3.4.14 初対面
――王国歴 301年 初秋 イストマル王国 王城
ガルミット王国の使節団は新国王との謁見を終え、国賓向けに用意された豪華な円卓を囲い、談笑していた。
「謁見が無事に終わり一安心ですな。しかし、新国王は若様よりも年下とは……政治における才覚は聞いて取れましたが、若さゆえの危うさも持ち合わせていますな」
「ああ、理想に捕らわれている感じがしたな。国内感情を考慮すれば、先刻まで戦争をしていた我々を招待などしまい……彼の後ろ盾の気苦労が思いやられる」
使節団の文官達は、ひそひそ囁きながら、時々笑い声を上げる。
「僕は彼に期待しているね。昔の話に捕らわれて戦争を続けるなど愚かな行為だ。内政を重視し、国力を蓄え、新たな脅威へ対処すべきだ」
「た、確かにその通りでございます。我が国は北伐が最優先です。若様と新国王は同世代、新たな関係を築く好機かと思われます」
フランソワ王子の突然の割り込みに、彼らは一瞬うろたえながらも言葉を繋ぐ。彼は頷くと目線を移し、片隅で佇む青色のドレスの女性に歩み寄りながら声を掛ける。
「エリスのドレス姿を見るのは何年ぶりだろうか。軍服を着た君とは雰囲気が変わるね。端麗さだけでなく気品まで漂う……社交場を毛嫌いしてきた君が晩餐会に出席すると聞いたときは驚いたが、どういう風の吹き回しだい?」
「いえ、兄上をお守するのが私の役目でございます。好き嫌いで公務を選ぶことは騎士として許されません」
「そんな堅苦しい奴はハヤテだけで十分だ。とはいえ、ザキムを拉致し辱めたアルビオン大佐との面会がこの後控えている。目的のためには手段を選ばない奴だ。公の場で襲われたらどうしよう……エリス頼んだよ」
彼は両手を交差して肩に手を置き、おどけた様子を見せる。
「彼はそのような人物ではないわ……と思いますが、十分に注意いたします」
エリス王女は強い口調で否定し、途中で訂正する。彼の背後に控えるハヤテが無言でその様子を見ていた。
「噂をすれば、なんとやらだ。彼が来たぞ」
三人はこちらに歩み寄るシャーロット公女とアルビオン大佐に視線を移した。
◇ ◇ ◇ ◇
フランソワ王子とシャーロット公女が挨拶を始めた。彼の横、俺の前にはエリスがいる。晩餐会には出ないと聞いていたがどういう心境の変化だ……それにしても、ドレスで正装した彼女は、逢瀬のときとは別人のようだ。女とは不思議な生き物だな。
「貴方がミハエラ中将率いる西方軍を撃破したと聞きました。これほどお若くて美しい方とは思いませんでした。新国王といい、貴国では若くて優秀な王族が多くて羨ましい限りでございます」
「そちらこそ、炎の渦の中を軍を率いて突破した武勇、我が軍で知らぬ者はおりません。わたくしなど貴方に遠く及びません。こちらのアルビオン大佐に頼るばかりでございました」
彼は俺を見ると驚いたように目を大きくして手をこちらに差し出す。俺は反射的に彼の手を握り、固く握手を交わす。
「貴殿のことは忘れもしない。ザキムが君を魔獣の餌にしたいと恨んでいた……安心し給え、彼女は同行していないよ」
「彼女のような優秀な
「僕に感謝をしてくれるのかい? ははは」
俺の言葉を聞くと彼は嬉しそうに笑い始めた。使節団の文官達が驚いたように一様にこちらを見つめる。
「貴殿は面白い方だ……あっと、紹介が遅れたが、こちらは僕の妹のエリス。彼女は
彼女は隣の兄を冷たく一瞥すると俺へ挨拶をする。
「エリス・フォン・シュナイゼンと申します。兄上の戯言は聞き捨てください」
「ザエラ・アルビオン、階級は大佐でございます」
彼女がお辞儀をするといつもの香水の匂いがする。
「…………」
何を話してよいかわからない……彼女も同じだろう。逢瀬を重ねた俺たちがいまさら初対面の距離感を出すことなど不可能だ。
「素敵な香りがしますわ。どのような香水を使われているのですか?」
「我が王家御用達の香水でございます。詳しくは存じませんが、我が国にのみ生息する青い薔薇から抽出してると聞いています」
「貴国の王族のみが使われる香水でございますか……」
シャーロット公女がエリスに話しかける。俺とエリスの間に流れる沈黙を打ち破ろうと気を利かせたと思いたいが、なぜか彼女はエリスの髪の毛を見つめたまま、続きを話そうとしない。
《シャーロット様、どうしました? そろそろお暇しましょう》
俺の念話にシャーロット公女は我に返ると笑顔で二人に声を掛ける。
「本日はフランソワ王子、エリス王女とご挨拶できて大変光栄でございました。他にご要件がなければ、今宵はこれで失礼いたします」
「ご相談したい件が一つあるのだが、実は……」
フランソワ王子が何かを話そうとした瞬間、エリスが後ろを指さし叫んだ。
「アルビオン大佐、後ろ!」
《兄者、後から襲撃者だ》
同時にラクシャから念話が来る。
振り返ると我々に襲い掛かる複数の給仕人が目に映る。
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