3.4.6 寄り道

――王国歴 301年 中夏 街道


「兄やん、ありがとうな。ほんまおおきに」


 褐色の肌の男が両手を揉みながら俺に礼を何度も言う。後ろに結わえた緑色の髪の毛が揺れ、先端に結わえた金具が音を立てる。


 牢屋にいた相部屋の囚人だ。伯爵邸の庭で倒れているところを発見され投獄されていたらしい。俺の手術でようやく会話ができるようになり、宿屋で酒に酔い、気が付いたら豪華な邸宅に迷い込んでいたと訴えた。所持品と身なりから悪意はないと判断されて俺と同時期に釈放されていた。


 アイラの一件の後、俺は奴の身の上話を聞かされた。彼はアニュゴンの街よりもさらに西の魔人領との国境近くの村に住んでいた。しかし、原因不明の病で村人の多くが倒れ、医者を探すために王都へ出発し、この地で同じ病に罹患したそうだ。


 王都に向かう俺たちに同行したいという彼の申し出を俺は受けた。アニュゴンの街は通過していないそうだが、同じ病が故郷に広がる可能性がある。大流行パンデミックが起きると手術だけでは間に合わない。早急な魔道具の作成と原因の特定が必要だ。その時に備えて彼を手元に置くことにした。


「ドワルゴ、気にするな。あと、あの出来事は絶対に口外するなよ」

「もちろんです。わいは村一番、口が堅いと言われていました」

無理に笑顔を取り繕り笑う様子が暑苦しい。なんだかむかつく。


 あの出来事……アイラは特に変わらず様子で世話を続けてくれた。素知らぬ顔をしているのか、記憶がないのか分からないが……まあ、いいだろう。彼女は俺が考えていたよりも強い精神力を持つ女性のようだ。


「……そういえば、兄やんが白エルフの種族病魔力循環不全を治癒したと聞きやしたが、どこで学ばれたんですか?」


「さあな……あと、魔力循環不全は人族の一般的な病気だ」


「へえ、その病気は魔人も罹ることがあるんす。しかし、治療できるとは知りやせんでした。お隠しになるほど重要な治療法なんでやんすね。それにしても北の街道ですか……王都は南の街道かと思いやすが」


 俺はドワルゴに話し返すことはせず、ラピスの背に跨り、黙々と歩を進めた。王女一行はシュバイツ伯爵領の主都を出立し、街道を北へと進んでいた。


 エクセバルト公国に立ち寄る用事が急遽できたからである。


――野営地 王女の天幕


「明日はいよいよ公国ね。慰霊祭に現れた修道女との面会がこれほど早く実現するとは驚きだわ」


「どうして急に面会が許可されたのでしょうか?」


「わからないわ。国王の葬儀に際に面会できないか書簡を出したら直ぐ会いたいと返事が来たのよ。なぜか貴方の名前が同席者に指定されていたわ。慌てて叔父上を説得して貴方を解放させたのよ……大変だったんだから」

 

 王女は下着のみ着てうつぶせになり、気持ち良さそうな表情をしながら事情を話す。俺はシュバイツ伯爵領特産の精油を彼女の肌に馴染ませるように全身に塗り、足元から背中に掛けて両手を当てて魔力を流し込みながら丁寧に摩る。


「ありがとうございました。ところで、お加減はいかがでしょうか?」

「もう少し強めでもいいわ……あぁ、それぐらい……いい感じよ」


 エリスもそうだが、王族ともなると裸になることに抵抗がないみたいだな。着替えで裸を見せることになれているからだろう。そうだ、エリスといえば、そろそろ契約更新だな……そんなことを考えながら施術を続けていた。


「ザエラ、私の裸を見ながら他の女性のこと考えていたでしょう」

「い、いえ、シャーロット様のお身体に筋肉が付いたことに感動しておりました」


 王女の言葉に驚き、咄嗟に口に出したが、事実、外見以上に彼女の筋肉は付いていた。製油を浴びて暖かみを帯びて光る肌は健康的な小麦色だ。


「……貴方から見て、私もようやく女性になれたかしら」

「シャーロット様に対して何か意見を言えるような立場ではございません」

「そんな言い方しないでよ、私だって……いや、もういいわ……」


《ザエラ兄さん、暗殺者が来ました。北東の方角です》

《了解。俺もそちらに向かう》


「シャーロット様、用事ができてしまいました。今宵はこれで失礼します」

シーツに包まり背を向けて顔を隠す彼女に声を掛けたが返事はない。


「……シャーロット様は私が口に出すまでもなく素敵な女性でございます」

俺は彼女の耳元で囁く。そして、物理・魔法防御の設置型魔法陣の発動を確認した後、天幕を後にした。


◇ ◇ ◇ ◇


「なんだ、もう、片付いたのか?」


 カロルの指定した場所に到着した時には既に暗殺者は倒されていた。そういえば、牢屋から解放されたときに質が低下したと聞いたことを思い出した。


「ラクシャさんが一瞬で片づけてしまいました。鞘から噴射した複数の水流が弧を描き暗殺者を捕らえ、氷の刃で止めを刺す様は圧巻でした。彼らの質が落ちたとは言え、圧倒的な腕前の持ち主だと感じました」


 義弟は興奮さめやらぬ様子でラクシャの活躍を語る。水流を操る鞘——水竜刀のことだろう、レナータ公女から譲り受けたと報告は受けていた。そういえば、手合わせする約束がまだ果たせていないな……負けそうな気がしてならないが。


「そうか、彼はどうしたんだ? 見当たらないが」


 カロルとエミリア、そしてフィーナの警護隊が検死をしているが、ラクシャの姿は見えない。俺は辺りを見渡しながらカロルに尋ねた。


「南東からも暗殺者が見つかり、ラクシャさんは早速そちらに向かいました」

「南東だと……白エルフの護衛部隊からの応援要請か?」


 南側は白エルフの護衛部隊の管轄だ。先の戦場で我が騎士団に配属された者が含まれていると聞いてはいるが、契約は切れおり、指揮系統は異なる。自尊心プライドの高い彼らが応援を求めるとは考えにくい。


「ドワルゴさんから念話で通知がきました。兄さんに雇われたと聞きましたが」


 カロルの報告を聞いて、俺は頭を抱えた。あの野郎、何を考えている。俺の名前を勝手に出して、部隊を動かすとは……後で殴り飛ばしてやる。


「……そうか、後で彼を正式に紹介するよ」

俺は拳に力を込めながら笑顔で答えた。

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