3.4.7 結魂の儀

――王国歴 301年 中夏 エクセバルト公国 シュレイム大聖堂


 エクセバルト公国に到着すると、王女と俺は大聖堂の来賓室へと案内された。そして、執事は俺のみ呼び出すと大聖堂の地下へと導く。薄暗く湿気が纏わりつく中を執事の後ろについて歩いた。二人の足音が石畳みの通路に響く。


 地下室に通されると、ベットに横たる女性が目を見開いて呻き声をあげていた。


「エクセバルト家の第一公女、ソニア様でございます」

「……この方が戦場における催事を行われたのですか?」

「左様でございます。あの頃は辛うじて正気を保たれておりました」


 目の前の女性に静かに見つめる。細い腕がさらに細くなり、顔に精気はない。何かを押しとどめようと必死にもがいているように見える。


「はぁ、はぁ、アルビオン大佐殿、この度は急な申し出を受けていただきありがとうございます……私から事情をご説明します」


 執事は頭を下げると退出した。主人が苦しんでいるというのに表情一つ変えないとは……躾が行き届いていると考えておこう。


「……王家から墓守を代々続けている我が一族は混魂魔法という魂に作用する血族魔法を受け継いでいます。八歳になると時空魔法と組み合わせて別世界の魂を召喚し、自らの魂と同化さます。結魂の儀と呼んでいます……はぁ、ぜぇ」


 慰霊祭で感じた魔力波長はやはり混魂魔法か――俺の父親がエクセバルト家の血筋である可能性は高いようだ。しかし、このような秘儀を口外するとは……彼女は何を考えているのだろう。


 彼女は息を整えながら話を続ける。

「しかし、何故かわたくしの取り込んだ魂は、別世界ではなく魔人のそれでございました。そのため、激しく反発し合い、吸収どころか抑え込むの精一杯で……うぅ」


 上半身を起こそうとする彼女を支える。すると、俺の手を強く握り占める。


「催事において大佐殿の流れる魔力に気づきました。貴方は私と同じ混魂魔法の持ち主ですね……私が魔人の魂を一体化させるまでその魔力を与えていただけないでしょうか?」


「……わかりました。今から初めてよろしいでしょうか?」


 彼女は頷くと両手を差し出してきた。俺はそれを握ると混魂魔法の魔術紋様を循環させた魔力を流し込む。すると、彼女の魔術紋様が輝き始めた……


◇ ◇ ◇ ◇


「さて、魂は吸収され一体化した。ご苦労だな、アルビオン大佐——いや、十数年振りの再会か……異世界の魂よ。この全身の毛が逆立つ魔力……忘れはしない」

ソニア公女の声質が変わる。そして、髪色と瞳が赤色へと変り妖艶な表情を作る。

 

「なんのことだ……うぅ」


 彼女の言葉を聞くと頭が割れるように痛む。子供の叫び声、水路へと飛び込む音、水中の冷たさと強い流れに感じた恐怖、子供を岸に上げた後、必死につかんだ水路脇の雑草の緑色、雑草の千切れる音と水中から見上げた水面の揺らぎ……かつて夢に見た光景が生々しく再生される。


「まあ、覚えてはおらぬか。時空干渉波で離ればなれになり、気づくとこの娘に取り込まれていた。自分の身体には戻れず、この娘の魂に干渉される日々は辛かったぞ」


「貴方はソニア公女ではないのか?」

頭痛を顔を歪めながら目の前にいる得体の知れない女性に問いかける。


「ふふふ、先ほどは迫真の演技をしたまでよ。お前はソニアという女性ではなく、取り込まれた魔人の手助けをしたのだ」

彼女は嬉しそうにそう言うと、声に出して笑い始めた。


 なんだか面倒なことに巻き込まれたな……早々に退散してしまおう。頭痛も収まりつつある。前世に興味はあるが、彼女から話を聞く気にはなれない。


「何のことが理解できかねますが、用事が済んだようなのでこれにて失礼します」

「あ、待て。私も共に参る。シャーロット王女に挨拶せねばな」


 部屋を出ようとした俺を彼女は呼び止めた。そして、黒髪の清楚な修道女に姿を戻し、ベットから飛び降りると俺の腕に手を回す。


「相変わらずつれない奴だ。歩きながら共に話そう」

俺は静かに頷くと彼女と共に部屋を後にした。


――エクゼバルド公国 迎賓館


 ソニア公女との面会を終え、王女と俺は迎賓館で打合せをしていた。


「さすが、エクセバルト公国の次期当主だわ。若いのに落ち着いているわね」

王女はソニア公女に好印象を抱いたようだ。しきりに褒めている。


 は若くない……俺たちとは比較にならない年月を過ごした魔人だ。来賓室へ戻る途中、俺の前世と彼女の事情について話を聞かされた。彼女は魔族の連邦国の将軍へ宿らせる新たな魂を選ぶために別世界へと渡り、前世の俺を見つけた。しかし、現世界へと運ぶ途中で事故が発生し、俺の魂を見失い、彼女自身も時空の狭間に放り出されたそうだ。


 彼女の魂はソニア公女の結魂の儀で召喚され、俺は二歳の病気のときに発動した混魂魔法により引き寄せられたということか……俺は考えを巡らせていた。


「どうしたのよ、ソニア公女と面会してから様子が変よ。体調がすぐれないからと、魔力制御の施術に長けた貴方が呼ばれたけれど……何かあったの?」


「いえ、何もございませんでした。大聖堂の地下には両国の王族と貴族の遺骨が幾千も埋葬されていると聞き、王国のこれまでの歴史に思いを馳せていました」


「それならいいのだけれど。先ほど、彼女から伝言があったわ。貴方の施術を大変気に入り、これからもお願いしたいとのことよ」


「それはいいことです。次期当主の彼女と良好な関係を築くことは、シャーロット様の野望成就へ良い影響をもたらすに違いありません」


「そうね、エクセバルト家は両王国の王族と貴族の内情に詳しいわ……情報源として重宝できそうよ。何としてでも彼女に取り入り貴方に夢中にさせなさい」


 彼女は無表情のまま目を細めて俺に命じる。そうか、ソニア公女の具合が悪いと聞き、俺が魔力制御の施術に長けていることを伝えたのはこのためか。


「畏まりました」

あの時のような身体の震えは見られない。精神的にも成長した王女に感心しながら俺は跪き、恭しく命を受けた。


――エクゼバルド公国 ソニア公女の部屋


《奴があの病気を治したというのか、信じられない》

ソニア公女の姿をした魔人は自国領の間者からの報告に驚いた。


《兄やんをご存じとは話が早い。病気のせいで戦争は膠着しています。彼に我が軍の患者を治療してもらえれば、圧倒的に有利になります。いかがしましょうか》

自国領の間者——ドワルゴが興奮気味に念話で指示を仰ぐ。


《まだ、時期尚早だ。私が場を整えるまで奴と行動を共にしろ》

《了解しやした。ただ、あの二人だけでは心許ないです。早めにお願いしやす》

ドワルゴの念話を聞くと彼女は大きなため息を付いた。

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