3.4.20 点と線

――王国歴 301年 中秋 アニュゴンの街


 サーシャとの新婚生活が落ち着いた頃、俺は師匠の元を訪れた。


 彼女は魔力を動力へ変換する魔道具を開発し、一財産を築いた。その資金を元手に研究所を構え、所長として数名の助手と共に魔道具の研究開発に没頭していた。


「なんだ、眠そうな顔をしおって。新婚じゃから、毎晩大変じゃろう」

師匠は俺の顔を見ながら意味深な笑いを浮かべる。


 俺とサーシャは街長の家の離れに住んでいる。とはいえ、養子という訳ではない。新居を構えるまでの一時的な住まいだ。


「師匠、毎晩ではありません……毎晩、毎朝、毎昼です」

俺が師匠の耳元で囁くと彼女は驚いた顔をして後ずさりする。


「さて、今日は聞きたいことが沢山あります。よろしくお願いします」

その様子を見て、心の中で勝利を噛みしめながら、丁寧にお辞儀をする。


「わしも話したいことが沢山ある。何から聞きたい?」


「では、ヒュミリッツ峠の夜襲で敵が使用した魔道具の調査結果を教えてください」

師匠は頷き、俺を部屋へと案内する。


◇ ◇ ◇ ◇


 昨年のヒュミリッツ峠の夜襲ではグロスター伯爵家の部隊から魔道具による攻撃を受けた。それにより、俺たちは身体が動かなくなり、苦戦を強いられた。


 黒猫ガリウスがそれを発見し、停止させなければ、俺たちは全滅していただろう。この魔道具が広まる前に対策を打たなければ危険だと感じた俺は、鹵獲したそれを師匠に渡し、調査を依頼していた。


「簡単に言うと、魔人の種族固有の魔力波長を減衰させる波長を持つ魔力を指向性を持たせて発信する魔道具じゃ。しかし、言うは易く、実現は難しい」


 師匠は魔道具に取り付けられた半球体のミスリル合金を指さしながら話を続ける。


「この内側には減衰波長を生成する魔石が貼り付けられておる。さらに複数の魔人に効果があるよう、複数種類の魔石を混ぜているようじゃ。指向性を持たせるためのミスリル合金の形状、均一に研磨された魔石、干渉を最小限にする異なる種類の魔石の配置……高度な技術の組み合わせで作られておる」

師匠の言葉が熱を帯びて来る。説明する内に興奮してきたようだ。


「戦場では複数機存在しました。この一基が停止すると威力が低下したようなのですがその理由は分かりますか?」


「おそらく、複数機から発信されると、魔力波長が共振するからじゃろうな。しかし、これらの技術、聞いたことがないな」


「……ガルミット王国内に思い当たる勢力はありませんか?」


「最近まではなかった。厳密には、カロルが魔虫を持ち込むまではなかったというのが正しいじゃろう」


そう言うと師匠は俺を別の部屋へと案内する。


◇ ◇ ◇ ◇


 次に案内された部屋には透明な容器が並べられていた。


「……魔石が置かれた容器ですか……」

俺はその容器の中に置かれた魔石を見ながら呟いた。


「どうじゃろうな。魔力を流し込んでみるとええ。蓋は開けずに、外側からな」

師匠に言われるがままに魔石に向かい魔力を流す。


「うわっ」、俺は思わず叫んで後ろに退く。魔力を流し込むと大きな魔石の塊が崩れ、大量の魔虫たちが容器の中を蠢き始めたのだ。残された魔石は小さな穴が開いており、まるで蜂の巣のようだ。


「気味が悪かろう……普段はこのように魔石を溶かして巣を作り、擬態しておる。魔力を感じると次の宿主に寄生するために動きだすのじゃ」


「何を食べているのですか? 魔石もしくは魔力でしょうか」

巣に戻り元のように魔石に擬態する様を見ながら質問する。


「……両方のようじゃ。宿主が生きている間は魔石から魔力を吸い、死んだら魔石を溶かして吸収しておる。こいつの面白い特徴は、背中にある魔石の魔力波長が寄生している魔石の減衰波長に変化するんじゃ」


 師匠は真剣な眼差しをして俺を見つめた。

「先ほどの魔道具で、あれ程の数の魔石を如何に集めたのか謎じゃった。しかし、この魔虫の特性に気づいたとき、それが解決したのじゃ」


「魔虫に、魔人の魔石を喰わせ、減衰波長を持つ魔石を生成させていたという訳ですね。ただ、これがガルミット王国内の勢力とどう繋がるのでしょうか?」


「次に見せるのが、両者を結びつける鍵じゃ。ついて来るが良い」

師匠はさらに別の部屋へと俺を案内する。


◇ ◇ ◇ ◇


 低温に保たれた部屋へと案内された。師匠に渡された防寒着を着ているが、それでも寒い……吐いた息が白くなる。


 部屋の中央には、氷結の巨人フロスト・ジャイアントが横たわる。


「魔石の盗難被害から免れた唯一の個体ですね……これがどうしました?」

俺は長台に乗せられた巨人に近づき、青白い死体を見ながら師匠に問う。


「まあ、見ておれ。何か摘まむものを寄越せ」

彼女は助手から道具を受け取り、開胸され、露わになった魔石の端を摘まむ。


 少し力を入れると摘まんだ箇所の魔石が取り外され、魔虫の死骸が現れる。師匠は手慣れたように十数匹の死骸を抜き取る。魔虫を抜き取られた巨人の魔石は蜂の巣状の姿を見せた。


「魔虫の調査の過程である仮説を立てた。そして、巨人の魔石を調べてみたら予想通り、魔虫に寄生されていたのじゃ。その仮説が何かわかるか?」


「いえ、わかりません……さっぱりです」

俺はしばらく考えたが何も思いつかない。


「助手の調査により、寄生された個体は魔虫に操られているような不自然な動きをすること、魔虫は魔獣調教師モンスター・テイマーの命令に従う素振りをすることが判明したのじゃ。目下、調査中で結論を出すには早いが、わしは仮説を立て、立証を試みた。ここまで話せば、わかるじゃろう?」


「……ガルミット王国の魔獣調教師は、魔虫を媒体に魔人を使役している……」

「その通りじゃ。そして、この巨人には所有者と識別番号が刻まれておる」

師匠は巨人の肩を擦り、霜を落とす。


「‟ヨーク、21-13-0253”……五大貴族のヨーク伯爵家か……魔族の連邦国と接し、魔獣の素材や魔人の奴隷の取引が盛んだと商人見習いをしている時に聞いたことがあります。そういえば、捕虜の魔獣調教師がヨーク伯爵家から魔人の使役方法を教わったと話していました」


「魔人を捕獲する魔道具、魔人の使役、新種の魔虫……これらはすべてヨーク伯爵家が絡んでいるはずじゃ。巨人の魔石が盗まれたのは魔人を使役する方法が漏れることを恐れたからじゃろう。新種の魔虫の意図は分からぬが、感染場所を特定し、その原因を調べたほうがよさそうじゃ」


 ということは、ベロニカを操り我々を襲撃した一団はヨーク伯爵家の特殊部隊か。ヨーク伯爵家がグロスター伯爵家を支援していたと考えれば、すべて辻褄が合う。


「調査ありがとうございます。点が線につながりました。さすが、師匠ですね。新種の魔虫については、感染者から話を聞いて現地調査をおこないます」


「その際はわしの助手も同行させるとええ。わしほどではないが役に立つぞ」

師匠は機嫌良さそうに笑い声を上げた。

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