3.4.19 秋の花嫁(サーシャ)
――王国歴 301年 中夏 アニュゴンの街
カロルとエミリアが、騎士団員の論功行賞とドワルゴに寄生していた魔虫を届けるため、エクセバルト公国からアニュゴンの街へ帰還した時に遡る。
◇ ◇ ◇ ◇
カロルは街長、ミーシャそして
「なんだと……
街長は手を目頭に当てて悩み込む。
「これは彼の幼少期の教育に問題があったのでは?」
しばらくして、街長は隣に座る師匠に険しい顔を向ける。
「あそこの成長は常に確認しておったが、倫理観の教育が不十分じゃったかもしれぬな。しかし、わしが驚いたのはお前の反応じゃ。魔人、特にお主の種族には結婚の概念すら存在しないじゃろう? 随分、人族に感化されたのお」
師匠は顔をしわくちゃにしながらひゃっ、ひゃっと笑う。
「はぁ……それは顧問殿の倫理観に問題がありますね。それはともかく、我々には結婚の概念はありませんが、約束は人族以上に重んじられます。古の文献によると、魔人帝国においては、配下の魔族は臣従の証として族長の娘を魔王へ差し出したそうです。魔王は十二月をそれぞれの娘に割り当て、その月のみ契りを交わすことで、配下の不和を招かぬよう、配慮したと記述されています。娘へ結婚の約束をしながら、それを反故にし、他の種族の娘と契り、子供まで身籠らせたの残念なのです」
街長は悔しそうに声を荒げる。
「待ってよ、母様。私、サーシャから話を聞いていたの。あの子がアデルとか言う王族に囲われていた時に、魔が差したらしいわ。でも、最後は戦場で殺されかけていたところを助けてくれたそうよ。決して約束を反故になんてしていないわ」
ミーシャは目に涙を浮かべて訴える。
「僕も同じ意見です。サーシャさんを奪われた時、義兄さんは辛そうでした。それに……まるでキュトラさんは……いや、何でもないです」
カロルはミーシャの意見に賛同しながら言葉を濁す。
「約束が生きているなら、早々に二人を結婚させしまおう。ザエラを他の種族に奪われてなるものか」
「そうじゃな。人族においては第一夫人が最も立場が強い。それに今秋に子を孕めば白エルフの娘より先に子ができる。早ければ早いほど良いな」
街長と師匠は顔を見合わせて頷く。
「すぐに準備に取り掛かりましょう。人族も驚く素敵な結婚式にして見せるわ」
ミーシャは俄然やる気が出てきたようだ。
「義兄さんにはどう伝えましょうか?」
カロルは結婚式が突然決まりうろたえている。
「‟驚きの催し物”とでも伝えておいてやれ」
師匠はそう言うと豪快に笑い始めた。
――王国歴 301年 初秋 アニュゴンの街
球状の天井にはめ込まれた硝子の窓から差し込む光が、白磁の壁に反射し、室内を明るく輝かせる。中央前方には新郎と新婦が結婚の誓いを述べる祭壇があり、生命と繁栄を司る亜神の女神像が壁に彫刻されている。
「王都から建築家と彫刻家を呼んで建設した結婚式場だ。見事であろう」
街長は満足気にザエラに建物を案内する。
「そうですね……本日、ここで結婚式を挙げることが夢のようです」
俺は呆然と室内を見渡しながら呟く。
「では、控室にいる新婦に挨拶してくるといい。目が覚めるはずだ」
街長は俺を控室まで連れて行くと、扉を開き、室内へと案内する。
そこには純白を身に纏うサーシャが静かに佇んでいた。
◇ ◇ ◇ ◇
「……綺麗だ。サーシャ」
数か月振りに再開したサーシャは美しく輝いていた。
彼女は
俺は沈黙に耐え切れず、覚悟して懺悔をする。
「……キュトラが妊娠した。俺の子供だ。そのことで、シュバイツ伯爵が激怒して俺を地下牢に閉じ込めたんだ。馬鹿な奴だろう? それに、彼女以外にも関係を結んでいる。僕には君と結婚する資格はない」
街長にも既に話したが、軽くあしらわれた。だからこそ、直ぐに結婚すべきだと逆に説得された。俺が白エルフや他種族に取り込まれないように絆を深めたいのかもしれない。しかし、サーシャをそんな政治的なことに巻き込みたくはない。
彼女は俺の手を取ると両手で包みながら首を横に振る。
「この退屈な街が嫌いで出て行きたいと何時も感じていたわ。そんな私を貴方は街の外に出してくれた。それに、幼い頃からいつも隣には貴方がいたわ、もう、貴方がいない生活は考えられないの……これが愛なのね。私は愛した人の子を産みたいのよ」
「俺も君を愛してるさ。この数か月、君がいなくて寂しかった」
俺は彼女を真正面に見ながら答える。
「前にも話したけど、私は貴方を独り占めするつもりはないわ。秋を貴方と過ごせるだけでいいの。それ以外は大目に見るわ……私もキュトラが可愛くて大好きよ。さあ、そろそろ式場に行きましょう」
俺はサーシャと腕を組み、式場へと入場した。
◇ ◇ ◇ ◇
式場には両家の家族と、ジレンたち鬼人と
なお、俺とサーシャを先導してくれたのは、ミーシャの子供たちだ。
「…今日と言う素晴らしい日に……」
なぜか祭壇には師匠がいて、祭事を取り仕切る。
師匠から渡された結婚指輪をお互いの薬指にはめる。なぜか俺の指は三重のリングで幅が広く、それぞれに三個づつ合計九つの赤いダイヤがはめ込まれている。
俺は驚いて師匠を見ると薄ら笑いをしている。何か意図があるに違いない……後で問いただそうと俺は心に留める。
次にお互いの結婚を宣言すると赤いダイヤが光を放つ。参列者から驚きの声が上がる。おそらく、この指輪は契約の魔道具だ。結婚が成立したため発動したのだろう。
「さあ、最後は接吻じゃ」
師匠が嬉しそうに声を張り上げて叫ぶ。
俺はサーシャのベールを外す。すると彼女が抱き着き唇を合せ、舌をさし込んでくる……そうか、彼女は発情期だ……俺も負けじと抱きしめ、舌を絡ませながら数分間、接吻を続けた。
それが終わると参列者から大きな拍手が湧きあがり、結婚式は終了した。
――なお、ザエラとサーシャ以降、毎日のようにこの式場で結婚式が開かれたが、新郎、新婦が
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