3.4.18 アニュゴンへの凱旋

――王国歴 301年 初秋 イストマル王国 王都


 今日はシャーロット公女が王都から離れる日。

 彼女は茜に騎乗したまま、後ろを振り返り白蘭離宮を見つめている。


「私は必ずここに戻るわ……」

そう呟いて前を見ると手を上げて出発を命じた。


◇ ◇ ◇ ◇


「我々はこれにて隊を離れ、アニュゴンの街へと帰還いたします」

俺が挨拶するとシャーロット公女は名残り惜しそうに茜の首に抱き付く。茜も彼女の気持ちが分かるのか、寂しそうな声をあげる。


「うむ、お主と過ごしたこの半年、充実していた。わらわの停止していた時計の針が高速に動き始めたようだ。故郷にて十分に休養し、引き続きの献身を期待する」

彼女は茜から離れ、俺と騎士団員に労いの声を掛ける。


《貴方たちと離れるのは寂しい。お忍びでそちらに行こうかしら》

《ぜひ、いらしてください。あと……キュトラのこと、よろしくお願いします》

《もちろんよ。昔の関係には戻れないけど、精一杯、彼女を支えるわ》


俺達は跪いて彼女にお辞儀をし、退席した。


◇ ◇ ◇ ◇


「半年間、任務ご苦労様。さあ、街に帰ろう」


 俺は騎士団の隊員を前に声を掛ける。

 嬉しくて思わず顔をほころばせながら。


「ようやく、夜勤から解放されるです。ララファがのんびりと故郷で過ごしていること思うと悔しくて……手が動かなくなるほど肩を揉ませるです」


 ララファが両手を上げて背伸びをしながら叫ぶ。

 その言葉を聞いて、皆が笑い出す。


「義兄さん、公女様の護衛は大丈夫なの? 王都のお屋敷に到着してからは襲撃者は見かけないけど、晩餐会の事件もあるし心配だな」

カロルは不安そうに俺に聞く。


「心配はあるが、シュバイツ騎士団の護衛がいるから大丈夫だよ」

俺は努めて明るく答える。


 カロルに話せないが当面襲われないという確証が俺にはある。黒猫ガリエスの配下に国内の暗殺組織について調査させたのだ。ちなみに、彼は王位戦定後に別の任務を与えたため、王都にいない。


 その結果、最上位の暗殺組織が壊滅していることが判明した。雇用主の情報はつかめないが、おそらくアデルだろう。つまり、俺たちは奴に雇われた彼らを全滅させたということだ。ということは、さらに上位の暗殺組織を探すのは困難なはずだ。


「ようやく兄者と模擬戦ができるわけだな。楽しみだ」

珍しくラクシャが俺に話しかける。


「ああ、街に到着するまで十分に時間がある。存分に斬りあおう」

彼に勝てる気がしないが……と内心思いながら俺は答えた。


俺たちは緊張から解放され、アニュゴンの街へと進み始めた。


◇ ◇ ◇ ◇


「兄やん、目的地はそろそろすか?」

ドワルゴが俺に近づき話しかけてきた。


「もうすぐだ……それで、あの娘はどうだ?」

「意識は戻り、流動食が食べれるまで回復しやした。まだ、起き上がれませんが」


 王都のスラム街で見つけた娘を荷台に乗せて運んでいる。体力が回復したら異世界と思われる都市の模型の作者かどうか確認するためだ。


「徐々にでも回復しているなら構わない。アイラが面倒を見ているのか?」

「はい、彼女が介抱していやす。牢屋の出来事が嘘みたいに優しい子でやんすね」


 あの事件の後、アイラは悪びれた様子も見せず、俺に接する。むしろ、こちらが気にして、彼女を避けているくらいだ。街に戻り、ジレンとシルバ……いや、ヴェルナに話を聞いてみよう。


「ところで、お前はあの娘を外来危険生物と呼んでいたな。どういう意味だ?」


「異世界の魂を宿す生物は異なる思想、知識の持ち主でやんす。それがこの世に広がると危険をもたらすと言われておりやす。各国により処遇は異なりやすが、この国では死刑……さらに、匿うだけで同罪でござんす」


「匿うだけでか……しかし、異世界の魂だとどうしたらわかるのだ?」


「よく知りやせんが、特別なスキルを所持しているそうでやんす」


 彼女をこのまま手元に置くのは危険だが……手放すのは惜しい。もしかしたら、あいつなら何とかできるかもしれない。駄目もとで試してみるか。


「兄やん、遠くに城壁と建物が見えやす。あれでやんすか?」

ドワルゴは前方を指さし、俺に尋ねる。


「ああ、あれがアニュゴンの街だ」

俺はそう叫ぶと、ラピスと共に走り出した。


――アニュゴンの街


 住民が道路の両脇に群がる中、俺たちは街の道路を進む。道路には花弁が降り注ぎ、花の甘い香りが辺りに漂う。彼らは俺たちに手を振りながら声をあげる。


 俺たちは雰囲気に圧倒されながらも、背筋を伸ばし、自信に満ちた表情で街の広場まで進む。広場の周辺には屋台が並び、まるでお祭りのようだ。出迎えてくれた街長へ挨拶をすませると、俺たちは早々に解散して家路へ急いだ。


◇ ◇ ◇ ◇


 俺とカロルが帰宅すると珍しく家族が集まり出迎えてくれた。俺たちは一人一人に挨拶すると手料理が並べられた食卓に座る。


「ザエラ、カロル、お帰りなさい。ささやかな手料理だけど一杯食べてね」

母は二人に労いの言葉を掛けると手料理を皿に分ける。


 俺は久しぶりの母の料理を黙々と食べながら、ふと違和感を感じる。

「オルガ、キリル、イゴール、お前たちは訓練に行かなくてもいいのか?」


 冬の休暇は三人とも闘技場に篭り、家で顔を合わせたことはない。そんな彼らが笑顔で同じ食卓を囲んでいる……なんだか気持ち悪い。


「ティアラもどうした? 診療所は休みなのか?」


 彼女も診療所に勤務している時間のはずだ。俺の問いに問題ないと微笑みながら短く返事をし、母親の手伝いをしている。


「驚いたでしょう。明日は特別な日だから家族全員でお祝いしているのよ。こんな風に皆で食事できる機会が少なくなるのは寂しいけれど」

母は穏やかな表情で不思議そうな顔をする俺に話しかける。


「明日は何があるの?」


アミュレット街長から話を聞いていないの? この街に結婚式場ができたの。そのお披露目も兼ねて盛大な結婚式が挙げられるのよ」


 そういえば、出立前に街長が結婚式場の建設について話していたな……俺はおぼろげに思い出した。


「ということは、うちの家族の誰かが結婚するの? まさか、オルガとジレン……」


「そんな訳ないだろ。母さん、ザエ兄は聞かされていないのか?」

オルガは全力で否定した後、困惑した表情で母に聞く。


「ザエラ、結婚するのは貴方よ。お相手は言うまでもないわよね? 彼女が何も話していないとは、呆れたわ」


「全く聞いてない。あっ、カロル、‟驚きの催し物”と言うのはまさか……」

俺は立ち上がりカロルを見つめた。彼は目を合せずに静かに頷く。

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