4.1.11 商人の矜持

――王国歴 302年 下春 イストマル王国 王都

――商会の受付


 俺は王都に到着すると商会まで走り、息も絶え絶えに頭取であるトッツさんとの面会を求めた。来客中にためしばらく待つように受付で言われ、椅子に座り待機する。


「がははは、あんなに困り果てた奴の顔、初めてみましたわ。手広い商いで急成長を遂げたここもわしら自由都市同盟の商人から見ればまだまだひよっこですなあ」


 受付の部屋全体に大声が響き渡る。そちらに目を遣ると、取り巻きたちを引き連れた、中年の男性が、血色の良い顔に満面の笑みを浮かべている。彼は脂肪で弛んだ腹が大きく揺らしながら出口へと歩いて行く。


「アルビオン大佐、お待たせいたしました。頭取がお会いできるそうです」

呆気に取られて彼を見ていた俺に受付の女性が声を掛ける。

 

――商会の頭取の部屋


 俺が部屋に入るなり、トッツさんに長椅子に座るように促される。


「ザエ、ちょうどよかった。至急話たいことがあるんだ」

「そうですか、私も貴方に相談したいことがあります……が、お先にどうぞ」


  トッツさんは紅茶を一口飲み、大きくため息をついた後、喋り始めた。


「数か月前から自由都市同盟の商人たちが小麦に加え食料全般を買い占め始めた。噂によれば、この王国の貴族が潤沢な資金を提供したらしい。そのため、食料の値段が跳ね上がり、我が商会の相対的に安い食料に買い注文が殺到した」


「ということは、我々へ提供いただける食料は既にないのでしょうか?」

俺は思わずトッツさんの言葉を遮る。


 約束していた食料が提供できないのであれば、食料の追加提供以前の問題だ。俺はトッツさんを心配そうに見つめる。


「安心し給え。君へ提供する予定の食料は確保している。……ただし、これ以上の要望には応えられそうにない。というのも、お得意様のために自由都市同盟の商人から高値で購入して安値で販売していたが、先ほど今後の取引を断られてしまってね」

トッツさんは両手を長机に乗せて楽器を弾くように指を動かす。


 先ほど大声で話していた恰幅の良い商人のことだな……俺はピンと来た。彼の言動を聞く限り、再度取引に応じさせるのは至難の業のようだ。


「僕はまさに追加提供の要望で貴方に会いに来たんだ。突然、移住者が増えて想定していた食料では賄いきれそうにないんだ」


 ある日、突然、東部の領地から大量の魔人、亜人の移住者が殺到し始めたことをトッツさんに説明する。彼は静かに俺の話を最後まで聞き続けた。


「東部か……、そういえば、さきほどの商人から私の顧客でどうしても食料が必要な者がいればイレストガルド領の領主を頼るように伝言を受けた」

トッツさんは懐から紹介状を取り出すと俺に渡す。


 その紹介状にはイレストガルド領主アデルの署名がされていた。東部からの急激な移住者の増加、俺が懇意にしている商会への食料の販売停止——そういうことか、彼が仕組んだ罠にまんまと嵌ったのか。


「状況は理解しました。……私は領地に戻り、対応策を考えます」


「ザエ、待つんだ。私は商人だ。大事な顧客からの要望を簡単に断るほど、あきらめは良くないんだ。共に利益になる方法を考えよう」

トッツさんは立ち上がろうとする俺を制し、紅茶と菓子を差し出した。


◇ ◇ ◇ ◇


 俺は数日間、商会に寝泊まりし、彼らに頼らずに食料を調達する手段をトッツさんと考えた。国内の商人、自由都市同盟の他の商人へ依頼を出したが、ことごとく断られた。彼らからの圧力か、ただ単に販売する食料がないのかはわからない。


「こうなれば、ガルミット王国の商人に声を掛けてみるか?」

「昨年まで戦争していた隣国の商人と取引を行うのは時期尚早です」


 トッツさんの無茶な提案に俺は反論すると、彼は俺を見て目くばせウインクした。頭を柔らかくして考えろということなのだろうか……彼は時々お茶目な表情をする。


 しかし、他国というのは考えたことはないな。ガルミット王国が駄目なら、エグゼバルト公国……いや、あそこは墓地しかないからだめだ……そういえば、以前、誰かと食料の話をしたような……俺は記憶の片隅を辿る。


「そうか、その手がある。もしかしたら、解決するかもしれない」

俺は叫んで立ち上がると驚いて固まるトッツさんに礼を言い、部屋を後にした。


――エグゼバルト公国 ソニア公女の部屋


「……という訳だが、貴方の力を貸してもらえないだろうか?」


 俺は飛竜に乗りソニア公女の元を訪れた。そして、これまでの経緯を説明し、俺の考えた解決策へ協力を求める。


「ふむ、我が将国に流通する食料をエグゼバルト公国経由で仕入れてお前に売ればいいのだな? 食料は豊富にある故、可能ではあるが、エグセバルト公国が直接お前に売ることはできない。何か手はあるのか?」


「私が懇意にしている商人を間に入れるので大丈夫です」

俺は自信に満ちた表情でソニア公女に答える。


 俺がドワルゴが設営した診療所を訪れたとき、彼が自分達で食料を賄うと話していたのを思い出した。我々が直接、魔族の国と取引を行うのは禁止されているが、エグゼバルト公国から仕入れたことにすれば問題ない。


「しかし、この借りは高くつくぞ。そうだ、以前約束した例の件の対価でよいか?」

ソニア公女は値踏みをするように俺の表情を見ながら訪ねる。


「それで構いません」

俺は迷いなく答える。ちなみに例の件とはソニア公女に宿る魔人を以前のような身体に戻すことだ。


「では、交渉成立だな。しかし、食料を確保することは目先の解決に過ぎない。お前が成すべきことは他にあるはずだ。私が話している意味を理解できるか?」


 俺はソニア公女の質問に窮した。苦労して見つけた解決方法だが、大切な視点が欠けているのだろうか。


「正直なところ理解できません……他に成すべきことなど思いつかないのですが」


ソニア公女は困惑する俺の表情を見ると、

「ふむ、お主には宰相が必要だな。大局を見据え、何が問題なのかを正確に定め、適切な対処を助言できる人物だ。今回は私が特別に教えてやろう」

と言い、俺に説明を始めた。

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