第四章 戴冠式

3.4.1 旅路の空

――王国歴 301年 初夏 イストマル王国 第一王女一行


 王位選定の戦場を出立してから約一週間、シャーロット王女一行は南下を続けていた。目指すはシュバイツ伯爵領の主都。彼女は戦役の報告と兵士派遣に対する謝辞をシュバイツ伯爵へ伝え、次期国王が決まるまで休息も兼ねて滞在する予定だ。


 白エルフの兵士たちは久しぶりの故郷に向けて足を速める。彼らは一様に安堵の表情を見せ、あちらこちらで笑い声が起こる。そうか、俺たちは最後の三ヵ月だけ参加したが、彼らは一年以上も故郷を離れていたのか……さぞかし嬉しいだろうな。


 笑い声を聞きながら目を閉じて背伸びをする。途中で別れたサーシャたちもアニュゴンの街に着いた頃だろうか。奴らの嬉しそうな顔を目に浮かぶ。俺の騎士団は副団長のサーシャに任せて途中で別れた。俺と同行するのは最低限の人員だ。


 王女のお側付きとしてカロルとエミリア。身辺警護にフィーナとアルケノイド五十。飛竜(茜)の世話係としてベロニカ。魔力循環不全患者の治療に備えてアイラ。そして、レナータ公女から王都へ招待されているラクシャだ。


 ヒュードルが王女の護衛を強く希望したが、同行者から外した。腕の受肉を終えて間もない彼の体調を考慮した結果だ。まずは、身体を休めて体力回復に努めて欲しい。


「本当は俺の代理として全て任せたいくらだが……仕方ない」

俺は軍靴と靴下を脱いでラピスの背の上で仰向けになる。青空を見上げながら初夏の日差しと心地よい風を堪能する――気を抜くと寝てしまいそうだ。


「おお、今日も空に浮遊島が見えるではないか。毎日現れるとは珍しい」

誰かの叫び声に俺は目を開けて空を見渡す。すると空中に浮かぶ島が目に入る。


 そういえば師匠が座学で教えてくれたな。浮遊島は見た目よりもはるか上空に存在し、未だかつて上陸できた人族はいないという話を……空軍であれば容易に調査ができそうだが、何か上陸できない理由があるのだろうか……


 俺はそんなことを取り留めなく考えながら再び目を閉じ、眠りについた。


――翌日早朝 ザエラの天幕付近


「アルビオン中佐、おはようございます」

俺が水浴びをしていると白エルフの女性が声を掛けて来た。


「エマリス少佐ではございませんか。このような姿で失礼いたします」

上半身裸で水を滴らせながら俺は挨拶をする。


 彼女は俺が副大将として組織した魔導士部隊の隊長だ。俺が生成する‟鉄の杭”と白エルフの弓術とを組み合わせた戦略魔法を短期間で構築した影の立役者だ。嬉々として魔法を組み立てる姿が印象に残る――軍人ではなく学者のようだ。


 上半身から立ち込める水蒸気が朝日を受けて光の靄となる。彼女は吸い付くように俺の身体を見つめる。俺の上半身の筋肉に見惚れているのだろうか。二刀流の師匠エキドナ大佐の教えを守り肉体改造に励んだ成果が、筋肉に表れているに違いない。


「美しい……まるで我らの伝説に出て来る神樹のようだわ」

エマリス少佐は俺と目を合わせることなく、俺の何かを見つめているようだ。


「何かございますか?エマリス少佐」

彼女に顔を近づけ、目を合わせる。しかし、彼女の緑色の瞳は焦点を合せようとしない。まるで、俺が見えていないかのようだ。強度の近眼なのだろうか。


 俺はまじまじと彼女の顔を見つめる。頬から顎に掛けては丸みを帯び、若い白エルフに見られる鋭さはない。しかし、男を知らないあどけなさを感じる。このまま、唇を重ねたらどんな表情を見せるだろうか……俺は彼女の唇に自らの唇を近づけた。


「はあぁ、朝から何しているのよ、ザエラ。キュトラに言いつけるわよ」

背後からの声で俺は我に返る。振り返るまでもない――シャーロット王女の声だ。


 二人の白エルフがこちらに駆け寄り、俺とエマリス少佐の間に割り込むと

「ロマーニ様、どこに行かれたのかと心配しました」

と声を掛けながら彼女の手を握る。


「アルビオン中佐、続きは今度おねがいします」

彼女は微笑むと二人の白エルフと共にその場を後にした。


――翌日早朝 ザエラの天幕内


「前々から気づいていたけど、貴方は女性に対して脇が甘いわ」

王女は俺を叱りながら天幕へと入り椅子に腰かける。


「エマリス少佐は不思議な方ですね。私を見て神樹と呟いていました。綺麗な緑色の瞳には何か秘密があるのでしょうか?」

お小言が長くなりそうなので俺は彼女について質問をする。


「ロマーニは伯爵家に連なる有力子爵、エマリス家の令嬢よ。魔力の流れが見える特別な能力を持つと聞いているわ。あの子に手を出してはだめよ。白エルフに手を出す人族を叔父上シュバイツ伯爵は毛嫌いするの、キュトラの件もあるしね」


「軽率な行動、大変失礼しました。彼の息子ヨセフ少将は私に副大将の座を奪われた挙句、戦死しています。これ以上、悪印象を与えてはなりませんね。ところで、キュトラさんの件まで彼の耳に届いているのでしょうか?」


 彼女の診断書カルテには下級貴族と書かれていた記憶がある。シュバイツ伯爵が気に掛ける程の家柄だとは思えないが。


「えっ、ああ、どうかしらね……もう、この話は終わりにしましょう。叔父上は息子のことは残念だろうけど上機嫌のはずよ。余程の失態を見せない限り、貴方の騎士団への兵士提供を拒まないと思うわ。では、そろそろ行くわね」

王女は話をはぐらかし、椅子から腰を上げる。


 俺はお供を申し出た。周囲の森は警護兵が詰めているから心配無用と彼女は言うが、暗殺者の襲撃は続いている。探査魔法に不審者は見つからないが、警戒するに越したことはないだろう。


――翌日深夜 ザエラの天幕内


「神樹の光に導かれて参りました。をお願いします」

目を開けると天幕の隙間から差し込む月光に照らされたエマリス少佐の姿が見える。


 彼女は服を脱ぎ全裸になると俺のベットへと忍び込む。そして、俺に覆いかぶさると唇を重ね始めた。彼女の豊かな胸が俺の胸板に触れ、股から滴り落ちる愛液が俺の太腿を濡らす。


(有力子爵の令嬢様に恥をかかせる訳にはいかないから……仕方ないよな)

俺は自分にそう言い聞かせると身体を反転させ、彼女の乳房に顔を埋めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る