットへ声をかける。


「当国のアルビオン大佐でございますわ。フランソワ王子のご要望にお応えして参加しております。それにしても、息がぴったりですね……初めて踊るとは思えません」


「ふむ、あれがアルビオン大佐なのか。あの子は昔からこういう場は苦手なのに珍しいこともあるものだ。しかも、先の戦役で我が国に多大な損害を与えた者と踊るとは……いつまでも親を心配させる娘だ。すまない、今の言葉は忘れてくだされ」


 ばつが悪そうに謝る国王にシャーロットは微笑んだ。


「エリスが男性と踊るとは珍しいな。なるほど、アルビオン大佐か。噂をすれば……とはこのことですな」


 シャーロットは声がしたほうに目を向けた。フランソワ王子がシュナイト国王に無邪気に話かけながら近づいてくる。シュナイト国王は苦笑するばかりだ。


「父上、アルビオン大佐を呼び寄せて問い詰めましょう。どのようにしたら堅物の妹を踊りに誘えるのかを。私は悔しくてたまりません」


「わしを抜きに二人で長いこと話し込んだかと思うと、突然そのようなことを……しかし、ふむ、そうだな……それも悪くないか……いや、やはり……」


 フランソワ王子は国王の返事よりも早く、従者にエリスとザエラを呼びに向かわせる。国王はその様子を見ながらため息をついた。


◇ ◇ ◇ ◇


 俺はフランソワ王子から呼ばれ、エリスと共に国王の元に参上した。


「そなたの武勇はわしにも聞き及んでおるぞ、アルビオン大佐。ところで、エリスとは顔見知りなのかのう?」


 俺の挨拶が終わるやいなや国王はエリスとの関係を聞いてきた。俺は、前年の晩餐会の出来事を話し、感謝の意を伝えるため彼女の元を訪れ、踊りの相手を申し出たことを伝える。


「その件はシュナイト国王から十分に謝罪を受けたので覚えておるが、二人の出会いだとは知らなんだ。しかし、社交場が苦手なエリスがそなたの申し出を受けるとは……ただただ驚きだ」


 国王はそう言うと俺をまじまじと見つめ、黙り込んだ――。

 

 その沈黙を破るかのようにエリスが口を開く。

「父上、アストラル城砦における魔獣駆除の功績に対し、どのような褒美が欲しいか私に話されていましたが、ようやく見つかりました」


「他国からの来賓がいる前でそのような内部事情を話すのはやめなさい」

唐突に話しかけてきたエリスに国王がたしなめる。


 しかし、彼女は意に返さず、言葉をつづけた。


「褒美としてこの男性を私にください」

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