3.4.21 ソニア公女の訪問

――王国歴 301年 晩秋 アニュゴンの街


「出迎えご苦労。これほど大きな街とは……驚きました」

エグゼバルト公国のソニア公女がアニュゴンの街へと到着した。


「遠いところをようこそおいでいただきました」

街長と街長代理ミーシャが緊張した面持ちで彼女を出迎える。


 彼女は、地下迷宮ダンジョンが適正に管理されているか監査するため、王国より派遣された。不浄な魂が地下迷宮から溢れ出ていないか、殺人などの犯罪が行われていないか、現地調査が行われる。


 先日は内務省の文官が街の視察に訪れた。彼女の訪問以降、王国からの訪問者は予定されていない。また、オルガ、ジレンと共に、キリルとイゴール、そして数名の巨碧人オルムスが、中立魔人の認定を受けるべく、知能検査と身体測定のため、王都へと出向いている。


 これらが無事に終われば、友好魔人が治める、安全かつ発展した自治区と判断され、自治領への昇格が認められるはずだ。シュナイト国王から晩餐会にて内定を得ているが、元老院に反対者がいるとも噂で聞いている。そのため、油断はできない。


「お供はそのお二人だけでしょうか? 地下迷宮を調査されると伺いましたが」

馬車から荷物を下ろす侍女を見ながら、街長は彼女に尋ねる。


「はい。地下迷宮の随行にはアルビオン大佐にお願いしたいと考えております」

「それは光栄でございます。ザエラ、ソニア公女様の護衛をお願いします」

街長は後ろに控える俺に声を掛ける。


「畏まりました」

俺は街長の指示に頷いて答える。


「アルビオン大佐、打合せをしたいので後ほど部屋までお越しください」

と言うと彼女は俺を見て微笑んだ。


「それでは部屋までご案内します」

街長とミーシャに案内され、彼女は迎賓館の中へと消えた。


「フッ、フシュー」

俺の背中に張り付いていたラピスが、息遣い荒く、暴れ出す。


 前回、エグゼバルト公国を訪問した際には、ラピスは行軍の疲れを癒すために厩舎で休んでいた。そのため、彼女に会うのはこれが初めてだ。


 アルケノイドと同種ではないが因縁がある、と彼女が話していたことを思い出した。もしかしたら、ラピスはそれに気づいて興奮しているのかもしれない。


――迎賓館 ソニア公女の部屋


「あんな辛気臭い所に毎日いると息が詰まる。今日は飲もうぞ」

ソニア公女に宿る魔人は機嫌良さそうにグラスに葡萄酒を注ぎ、飲み干す。


 髪色と瞳は赤色へと、身体は妖艶な体型へと姿を変えている。先ほどの清楚で華奢な姿のソニア公女の面影はない。


「ザエラ、お主もどうだ、飲め」

「自分はお酒に弱いので、ご遠慮しておきます」

「なんだと、私の酒が飲めないというのか? 私の報告書で何とでもなるのだぞっ」

「……では、少しだけいただきます」


 彼女は俺のグラスに勢いよく葡萄酒を注ぐ。彼女の試すような視線に耐え切れず、俺は一気に飲み干す。空いたグラスに再び葡萄酒が注がれた。


「ドワルゴ、お前も飲め」

「ははっ、副将軍と再び酒が飲めるとは感激でございやす」


 俺の隣に座るドワルゴは両手でグラスを前に出し、頭を下げる。彼女が注ぐ葡萄酒を嬉しそうに見つめる。


 魔虫の発生源を調べるため、ドワルゴに故郷について問い詰めたところ、魔族の連邦国出身であると白状した。しかも、彼女の部下だと言うのだ。突然の告白に疑いの目を向けたが、彼の説明は彼女から聞いた内容と一致していた。


「我らの将国内に魔虫の感染が広がり、治療法が見つからず途方に暮れていた。そんな時に、白エルフの種族病魔力循環不全を治療した人物がいると聞いてな。その人物なら治せるのではと、シュバイツ伯爵領内をドワルゴに探させていたのだ。さて、治療法は見つけたか?」

