3.4.12 戴冠式

――王国歴 301年 初秋 イストマル王国 王城


 玉座の間において第十二代国王の戴冠式が行われた。旧国王の代理であるアデル第一王子は姿を現さず、シャーロット第一王女が王家の名代として参加した。

 

 戴冠式が終わるとシュナイト公が国王となり、ハイドレンジ王家が誕生した。リューネブルク旧王家は公爵家となる。王家と公爵家が交代するのは過去の歴史においても異例での出来事であり、現場は得体の知れない緊張感に包まれていた。


 しかし、王城の広間に駆け付けた多くの市民たちは、そのようなことは梅雨知らず、若き国王の誕生を無邪気に喜んでいた。


◇ ◇ ◇ ◇


 王城で戴冠式が行われている頃、ザエラは白蘭離宮で待機していた。警備はフィーナ隊に任せて、アニュゴンの街から帰還したカロルから報告を受けていた。


「師匠に魔虫を渡しました。初めて見たそうです」

「そうか、体内に寄生して魔石を喰う魔虫など聞いたことがないからな」


 カロルは念のため診療所で働くティアラとソフィアから話を聞いた。同じ症状の患者はいないそうだ。しかし、感染経路が不明なだけに不安は尽きない……が、師匠による分析結果を待つとしよう。


「あと、サーシャさんから戦利品が盗難されたという報告がありました」


「盗賊に敵兵から鹵獲した防具が盗まれたのか? うちの騎士団が盗難にあうとは想像できないな……あるとしたら、シルバが警備をさぼるぐらいか」


「盗まれたのは氷結の巨人フロスト・ジャイアントの魔石です。街の倉庫に冷凍保存していた死体から魔石だけがくり抜かれていたそうです」


「妙だな……魔石は高値が付くとはいえ、くり抜くのは手間だろう。すべて盗まれたのか? だとしたら、かなりの手練れだな」


「倉庫に保管されていた死体はすべて被害に合いました。ただし、師匠が研究室に持ち込んでいた状態の良い個体は盗難を免れています」


 魔人が使役できる理由を知るため、師匠に巨人の調査を依頼していた。そのため研究室に保管していたのだろう。他の金品は盗まれていないのであれば、金銭目的ではなさそうだ。魔虫への対応策と魔石の調査か……街に帰任しても忙しそうだ。


「まあ、起きたことは仕方ない。そういえば、論功行賞の通知、皆の反応は?」


「皆さん喜んでいました。シルバさんはラクシャさんに抜かれて悔しそうでしたが。まだ戸籍がない団員は残念ながら対象外ですが……戦功を上げれば昇進し、給与を得ることが分かったので、今後の励みになると思います」


「戸籍のない団員については騎士団から報奨金を出してやろう。あと、ラクシャはレナータ公女の守護騎士として活躍したから、シルバが抜かされるのは仕方ない」


 シルバの悔しそうな様子を想像して俺は思わず笑い声を出した。


 新たに戸籍を取得した団員がいるので街は昇進祝いで沸いているだろう。また、シャーロット公女からの資金援助も正式に始まる。ようやく、慢性的な資金不足から解放されそうだ。あとは、自治領が認められさえすれば、完璧なのだが。


「そういえば、ラクシャさんが見当たりませんね」

「あいつならレナータ公女に呼ばれて出かけた。晩餐会にも出席するらしい」


 出かける前にラクシャと話をした。レナータ公女の婚約者フィアンセであるエイムス中将(昇進)から晩餐会に注意するよう聞かされたそうだ。姿を見せないアデルの存在、さらに、エリス王女から聞いた敵国の王子の参加……何が起きてもおかしくない。


《シュバイツ伯爵家の皆様は戴冠式にご参加ですか?》


《ああ、俺が晩餐会に参加するのが気に食わなくて、戴冠式の付き添いから外されたよ。彼女は実家の面子を立てるのも大変だと嘆いていたがな。……外にいるな》


《はい……先ほどから》


「そうですか。話は変わりますが、街長から言伝です。義兄さんのために慰労会を準備しているそうです。驚きの催し物があるので楽しみにしておいてとのことです」


「今から驚く準備をしておこう。さて、久しぶりに剣の訓練を一緒にするか」

「はい、お願いします」


 俺たちは目を合わせて頷くと立ち上がり、部屋の扉を開けた。


《逃げたな…シュバイツ伯爵家の手の者だろうか》

《私の影隠密シャドウストーカーで追いましょうか?》

《不要だ。敵意は感じられないし、軽い偵察だろう》


――アデル居城


「貴様の暗殺団は、病み上がりの女一人殺せぬ無能共の集まりか!」

アデルは跪いた男性を見下ろしながら怒鳴りつける。


 男性は黒装束を身に纏い、微動だにしない。彼の怒鳴り声が部屋に響き、空気の振動により黒地の裾が微かに揺れる。


 王位選定の戦役が終了し、しばらくするとナイトレイド騎士団が彼の元から離れた。彼らは王家に仕える暗殺集団だ。王位選定から脱落した彼に仕える義理はない。


 アデルは孤独になり憎みで心を満たす日々が続く。敵国のフランソワ王子、義妹のシャーロット、そして、義妹に加担し、俺の邪魔をしたアルビオン大佐……指を折りながら彼らの名を呟く。まるで呪詛のようだ。


 彼は裏の伝手を使い暗殺者組織を雇い、ナイトレイド騎士団の後釜として義妹の暗殺を継続した。しかし、望みは叶わず、彼女は王都に到着し、まるでリューネブルク家の後継者のように活動していると聞く。


「しかし、貴様らのような無能共でも次は必ず成功するだろう。戴冠式後の晩餐会を襲撃するのだからな。奴らが酒に酔い、雑談に興じているところを確実に仕留めろ。都合が良いことに帯刀が禁止されているため無防備だ」


 アデルは興奮気味に話すが黒装束の男は表情を崩さない。


「詳細は別途伝える。人員を選抜しておけっ」

 その男は彼の命令に頷くと一瞬にして姿を消した。


「どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって」

アデルは爪を噛みながら忌々しそうに呟いた。

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