3.4.2 懺悔の宴
――王国歴 301年 初夏 シュバイツ伯爵家 迎賓館
シュバイツ伯爵領の主都に到着した当日の晩に晩餐会に招待された。王女と俺以外の参加は許されず、迎賓館の奥にある窓のない小部屋に案内された。
「シャーロット、それにアルビオン中佐、よくぞ来られた」
髭を蓄えた初老の白エルフが我々を笑顔で出迎える。
「叔父上ご無沙汰しておりました」
王女は嬉しそうに彼に抱き着く。呪いが解けた彼女を感慨深そうに見つめると涙を流しながら抱きしめる。
俺は目の前で繰り広げられる感動の再会を冷静に見つめていた。彼がシュバイツ伯爵か……息子とは違い、神経質そうな雰囲気は感じられない。
感動の再会が終わり、シュバイツ伯爵がこちらを振り向いた。一瞬にして表情が切り替わり、冷徹な瞳でこちらを見つめる。
「ザエラ・アルビオンと申します。お初にお目にかかります」
「そなたの活躍、姪からよく聞いておるぞ。これからもよろしく頼む」
再び笑顔に戻り、俺の手を両手で包むように握手する。
「さあ、席についてくだされ。戦場の武勲をお聞かせください」
シュバイツ伯爵の合図で晩餐が始まる。
◇ ◇ ◇ ◇
「叔父上の元老院への御参画、おめでとうございます」
「ああ、我らの悲願である政治中枢への参加がようやく実現した。王女様が王位候補を辞してハイドレンジ公爵家と交渉してくれたお蔭だ。我が伯爵家はこれまで以上に貴方様を支援していく、何でも依頼してくれ」
王女の祝辞にシュバイツ伯爵は上機嫌に答える。この件は事前に王女から聞いていた。自ら王位候補を辞して戦功をハイドレンジ公爵家とローズ公爵家に分配する際にいくつかの条件を提示した。その中に本件を含めていたそうだ。
その他の条件は聞かされていないが、王位候補という立場を高値で売りさばいたということだろう……成人して間もない娘の成せる業とは思えないが。
「早速ですが、彼の率いるアルビオン騎士団へのご助力をお願いします。叔父上の騎士団から三千ほど移籍させてもらえませんか?」
「アルビオン中佐との契約は彼の部隊への兵士の融通だ。それでは満足できないということなのか?貴方様への彼の献身は聞きていますが、先ほどの戦役にて契約は終了した。我ら騎士団が協力する義理はないと思われますが」
シュバイツ伯爵は憮然とした表情へと変わり王女へ疑問を投げかける。
「私とアルビオン中佐は新たな契約を結んだわ。私は彼の騎士団の
王女は甘えた声で機嫌の悪そうなシュバイツ伯爵にお願いする。
「貴方様の野望は私たちの野望でございます。畏まりました。配下の子爵家と相談して選抜いたします。しかし、我らも負けてはいられませんな。
「叔父上、ありがとうございます。期待していますわ」
王女は手を叩いて嬉しそうにほほ笑む。
アデル王子を排斥し、リューネブルク家の次期当主になること――これが彼女の野望だ。この言葉に驚かないということは、シュバルツ伯爵も一枚絡んでいるのだろう。
「さて……今度はこちらからご相談があります。お恥ずかしい話ですのでこのような特別な部屋を用意しました。この場のみに留めてください」
彼は大きくため息をついた後、
「さあ、キュトラおいでなさい」
と呼びかけると純白のドレスに身に着けたキュトラが現れた。
◇ ◇ ◇ ◇
《ザエラ、ここからはキュトラの話に合わせてね》
王女から俺に念話が飛んでくるが、頭が混乱している俺は呆然と彼女を見つめる。
「シャーロット様、アルビオン中佐、お久しぶりです」
キュトラは椅子に座ると丁寧に頭を下げる。
呆然と見つめる俺を見て、申し訳なさそうに話を続ける。
「アルビオン中佐、身分を隠しており大変失礼しました。私は入隊後に病気に罹りました。身分を隠すため名字を変えて傷痍軍人に紛れていたところ、お助けいただいた次第でございます」
発病しても契約期間を終えるまで退役できないと病人から聞いたことがある。おそらく、伯爵家に課せられた兵士数を維持するためだろう。伯爵家の令嬢でも適用されるとは驚きだが。
「そのようなご事情でしたとは。大変失礼しました」
俺は化粧をして大人びた表情を見せるキュトラに他人行儀に謝罪する。
「娘の希望で名字を変えないまま軍に復帰したのですが、それがこのような結果を招くとは――実はキュトラは妊娠しているのです」
シュバイツ伯爵の言葉にキュトラは恥ずかしそうにうつむきお腹を撫でる。
俺の背筋は凍りついた。雷雨の夜から始まる彼女との愛欲の出来事が蘇る――アデル王子か俺の二人のうちどちらかに違いない。キュトラは白エルフの生命魔法で避妊ができると話していたが……
「キュトラ、貴方はアデル王子に襲われたわよね。それが原因ではないの?」
王女の問いに彼女は首を振る。
「私もそのことは王女様から報告を受けていたので、何度も問いただしました。しかし、頑なに首を振るのです。恋をして結ばれた結果、生まれた子供だと。ただ、相手の男性は戦場で死んだというのです。名前すら教えてくれません。何かお心当たりは
ないでしょうか?」
彼は困り果てたように王女と俺に尋ねる。
《私はキュトラから貴方との関係を聞いたわ。彼女は一人で貴方の子を産んで育てる覚悟をしているの。貴方は知らない振りをすればいいのよ》
「叔父上、すみません。私たちは戦争で忙しく気づくことが……あ、待ちなさい」
「シュバイツ伯爵、私がお嬢様の子供の父親でございます」
俺は、王女の制止を無視し、床に跪くと彼女と関係したことを白状した。
「その言葉、まことか……。我が娘と知らなかったとは言え、我らが種族への婚前交渉は許されるものではない。やはり、貴様も薄汚い人族か……王族から平民まで人族はどいつもこいつも盛りについた獣だな」
シュバイツ伯爵は顔を赤らめて口から唾を飛ばしながら罵る。
俺は彼の唾の飛沫が顔に掛かるのを感じながらひたすら耐えていた。王女は呆れたように俺を見つめ、キュトラは泣き崩れていた。
「おい、衛兵。こ奴を捕縛し牢屋へ監禁しろ。中佐であろうと容赦はしない。我が伯爵領の法律により裁いてくれるわ」
俺は大人しく衛兵に腕を縛られる。シュバイツ伯爵の目まぐるしく変わる表情を見せつけられ、キュトラの妊娠を聞き、俺は疲れていた。
《貴方らしくないわね。しばらく、牢屋で大人しくしていなさい》
王女の念話が頭の中に響く中、衛兵に曳き立てられて俺は部屋を後にした。
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