4.1.14 時間と空間を生む建物

――王国歴 302年 初夏 アニュゴン領 主都

――地下迷宮 十階


 今日は秘書が取り組んでいる実証実験を見せてもらう予定だ。生活様式が一変する住居ということで楽しみにしていたのだが……なぜか、地下迷宮 十階にある祭壇へと向かう階段を下りていた。


「君の都市構想では我々は地下に住むのか? 新しい着想だが私はごめんだ」

「意地悪を言わないで大人しく付いてきてください」

階段のランプに秘書のほそく微笑む表情かおが浮かび上がる。


 軽くあしらわれた格好だが……悪くはない。俺との関係、ここでの生活に慣れて来たということだろう。


 祭壇に到着すると秘書は石壁を指でなぞる。すると、石壁が音を立てて開き、下へと降りる階段が現れる。秘書とカロルは躊躇うことなく先に進む。


 ――祭壇から隠し階段で下層に行けるなど聞いたことがない……そもそも下層があることを知らない。後ろに続いて降りながら俺は二人に声を掛けた。


「どうして二人は隠し通路の存在に気づいたのだ?」


 街長が隠していて二人にだけ話した?

 ——いや、それはない。カルロはともかく秘書と街長に接点はない。


「ある日、突然、私とこの都市に経路パスができたように感じたのです。それ以降、私はこの都市に存在する建造物の構造を知ることができるようになりました。‟都市設計家”の能力だと思います」


 第三次拡張計画において地下神殿は新造された外壁の中へ取り込まれた。地下神殿は都市の一部と言える。しかし、秘書と経路パスができた都市は、今の都市なのか、それとも旧帝国の主都なのか疑問に感じ、彼女に聞いてみた。


「両方だと思います。旧帝国の主都を母親、今の都市を胎児とすれば、母親の腹の中に幼児がいるという感じです……伝わればいいのですが」


 ――男には想像し難いというのが正直な感想だ。


◇ ◇ ◇ ◇


 秘書と話している内に部屋の扉が見えた。秘書が石壁に埋め込まれた石板を指でなぞると扉が開き球体の小部屋が現れる。


 中央には円柱上の台座がある。そこから幾本もの太い管が枝分かれてして小部屋の壁を這い天井へと延びていた。


「私は地下迷宮の動力源に興味があり、構造の解析を行いました。そして、地下迷宮の動力炉であるこの部屋に至りました」


 それにしては壁と中央の台座に刻まれた精緻な紋様は宗教的な意味合いを感じさせるな。まずは、ここが動力炉という根拠を確認しなければ。


「動力炉というが何を動力としているんだ?」


「高濃度に圧縮された液体の魔力です。中央の台座は地中深くの龍脈まで到達しています。龍脈は地中深くを流れる液体の魔力の流れです。そこから液体の魔力を吸い上げ、この管に魔力を供給しています」


 以前、街長から地下迷宮は古代の神殿跡であり、龍脈上に建てられたと聞いたことを思い出した。龍脈など単なる迷信だと考えていたが、実際に存在するとは驚きだ。


「液体の魔力とは……にわかには信じがいたな」


「そうですか? 水蒸気と水の関係と同じです。動力炉が複製できれば、実際にお見せできますので、ご期待ください。今日の実証実験にこの動力炉の魔力を使用しているため、先にご説明しました」


「僕も最初は信じられなかったけど、台座に耳を当てると液体が流れる音が聞こえるんだ。義兄さんも試してみたらいいよ」


 カロルに促されて、台座に耳を当てると水が流れるような音が振動と共に伝わる。

 まるで地の底にある川がうねりながら流れているようだ


――主都北部実験地区


 地下迷宮から出ると北部にある実験地区へと移動する。

 巨大な円筒形の建物の前まで案内された。


「ここが本日お見せする‟時間と空間を生み出す共同住宅コンドミニアム”です」


 俺は秘書の言葉を聞きながら建物の中を進む。


「今は十五階まで完成しておりますが、最終的には三十階まで建設予定です。階段で上るのは大変なので、魔力で動く昇降機を設置する予定です」


 共同住宅というよりも塔に近い印象を受ける。かつてどこかで見たような気がするが……おそらく異世界にいた自分の魂の片割れの記憶だろう。


 五階の部屋を案内されたが、壁が白で塗装され清潔で明るい。台所、食堂、居間、小部屋、風呂場、洗面所、厠と間取りにも無駄がない。秘書が言うには三人から四人が暮らせるそうだ。


「蜂の巣のように無駄がなく効率的な集合住宅だ。これが主都に建ち並べば空間の節約につながるだろう。しかし、強度は大丈夫なのか? 王都でも十階を超える建物は存在しないぞ」


「実際に住み負荷をかけていますが、今のところ問題ありません。穴の開いた煉瓦を使うことで重量を減らし、鉄筋を穴に通すことで強度を増しています。また、煉瓦を包むように古代コンクリートを塗り固めています。それと……」


 秘書は夢中で説明し始めた。それをカロルは隣で楽しそうに聞いている。しかし、俺はいまいちよくわからない。むしろ、耳慣れない資材を用いているようなので、予算を超えていないかが気になる。


「建築についてはまた詳しく教えてくれ……予算についてもな。先に‟時間を生む”の説明をお願いできないか?」


「先ほどの動力炉の管を延長させてこの建物に張り巡らせています。この魔力を魔石に刻まれた魔法陣に供給することで火力と水、そして氷を生成することができます。炊事、洗濯、冷蔵庫、冷暖房、洗面所、お風呂、厠がすべて魔力で賄えるのです」


 秘書とカロルが実演してくれた。操作するだけで風呂に水が溜まり、お湯が沸く。また、台所のコンロと呼ばれる魔道具から火が燃え上がり、鍋を暖める。俺は感動して飛び上がりそうになるのを辛うじて抑える。


「なるほど、薪割、枯れ木拾い、水汲みが不要となるので、その時間を別の作業に割り当てられるという訳か……これはすごいな」


 人口の増加に伴い、薪と井戸が不足しているので、一石二鳥だ。そういえば、シルバ隊が、巨大な魔道具で火を起し、炊き出しをしているという話を聞いたことがある。おそらく、秘書が同じ原理で作成した魔道具だろう。


「今日は感動した。以前話してくれた都市構想が絵空事ではないと理解したよ。君とカロルの努力に感謝する。冬が来る前に新しく受け入れた移住者たちに住居を提供したい。引き続き開発を進めてくれ」


 食料問題がようやく解決したのに、次は住居か。忙しくてぼやきたくなるが、天幕では寒さで凍えてしまう。ここが踏ん張りどころだ、頑張らないと。


「畏まりました。これ程早く建造が進んだのは、研究所の皆さんと、高度な技術を持つ白エルフの皆さんのお陰です。しかし、冬に向けてさらに加速させるには追加の人足と予算が必要です」


 秘書は手提げ袋から書類を取り出し始めた。今日の会話の流れを想定して、既に準備しているとは……彼女が一枚上手のようだ。

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