3.4.13 晩餐会と世間話
――王国歴 301年 初秋 イストマル王国 王城
戴冠式の後、宮殿にて自他国の要人を招いた晩餐会が開かれた。最初に
カロルとの剣術訓練の後、昼食を済ませ、少し昼寝をした。そして、湯浴みをして正装し、宮殿にてシャーロット公女と合流した。
まずは食事だ。百メルクはある長机が五列並べられ、正装した人々が列をなして座る。長机は白地に朱色で炎の模様が刺繍された布が敷かれ、中央には色鮮やかな花束が等間隔に並ぶ。
王国の紋様に彩られた朱色の陶磁器が列をなして配膳される様は圧巻だ。誰一人として喋るものはおらず、次々と出される食事を音を立てずに口に運ぶ。
俺とシャーロット公女は並んで座り、念話で会話する。
《あなた落ち着いているわね。食事の
《自治区にある冒険者ギルドのギルド長に教えてもらいました。また、商人見習いのときに上司の付き添いで貴族の食事会に参加したこともあります。隠し子ではありませんが、こう見えて教養はあるのですよ》
《でも、あなたは『貴族の家庭教師から手ほどきを受けた』と言ってたわよね?》
《ギルド長が貴族の出身なので、先日は見栄を張りました》
《ふふっ、見栄を張るだなんて、貴方にも可愛らしいところがあるのね》
彼女の言葉に思わずスープが気管に入る。咳き込まないよう、必死に耐える。
《それはそうと、様々な衣装を来た方が招待されていますね》
《他国からの招待客よ……そういえば、
敵国の王子が参加するのは、エリス王女から聞いていた。俺の魔人部隊から身を守るために彼女に護衛を頼んだそうだ。魔獣調教師部隊の隊長を捕まえた俺は目をつけられたらしい。
《この後の舞踏会が心配ですね。アデルとエンブライム将爵家が参加したら戦役の続きが始まりそうです。それはそれで見ものですが》
《私も興味はあるけど……いや、不謹慎だわ。帯刀は許されないし、魔法の発動は禁じられているから、精々睨み合い程度よ。そもそも、彼らは戴冠式には参加していないわ。晩餐会も来ないはずよ》
《失礼しました。さて、周りの人が立ち上がり始めましたね。行きましょうか》
彼女と俺は立ち上がり、大広間へと移動する人々の列に続いた。
◇ ◇ ◇ ◇
大広間は中央を囲むように円卓が並べられ、参加者は好みの酒を手に取り、談笑している。その中を給仕人が銀皿に軽食と飲み物を乗せ、軽快に動き回る。
シュナイト新国王は最初に他国の要人と挨拶を交わした。続いて、国内の要人が彼の元に伺う。シャーロット公女に付き添い彼に近づくと、ナレータ公女とエイムス中将が新国王と話している。ラクシャは数歩離れて控えている。
彼らが頭を下げて離れると新国王はこちらに向かい声を掛ける。
「シャーロット公女、アルビオン大佐、よくぞ来られた」
「御即位、誠におめでとうございます。本来なら
「今後ともよろしく頼む。アデル公は戦役以降、公に姿を見せないのが心配だが……仕方あるまい。そなたが貴家の次期当主として活躍されることを期待している」
「ありがとうございます。次期当主は
旧国王の死亡はまだ公表されていない……しかし、新国王が即位したため、まもなく病死として公表されるだろう。男であり、長子であるアデルが次期当主となるのが慣習だが、敵の捕虜とされ、評判はすこぶる悪い。新国王が後ろ盾となれば、彼女が次期当主になる可能性は十分ある。
シャーロット公女との話が終わると、彼は俺に向かい嬉しそうに声を掛ける。
「貴殿の故郷の自治領昇格は近々承認される。兵役規模は昇格後三年で満たせば良いこととした。辺境の自治区を王国に取り込み、魔人や亜人の生活基盤強化による治安改善、税収増加による財政再建を成し遂げたい。今回が最初の事案だ。
「畏まりました。私と故郷にいる仲間達で必ず成功に導きます」
俺は丁寧に礼を述べながら、心の中で『よしっ』と叫んだ。三年という猶予期間があれば、シュバルツ騎士団の移籍者に頼らなくとも自前で兵役規模を満たせるかもしれない。彼らが素直に移住するとは考えづらく、悩んでいたところだ。
彼は満足そうに頷くと俺に近寄り小声で問い掛ける。
「ところで貴殿の妹君はどうされている?」
「ティアラは故郷に戻り診察所の手伝いをしております……どうかされましたか?」
突然、妹のことを聞かれ、思わず問い掛ける。
「戦役で見かけたときに随分と疲れた表情をしており、心配していたのだ」
「気に掛けていただき、妹も喜ぶと思います。街に戻るとすぐに元気を取り戻し、診療所を手伝いながら、来春の養成学校入学に向けて勉強していると聞いています」
「それならば安心だ。受験する学校は決まっているのか?」
「伝手がありまして王都にある学校にするそうです。学校名までは知りませんが」
彼は再び満足そうに頷くと距離を取り、咳ばらいをした。
妹のことがまだ記憶にあるとは……まあ、政務が忙しくなれば直ぐに忘れるだろう。すぐに婚姻されるだろうし。俺は彼の後ろに控える大柄な女性——アルティナ中将(昇進)に目を遣る。
「それでは私共はこれにて下がらせていただきます」
シャーロット公女の言葉で我に返り、彼女と共に頭を下げる。
「いかん、忘れるところであった。ガルミット王国のフランソワ王子がお二人に面会したいそうだ。秘書官に案内させるのでよろしく頼む」
「畏まりました」、俺たちは再び頭を下げてその場から離れた。そして、案内役の秘書官に連れられてフランソワ王子の元へと歩を進める。
《アデルは来ていませんね》
《ええ、予想通りね……ところで新国王にかなり気に入られているわね。主賓の私が貴方との会話に待たされるなんて。二人でひそひそと何を話していたの?》
《他愛もない世間話でございます》
《国王と世間話をする大佐なんてこの国で見たことがないわ。貴方と私は運命共同体なのよ、隠し事はやめてよ……》
「フランソワ王子はあちらになります。私はこれで失礼します」
秘書官の言葉で念話を中断し、彼の手が示した三名の人物に目を遣る。
「エリス……君も出席していたのか」
俺は思わず呟いた。
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