3.4.11 微睡(シャーロット)
――王国歴 301年 晩夏 イストマル王国 白蘭離宮
「ザエラ遅いわね……午後に来るように伝えたのに」
シャーロット王女は執務机に向かい、紅茶を飲みながら呟いた。
連日にように会談が続き、身体が重い。両腕を上げて欠伸をして首を回す。
次期国王にはハイドレンジ公爵家シュナイト公が選定された。ナレータ公女陣営が早々に妥協案を提示し、シュナイト公陣営がそれを受け入れたため、票を巡る駆け引きは行われることなく、粛々と選挙は進んだ。
「今のところ予想通りね……オズワルト兄様の慧眼は見事だわ」
ザエラを陣営に取り込み、獲得した戦功を分譲することでアデルを蹴落とし、次期国王へ借りを作る――兄様の描いた絵が現実のものとなる。
叔父を元老院へ入閣させること、当家の次期当主として私を支援すること―――そして、この白蘭離宮を当家の所有として認めること、これらをシュナイト公との会談で改めて合意した。
白蘭離宮は
だから、王城と後宮は新王家へ移管されるが、この離宮は当家に残したいと強く要望した。遺産相続はこれからだが、アデルにこの離宮は奪われたくない。
戦役以降、アデルと会話はしていない。面会を申し出たが断られた。彼は捕虜となる不名誉を恥じてか、自陣の支援者意外と会わないそうだ。絶え間ない暗殺者の襲撃を考えると私への恨みは相当なはずだ。しかし、恨みなら私も負けない……必ず後悔させてやるわ……絶対に……。
私は復讐を心に誓いながら微睡始めた。
◇ ◇ ◇ ◇
「トントン」
扉の音で目を覚ました。どれくらい寝ていたのかしら……目頭を指で押さえた後、無意識に紅茶を口に含むと冷たく苦い味がする。
「ザエラ、遅いわよ。早く入りなさい!」
「リオヘルム中将とライトメル少将が面会に来られました」
申し訳なさそうに話す侍女の声が聞こえる。
手鏡で髪を整えると二人を招き入れた。
二人は私の前に立つと神妙な面持ちで名乗りを上げる
右側の神経質そうな男がドウェイン・フォン・リオヘルム、左側の大人しそうな男がガイウス・フォン・ライトメル、共にシュナイト公陣営の側近だ。此度の戦役で昇級し、次期騎士団長の座を得たと耳にしていた。
「この度、新騎士団を立ち上げましたのでご報告に参りました。リオヘルム将爵家はエンブリオ騎士団から離脱し、リオヘルム騎士団を組織しました。また、こちらのガイウスがライトメル騎士団から独立し、リオン騎士団を組織しました」
「それは喜ばしいことであるな。新国王に即位されるシュナイト様を共にお支えしていこうぞ。わらわの配下の騎士団も最大限協力させていただく」
エンブリオ騎士団とライトメル騎士団は分裂か……アデルの勢力が減るのは嬉しいけど、ライトメル騎士団が完全に離れないのは残念だわ。
「我らはリューネブルク家の次期当主としてシャーロット様をご支援するようにシュナイト様よりご指示を受けております。貴下騎士団と平時における軍編制、有事における組織連携について強化させていただきたくお願いいたします」
「シュナイト様のご配慮に感謝いたします。わらわの配下にあるシュバイツ騎士団、アルビオン騎士団は小規模のため、そなたたちのような大規模な騎士団からの援助は大変有難い」
次期王家の干渉は極力避けたいけど……アデルに勝つには六大騎士団……分裂したから八大騎士団か……の援助は受け入れざる負えないわね。
「詳細は後日ご相談するにして、本日、騎士団長とご挨拶できますか?」
「アルビオン騎士団長は本日まで休暇で不在でな……シュバイツ騎士団長であれば紹介できるがいかがであろうか?」
「そうですか……それには及びません。日を改めてご挨拶に伺います」
リオヘルム中将の返事を聞き、安堵した。自尊心だけがやたら高くて顔だけが良い騎士団長に会わせて、彼らの機嫌を損ねると大変だ。私ですら彼の横柄な態度に辟易しているのだから……はぁ、先が思いやられる。
その後、差し障りのない世間話をした後、彼らは退出した。
◇ ◇ ◇ ◇
目の前に二人の男女の姿がぼんやりと見える。男性が私を指さしながら女性に怒鳴り散らしている。次第に輪郭が浮かび上がる……白壁に美しい装飾で彩られた部屋、二人は若かりし日のお父様とお母様。私は二人を見上げている……思い出した、私の背中に魔術紋様が確認された翌日の出来事だ。
お父様がいるだけで何故か嬉しくて、いつものように撫でてもらおうと駆け寄り腕を手に取る。すると、彼は私の手を振り払い睨みつけた。憎しみを込めた目……そうだ、このとき、私は生まれて初めて、しかも父親から憎しみをぶつけられたのだ。
頭の中は混乱し、部屋を飛び出し叫んだ。そして、怖くて悲しくて泣き続けた。
「……シャー…ト様、シャーロット様、起きてください」
身体を揺らされて目を覚ますと目の前にザエラがいた。窓から差し込む夕焼けの光を受けて彼が普段通り佇んでいる。
夢か……良かった。こぼれる涙を震える手で拭い、安堵のあまり彼に抱き付く。
◇ ◇ ◇ ◇
気分が落ち着き腕を離すと、彼は何事もなかったかのように挨拶をする。
「遅くなり申し訳ございませんでした。只今戻りました」
「本当にもう、貴方を待ちながら二回も昼寝してしまったわ」
自分が感じる以上に疲れているのかもしれない。泣きながら抱き付くなんて、彼は内心あきれているかしら。
「嫌な夢を見ていたの……私の頼りない姿を見て……後悔している?」
「そんなことはありません。シャーロット様はこの数か月で大変成長なされました。頼もしく感じながらも、遠い存在になりそうで不安に思うことがあります。ですので、内心ほっとしております」
彼は微笑みながら私を見つめて話す。
「ふふ、あなたが傍らにいると安心するわ。私が遠く離れるようなことがあれば、引き寄せるか、付いてきてね。部下ではなく、親友として、遠慮はしないで」
「はい、畏まりました」
親友に畏まる必要はないわよ。彼の言葉を聞きながら心の中で呟く。彼との縮まらない距離をもどかしく感じていた。
「ところで香水の匂いが強いわ……女遊びはほどほどにしなさいよ」
「い、いえ、女遊びではありません。休日返上でダンスの練習をしていました」
彼は驚いた様子で慌てて否定する……図星のようだ。それにしても嗅いだことのない香水ね。どんな女性と逢引きしていたのかしら。
「そう、準備に余念がないわね。期待しているわ」
と言いながら、彼の外套に絡まる長い金髪を摘み上げ、床へ払い落した。
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