3.4.17 王都の休日

――王国歴 301年 初秋 イストマル王国 王都


 遺言書の事件の翌日、俺はシャーロット公女から謝罪を受けた。


「疲れていたのよ。取り乱して悪かったわ」

彼女は恥ずかしそうに早口で喋る。


「私は思わず、主従の誓いを忘れて道を踏み外そうになりました」

俺はわざとおどけた様に大げさに振る舞う。


「恥ずかしいからその話はやめて。でも、貴方とは特別な関係でありたという想いに偽りないわ。主従ではなくて対等な…何でも気兼ねなく話せる親友以上、恋人未満の関係かしら。私が強くあり続けるためには貴方が必要なのよ」

彼女は俺に抱き付き上目遣いにこちらを見つめる。


「正直、私は貴方を忠誠を誓うべき主人としか考えていませんでした。しかし、昨日、貴方の感情をぶつけられ、目が覚めました。俺たちはまだ若くて未熟だ。共に支え合いながら成長していきましょう」

 

「ええ、私と貴方で力を合わせてアデルを打倒しましょう」

俺たちはしばらく見つめ合い、そして、どちらともなく笑いだした。


◇ ◇ ◇ ◇


 シャーロット公女は、白蘭離宮を引き払い、シュバイツ伯爵に身を寄せることに決めた。引き渡しが迫る中、彼女はシュバイツ伯爵の家臣と調整を進めていた。


 そのため、俺は手持ち無沙汰となり、王都を散策する機会を得た。知り合いへの挨拶、魔道具屋巡り……やりたいことは沢山ある。


「兄やん、王都のことでしたら、わいにお任せください」

一人で気楽に行動したいが、突然、ドワルゴが王都に現れた。


 彼の存在を忘れていたが、王都で再会すると話していたことを思い出した。両手を揉みながら無理に作る笑顔がやはりむかつく。


「不要だ。俺は一人で行動したい。お前は行きたいところはないのか?」


「わいですか……それは、娼館でございます。王都の娼館はお値段は張りますが、美人揃いで技術テクニックが最高でやんす。兄やんは慣れていないかもしれませんが、わいがおりますのでご安心くだせえ」

ドワルゴは興奮して王都の娼館の良さを力説する。


「あいにく、娼館には興味がなくてな。これで俺の分まで遊ぶといい」

財布から札束を抜き出し、彼に渡すと眼の色が変わる。


「兄やん、すんません。では、遠慮なく使わせていただきます」

彼は札束を額に擦り付けるように頭を下げ、そそくさと走り出した。大方、俺を案内する体で、俺の奢りで遊ぶ腹積もりをしていたのだろう。


「……さてと、邪魔者はいなくなった。まずは知り合いに会いにいくか」

俺は背伸びをすると王都の石畳の道を歩き始めた。


――師匠の孫娘の邸宅


 師匠の孫娘が住む邸宅へ訪れた。実妹ティアラが、医師の養成学校に通うため、来年から王都に住む。その際に同居させてもらう予定だ。


「ザエラ君なの? 随分と背が伸びたわね、見間違えたわ」

眼鏡を掛けた丸顔の女性が俺を見て声を上げる。


 驚くのも無理はない。俺が六歳の頃に挨拶をして以来だ。彼女は、‟アニュゴンの魔獣祭”に合わせて、師匠に会いに街に来ていた。


「お久ぶりです。初めてお会いして九年ですが、そちらはお変わりありませんね」

目を丸くして驚く彼女に笑いながら声を掛ける。


 お世辞ではなく、本心からの言葉だ。初対面の頃と変わらない顔つきをしている。上級錬金術師シニア・アルケミストから最上級錬金術師プリンシパル・アルケミストへと昇格し、教授に昇進したと聞いたが、愛想の良い雰囲気は昔のままだ。


「さあ、お世辞はいいから。ティアラちゃんの部屋へ案内するわ」


 彼女の後ろに続いて屋敷の廊下を進む。絵画や壺などの調度品が適度に配置され、さわやかな香の匂いがする。さすが、貴族の邸宅というところだろうか。


 実妹が住む予定の部屋は南東の角部屋で、一人では広すぎる程の広さだ。俺が商人見習いとして街を留守にしている間、彼女は実妹を娘のように可愛がり、実妹も懐いていたと聞く。用意された部屋を見るだけで、彼女の実妹に対する愛情が伺える。


「すてきな部屋を用意していただき、ありがとうございます。実妹も喜びます」

礼を述べると彼女は嬉しそうに頷く。


 その後、応接室に案内され、大学の研究や王都の暮らしについて話を聞いた。王都は誰もが平等に暮らせる場所だが、魔人差別は少なからずあるようだ。彼女は少し心配そうな表情をしていた。


