3.4.3 地下牢の呻き

――王国歴 301年 初夏 シュバイツ伯爵家 地下牢


 地下牢の壁には木の根が張り巡らされ、湿気と程よい暖かに包まれていた。日差しが差し込むことはないが、壁に掛けられたランタンが部屋を煌々と照らす。


 簡素なベットに仰向けになり、根が張り巡らされた天井をぼんやりと見つめていた。キュトラとの情事がこのように結果になるとは……、騎士団への兵士の融通は断られるだろう。アニュゴン自治区が自治領へと格上げされるための兵士の増強に目途が付いたと喜んでいたのだが。


「サーシャを裏切り、愛欲に溺れた愚か者への罰だろう」


 俺は自虐的な笑いを浮かべる。このような状態に追い詰められながらなお、小柄なキュトラが俺に組み敷かれながら喘ぐ光景を思い起こす自分に半ば呆れていた。


 伯爵家と言えども王国の中佐である俺を勝手に裁くことはできない。また、王国に犯罪者として引き渡せば、婚姻前の娘の妊娠が暴露されてしまう。そのため、彼の気が済めば解放されるだろうが、あの様子を見る限り時間は掛かるだろう。苛ついても後悔しても何も始まらない。俺は気分を変えようと書物を生成し手に取る。


 混魂魔法‟魂の自叙伝作成クリエイト・ソウル・ビオグラフィー”により作成したフランツ国王の自叙伝だ。彼の遺体安置所に忍び込み魂を吸収しておいた。


 なぜ国王は王女へ呪いを掛けたのか?王女が幼い頃に母親は死亡している。そのため、両親の関係は分からないと彼女から聞いたが、自らの子供を殺したいと考えるのは異常だ……その答えがこの分厚い書物に記述されているに違いない。


「さて、読み始める前に魔術紋様を回収しておこう」


 ぱらぱらと頁を捲ると魔術紋様が描かれた頁を見つけた。グロスター伯爵家ベルナール公の場合と同じだ。おそらく、王家に受け継がれる炎属性の魔術紋様だろう。その魔術紋様に触れると、前回と同様に背中に激痛が走る。


 これで三重の魔術紋様か背中に刻まれた。訓練を重ね、雷属性の魔術紋様は成長し、外苑が混魂魔法のそれに近づきつつある。どのような魔法が使えるようになるのか楽しみだ。


 背中を摩りながら書物に読み始めたが、数頁も進まない内に眠りについた。


◇ ◇ ◇ ◇


「うぅ、うぐあぁっ、痛い、胸が…焼けるように痛い」


 隣で呻く声に俺は目を覚ました。相部屋に収監されている囚人が胸を掻きむしる。緑色の髪の毛に褐色の肌——黒エルフ(男性)のようだ。しかし、額にある翠色の魔石はこれまで見たことがない。


 気づかない振りをして二度寝をしようとするが、苦痛の声は止む気配を見せない。そして看守が駆けつける様子もない。いつものことなのだろうか。


「はあ、安眠のためだ仕方ない」

ベットから起き上がると囚人に近づく。


 胸はかさぶたが剥がれ血にまみれた掻き傷で覆われている。両手を胸の上で宙に浮かせたまま‟生物探査"を行う。接触したほうが感度はよいが、感染症の危険がある。


「なんだ……これは……」

 大量の小型の魔虫が囚人の胸にある魔石に群がるのが見える。魔虫は体内に魔石を持つ虫で、魔獣から魔人、亜人、人族に至るまで寄生することで知られている。


 魔虫は囚人の魔石を溶かしながら吸収しているようだ。魔石を食べる魔虫など聞いたことはないが……俺はその気味の悪さに思わず手を離した。


「うーん、どうしたものか」

 魔虫の魔石のみを破壊する波長で魔力を流し込み、駆除するのが手早い。しかし、魔虫は囚人の魔石の奥まで入り込んでいる。死に際に暴れて彼の魔石を砕きかねない。


 面倒だが魔力糸で魔虫を捕まえて体外へと取り除くのが安全なようだ。激痛が予想されるので、看守に声を掛け、アイラを呼ぶように依頼した。


◇ ◇ ◇ ◇


 数刻後、アイラが地下牢に到着すると、早速手術を始める。‟除痛リムーブペイン”により囚人は眠り始めた。俺は魔力糸で魔虫を一体づつ慎重に魔石から引き剝がし、脇腹に開けた傷口から取り出していく。


 魔虫を縦長の硝子の瓶に入れる。手術が終わる頃には数十匹の魔虫が瓶に閉じ込められ、もぞもぞと蠢く姿が目に入る。なんとも言い難い気持ち悪さだ。


 俺は手術が終わると、瓶の蓋を固く閉めた。すべて殺したいところだが……数匹は生かして調査に使うつもりだ。感染が広がると手術では間に合わない。何らかの感染対策が見つかると良いのだが。


 俺は‟回復”を唱え、囚人の脇腹に開けた傷口と胸の掻き傷を修復する。そして、念のために全身をくまなく調べ、魔虫が体内にいないことを確認した。


「アイラ、ご苦労様。何とか一命は取り留めたようだ。もう、部屋に戻ると良い」

俺はベットに座ると、アイラに労いの声を掛ける。


「いえ、私はしばらくここに滞在して、ザエラ様と患者のお世話を致します」

アイラはこちらに振り返ることなく、囚人の身体を拭きながら答えた。


 彼女によると王女から許可は得ているらしい。看守が簡易ベットを牢屋に運び込んできたので、嘘をついている訳ではなさそうだ。王女による俺への配慮と受け取るのが自然だろう。


「そうか、それでは囚人の看護をよろしく頼む。俺はしばらく仮眠をとる」

そう言い残し、俺はベットに横になり眠り始めた。


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