4.2.3 共に歩む道

――王都 宮殿 オルガ控え室


「あたしに晩餐会に出ろなんて、ザエ兄は突然何を言い出すんだ」

オルガは文句を言いながら裸になり、髪の毛を丸めて浴室に入る。


「……面倒くさいなあ」

彼女は香水の香りがする湯船に浸かり、身体を洗いながらため息をついた。


 ザエラから調印式後の晩餐会に付き添いとして参加して欲しいと頼まれた。突然の話なのに、ドレスまで仕立てていると言われて驚いた。軍人なんだから軍服でいいのに……ドレスを着るのなんて何年ぶりだろう。


◇ ◇ ◇ ◇


「オルガ、兄貴が呼んでいるぜ。支度はできたか?」

「変身完了したぜ。あたしの晴れ姿を拝ませてやるよ」


 ジレンが部屋の扉を開けて部屋に入る――純白のドレスを着たオルガがいた。

 カクテルドレスに肌が透けるレースを身に纏い、髪には花飾りが付けられている。

 

「ジレンさん、ご機嫌麗しゅうございます」

オルガは微笑みながらジレンに挨拶をする。


「……」

ジレンはオルガの姿を見たまま、沈黙を続けた。


「どうしました、ジレンさん? 女性をまじまじと見つめるなんて失礼ですわ」

オルガは放心状態のジレンの顔を覗くこむ。


「ジレン、まじで目を覚ましな。おら、おら、おら」

扇子でジレンの頭を何度か叩きつける。


「すまない、あまりにも奇麗なので見惚れてた」

目を覚ましたジレンは、そう言いながらオルガの顔に手を近づける。


「恥ずかしいことを真顔で言うな。あと、化粧が落ちるから手で触るな」

オルガは頬を赤らめて後ずさりすると、扇子を開いて顔を隠した。


「しかし、純白のドレスが似合うとは驚きだな。長い髪が一層引き立たせる」


「失礼な奴だなお前は……と言いたいところだけど、私も驚いているんだ。普段は白色の服は着ないし、髪をこんなに伸ばさないからな。付け髪なんて初めてだ」


「そいうや、兄貴が呼んでいるのを忘れていた。急がないとな。あと、首にかけている指輪は、忘れずに指にはめておくようにとのことだ」


「はいよ」

オルガは化粧台に置かれた指輪を鎖から外して指にはめた。


――王都 宮殿 晩餐会の会場


「ザエ兄と並んで歩くのは久しぶりだ、じゃない、ですわね。ほほほ」

オルガはザエラの腕を取り、晩餐会の会場へと足を踏み入れた。


《俺はお前とこれまで常に一緒に歩いてきたと思っている。距離など関係ない》

ザエラは真面目な表情でそう念話するとオルガを見つめた。


《ザエ兄、恰好つけるなよ。そうやって何人の女を口説いて来たんだ?》

《茶化さないでくれ。俺は本当のことを話したまでさ》

にやつきながら横目で見つめるオルガからザエラは顔を背けた。


《そうだな……しかし、共に歩いてきた隣の男は無意味なことはしない。事前に仕立てた純白のドレス、ハフトブルク辺境伯爵家の当主から渡された指輪——これから何を始めるんだ?》


《ある人物に挨拶する。お前は明るく優し気な表情で挨拶をして欲しい。あと、その指輪かな。合図をしたら以前見せてくれたアレを頼む》


 二人は念話しながら会場を進んでいく。ガルミット王国の貴族たちは二人を遠巻きに見つめ、ザエラの赤い髪を指さし、ひそひそと陰口を叩く。


《ザエ兄、その赤い髪の毛は目立つみたいだな。人気者は辛いね》


《また、茶化したな……しかし、気持ちはわかる。俺はグロスター伯爵家のベルナール中将を殺害し、ハフトブルク辺境伯家のミハエラ中将を捕縛した憎き敵国の軍人だからな。あ、あそこだ、ようやく見つけた》


 ザエラは葡萄酒のグラスを片手に一人佇んでいる貴婦人の元へと向かう。すると、遠巻きに見つめるガルミット王国の貴族たちのざわめきが止まり、辺りに緊張が走る。


《急に早く歩くな。全くもう……なんだ?、周りが急に静かになったぞ》


 オルガの念話を気にすることなく、ザエラは目の前の貴婦人に声を掛ける。

「ハフトブルク辺境伯家のアリエル夫人でございますね。ご挨拶に参りました」


 声を掛けられた貴婦人はゆっくりとザエラへと向かい合う。


◇ ◇ ◇ ◇


「はじめまして。私はイストマル王国のザエラ・アルビオンと申します」

ザエラはアリエルと目が合うとすぐさまお辞儀をして挨拶する。


「ほお、貴殿が……あの……。私に何か御用でございますか?」

アリエルは値踏みをするようにザエラの上から下へと視線を移す。


 夫であるミハエルを倒した相手を目の前にしても、その表情は微動だにしない。


「はい、此度は隣にいる私の義妹を紹介したく参上しました」

「オルガ・アルビオンと申します」

ザエラに紹介されて、オルガは軽やかにほほ笑みながら挨拶をする。


「まさか……スカーレットなの?」

アリエルはそう言うと葡萄酒のグラスを手放し、オルガに近づき腕を掴む。彼女は目に涙を浮かべて、オルガを見つめる。


「オルガと私は血の繋がらない兄妹でございます。出自は不明ですが、実は……幼い頃にハフトブルク辺境伯家の当主様にお会いしたことがあります。その際にも妹君のスカーレット様に似ていると話されていました」


「父上が貴方と面会した? どういうことなの」

ザエラの話を聞くと、アリエルはさらにオルガに近づき問い詰める。


《おい、なんて答えたらいい。教えてくれ》

オルガは困惑した表情でザエラを見つめ念話する。


「幼い頃、何者かに襲われているところを助けていただきました。その時の御恩を当主様にお伝えいただきたくて、勝手ながらご挨拶に来た次第でございます」


 オルガはザエラからの念話を復唱しながらアリエルに伝える。そして、指輪をはめた手の甲をアリエルに見せた。


「この指輪は当主様からいただきました。魔力を流すと光るのです……こんな風に」

指輪は緑色に発光し家紋が浮かび上がる。


「……父上から渡された指輪は一つだけ?」

「弟が同じ指輪を受け取りました。でも、数年して死んでしまいました」


 アリエルはオルガから離れると腕を組みぶつぶつ言いながら思案を始めた。

「あの子が未婚なのに子供を産んだというの……ありえないわ。それなら、なぜ父上は‟継承の指輪”を渡したの……ミハエラがどう関係するの……直ぐに戻り自白させなければ……」


「どうかなさいましたか?」

「どうやら飲みすぎたみたいだ。これで失礼する。其方たちのこと忘れまいぞ」

ザエラの呼びかけに言葉少なく答えるとアリエルは会場から退席した。


◇ ◇ ◇ ◇


《役目が終わったならあたしも帰る。慣れないハイヒールでかかとが痛い》

そう念話で言い残すとオルガはザエラから離れていく。


「さて……俺もそろそろ退散するか」


 アリエルが退席する様子を見て、周りの貴族たちが再び騒ぎ始めた。シャーロット公女から承諾を得ているが、くれぐれも目立たないよう注意されていた。これ以上騒ぎになるとまずい……ザエラは会場から退席しようとした。


「アルビオン大佐ではないか」

――まさにその時、背後から呼びかけられた。


 振り返るとそこにはガルミット王国のエリス王女が微笑んでいた。

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