 同行者をつけようか……護衛ができる者がいいな、俺はそんなことを考えながら彼女と話を続けた。


――商会の頭取の部屋


「ザエ、久しぶりだな」

トッツさんは俺を見るなり、黒光りのする革椅子から立ち上がり、手を差し出す。


「こちらこそ、お久しぶりです」

差し出された手を握り返す。


 俺が商人見習いの時に彼の下で働いていた。自国だけでなく他国の都市を訪れ、その地方の地理や文化を学ぶことができた。俺と仲間がどんなへまをやろうとも、彼は怒ることはなく、いつも温和に接してくれた。そんな彼を俺は尊敬している。


「あちらの腕はどうですか?」

部屋の隅に置かれた楽器を指さして尋ねる。


「いや、忙しくて弾く機会が全然なくてな。腕も楽器も錆びてしまったよ。こちらの腕ばかりが上達する」

彼は笑いながら、片手で札束を数える仕草をする。


「やはり、小麦と葡萄酒は値上がりましたか?」


 俺の質問を聞くと、トッツさんは長机に腰かけて紅茶を飲みながら淡々と話す。


「ああ、値上がりしている。特に小麦がな。我が商会は君の連絡を受けて値上がり前に仕入れていたので大幅な利益が見込めそうだ。葡萄酒は小幅な値上がりだ。同業者は、数年後に希少価値プレミアが付くことを狙い、ハフトブルク辺境伯領の葡萄酒を手に入れようと奔走しているようだがね」


「小麦の値上がりが気になりますね。市民が不満が爆発しなければよいのですが」


 彼は紅茶の茶碗を回しながら考え込んだ後、顔を上げて俺に頷いた。

「……可能性はある。自由都市同盟の商人共も独自の情報網で小麦の値上がりを予期し、大量に買い占めたらしい。利益を追うあまり、流通を絞れば……危ういな」

 

 俺はトッツさんとしばらく話した後、お礼を言い退室した。


――魔道具屋


 王都には多くの魔道具屋が存在する。日用品、武器・防具、装飾品などの特定分野に特化した店舗が点在し、見ているだけで飽きない。商会が運営する大きな店舗より、街角に存在する小さな店舗が俺は好きだ。商品に個性があるからだ。


「うん、なんだこれは……」

俺は、路地にある小さな店舗に置かれた商品を見て驚いた。


 窓がたくさんある長方形の建物が並び、舗装された道路には三色の灯と車輪を持つ鉄の箱が連なる。また、建物の間を這うように石の道が広がり、鉄の箱が複数連なりぶら下がる。まるで、空想都市の模型のようだ。


「お兄さんお目が高いね。その魔石に魔力を流してごらん」

店員の老婆の言われるがままに、模型に取り付けられた魔石に魔力を流す。


 すると窓からは光が溢れ、三色の灯は点灯し、車輪を持つ鉄の箱が動き始めた。さらに、石の道にぶら下がる鉄の箱が建物の間を行き来する。


「これは…すばらしい」

思わず声を上げた。


 この模型には街設計、魔力伝達経路、魔力動力変換、魔力魔法変換……まだ、あるかもしれない。とにかく、高度な技術がこの模型に詰め込まれているのだ。さらに、何故か懐かしさを感じる……ビル、信号、自動車、モノレール……頭の中で聞いたことのない名前が溢れ出す。


「なあ、値段は二倍払うから、これの作者を紹介してくれ」

俺の必死の形相に驚きながらも、老婆は首を横に振り、指を三本立てる。


 俺から三倍の代金を受け取ると老婆は抜けた歯を見せて大声で笑う。

「作者など知るものか。この先の貧民街スラムで見つけたのさ」


 彼女の笑い声を背にし、俺は貧民街へと走り出した。


◇ ◇ ◇ ◇


「あれ、兄やん、どうされたんすか?」

突然、ドワルゴが現れた。この近くにお気に入りの娼婦がいる娼館があり、俺の金でひと暴れした帰り道とのことだ。


 俺が事情を説明すると、彼は額の魔石をその模型に当てる。珍しく真剣な表情で、しばらく、その姿勢を保つ。彼の魔力の波動が広がるのを感じる。


「こちらでやんす、兄やん」

彼が走り出したので俺は後についていく。いくつもの角を曲がり彼は立ち止まる。


 屋根は崩れ落ち、扉が半分欠けた家から消え入るような鼻歌が聞こえた来た。魔人語でも人族語でもない言葉……だが、俺には聞き覚えがある。


 意を決して中にはいると一人の痩せこけた女性がベットの上で倒れていた。


「外来危険生物か……」

俺の背後にいるドワルゴがぼそりと呟いた。

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