彼女は顔をお酒で赤らめながら俺に問い掛ける。


「治療法は貴方の部下ドワルゴがご存じです。それより、治療後の魔石の修復と予防対策を見つける必要がありますね……只今調査中ですが……何とかなる……」

呂律が回らない。飲みすぎたようだ。


「ふふ、それしきの量で酔うとは可愛い奴だ。こちらに来るが良い」

「……ご遠慮しておきます。さて、今日はこれで失礼し……」


 ふらつきながら立ち上がろうとする俺をドワルゴが支えて、彼女の隣に座らせる。


「ほら、今はあの時期でやすから……これもご接待でやんす」


 俺を座らせて耳元で囁く。そうか、アルケノイドと同じ発情期か。同種ではないと話していたが、共に蜘蛛の種族であれば納得がいく。


「綺麗な肌艶をしている。可愛いやつだ…どれ、どんな味がするかな」


 彼女は俺の首筋を唇を這わせて耳たぶを噛む。朦朧とした意識の中で快感が首筋に走る。……いけない、俺は新婚の身……しかも、秋はサーシャに捧げている。


「お許しください……それ以上は……」

「だめだ、お前は私のモノだ。そのためにこの世界に連れてきたのだからな」

そう言うと彼女は強引に唇を重ねてきた。


「バチンッ」、唇が重なる瞬間、衝撃音と共に彼女の顔を押し戻された。


 俺の結婚指輪からパチ、パチと音が聞こえる。


「その指輪……瑠璃の一族めが、まあ、良い……興が削がれた。ドワルゴ飲むぞ」

「はい、とことんお付き合いします」

意識が朦朧とする中、二人の笑い声が耳に響いた。


――翌日、地下迷宮 十階


 俺はソニア公女、ドワルゴを地下迷宮の十階へと案内した。ラピスは連れて来るのを止めた。昨日のように興奮して暴れると困るからだ。


 岩が削られてできた広い空間が広がり、前面の岩肌には神と魔人の絵が彫り込まれている。‟探求の女神”が魔物を育て導く様を描いたものらしい。


 ソニア公女は岩に刻まれた絵を見ながら感嘆の声をあげた。

「すばらしい……これが旧魔人帝国の祭儀の間か。人族に成れたが故に旧魔人帝国の神殿跡に来れるとは……皮肉なものだな」


 昨日の飲酒で二日酔いがすると説明して俺は祭壇へ腰を掛ける。ソニア公女とドワルゴが絵を見ながら熱心に話しているのを横目に俺は祈りを捧げる。


『久しぶりね、人族・神種ヒューマン・コノクサの族長さん』

俺の目の前には羽を生やした少女が現れた。


「我らが女神様、ご無沙汰しています。しばらく見ない間に成長しましたね」

『貴方の種族が繁栄している証拠よ。花が開くように自我が目覚めていくわ』


 彼女との出会いは俺が六歳の時に遡る。‟知識の女神”の眷族として、俺の種族に名を与えた精霊だ。彼女は徐々に成長し、俺の種族の女神として自我を持ち始めた。


『今日は何の用事かしら?』

「ある人物のスキルを消したいのですが…可能でしょうか?」


 転生者を保護していること、処刑から逃れるためその者に刻まれたスキルを消したいことを彼女に説明した。


『あなたが取得した‟精霊の加護”の段位であれば、造作もないことよ。私はまだ‟知識の女神”と繋がりがあるから、転生者をここに連れてくればできるわ』


 彼女の言葉を聞き、感謝の言葉を述べた。商人見習いの期間に、固有魔法の登録、‟知識の女神”の試練を行い、‟精霊の加護”の段位を上げたのが功を奏したようだ。過去には、このスキルを使うことで、軍隊の入隊年齢を満たすため、俺とオルガ、そしてカロルの年齢を五歳引き上げることに成功している。


『……次は私からお願い。今は‟知識の女神”の資源リソースを間借りして状態だから、これ以上の成長は望めないの。私たち独自の資源を確保して欲しいわ』


「我らが女神様からの初試練になりますね」

『ええ、そうよ。私が四番目の柱の女神になるための重要な試練だわ』


 俺は頷くと彼女から試練の内容について話を聞いた。

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