3.3.49 巨人(1)

――王国歴 301年 晩春 中央軍 援軍 vs フランソワ陣営

――フランソワ陣営


アデル陣営の旧狩場近辺でフランソワ中将は重装騎兵の再集結を指示した。彼は左右の敵陣へ奇襲を仕掛けた二部隊の帰りを待つ。


右から副官に率いられたジェラルド少将の部隊が合流する。兵数は半数にまで減少している。多数の兵士が、肩や腹を鉄矢に貫かれ、馬の横腹を血に染める。


「……どうした?ジェラルドはどこだ……?」

「敵部隊が接近し、殿しんがりとして戦場に残りました。……我々を逃すために」

副官は口から血を流しながら、かすれた声で報告する。副官は戦場から離脱中に背中に鉄矢を受け、その矢は肺を貫いていた。


「それ以上喋るな。ミリア、負傷者に回復魔法を」

高位神官による詠唱が始まると、負傷者たちは光の粒子に包まれた。


「フランソワ様、あちらをご覧ください。ジェラルド少将ではありませんか?」

ミリア中佐は、右から単騎で駆け寄る騎兵を指差しながら叫ぶ。フランソワ中将は目を見開らいて喜びの声を上げながら彼に近づく。彼は下馬すると兜を脱ぎ膝を折る。


「ジェラルド、無事で何よりだ。……どうした浮かない顔つきで」

「敵から放たれた鉄矢に追尾され、殿の兵士は私を除いて全滅しました。申し訳ございません」

ジェラルド少将は涙を流しながら戦況を説明した。なお、彼は戦技を発動してすべての矢を叩き落とし、辛うじて一命を取り止めていた。


「お前は無事であればそれで良い。その悔しさを次に生かせ」

フランソワ中将は泣き続けるジェラルド少将の肩を担いで神官騎士の元へと運ぶ。


◇ ◇ ◇ ◇


しばらくすると、左からマチアス少将が帰還した。彼の部隊も半数を失う損害を受けていた。フランソワ中将はマチアス少将から報告を受けると溜息をつく。


「西・東方軍の調査は不要と決めつけていた。彼らを軽んじていた私の過ちだ。四千近くの損害が出たか……このまま終わるのは癪だな。全体の戦況を報告してくれ」


「右翼と左翼はご指示通り一旦退却して距離を取りました。本隊が壊滅したため相手も動揺しており、攻めて来る様子はありません。西からは西方軍の第一王女、中央からは西方軍のハイドレンジ公爵家、東からは東方軍のローズ公爵家が援軍として我々を包囲しています。それぞれ一万の兵を率いております」


フランソワ王子は副官の戦況報告を聞いてしばらく考えた後、口を開いた。

「王位を争う陣営が同時に同数の兵で援軍に来るとは偶然なのか、それとも事前に申し合わせしたのか。どちらにしろ今後の交渉を有利に進めるためには、敵に損害を与えておくべきだな。ザキム中佐、巨人はまだ出せるか?」


「はい、約四十体を待機させています」

「では、巨人を操り敵の援軍に攻撃を加えてくれ」

ザキム中佐は頷くと、魔獣調教師へ指示を出す。すぐに氷結の巨人フロスト・ジャイアントが出現し、敵の正面へと歩き始めた。


――シュナイト陣営


氷結の巨人は横一列に整列し、しゃがみ込む。まるで、シュナイト陣営に頭を下げて祈りを捧げているようだ。


アルティナ少将は彼らを見ながら周囲に問いかける。

「和平の使者にしては、図体がでかいな。あの巨人について詳しい者はいるか?」


「冒険者の知人に話を聞いたことがあります。北の山脈に生息する魔人です。知能は低く、言葉は話せません。動きは鈍いですが、怪力の持ち主で、水属性の上級魔法を使えるそうです」


「隷属の首輪を付けていないがどういうことだ?魔獣調教師モンスター・テイマーは魔人を使役できないはずだが……」

巨人の首元を見つめながらアルティナ少将は不思議そうに呟いた。


「奴らの頭上に氷塊が現れました。急速に巨大化します」

アルティナ少将は我に返り、すぐさま指示を出す。

「早急に戦略魔法の準備を始めろ。ではなくだ」

伝令兵が慌ただしく各部隊へと駆け出す。


◇ ◇ ◇ ◇


巨人は立ち上がると頭上の直系十メルクはある氷塊をシュナイト陣営に投げ込む。そして、真直ぐ全速力で走り始めた。地面を蹴り上げて、両腕、両足を素早く振りながら疾走する姿は、シュナイト陣営に衝撃を与えた。


「うろたえるな、かべを発動する。合わせろ」

アルティナ少将の合図に合わせて戦略魔法‟不落の城壁インプレグナブル・ウォール”が発動すると、シュナイト陣営前衛の目前に石の壁が現れる。


「ドゴオォォォォン」、氷塊が壁にぶち当たる音が辺りに響き、地面を揺らす。シュナイト公は不安そうに壁を見つめる。


「ご安心ください。あれしきで崩れるような我らが壁ではございません」

アルティナ少将は落ち着いた表情で微笑みながらシュナイト公に話しかける。


「……そうだな。まるで鋼の身体のようだ」

鍛え抜かれたアルティナ少将の体を見ながらシュナイト公は答える。背の高い彼女は、シュナイト公を見下ろすことがないように足の短い軍馬に騎乗している。しかし、それが、彼女の体の大きさをより引き立てている。


シュナイト公はアルティナ少将を見ながら将来を憂いていた。自分の部下であれば、彼女は頼もしい存在だ。しかし、将来の妻と考えると話は別だ。私生活でも彼女に頼る姿を想像すると寒気がする。私の夢を理解し、後押ししてくれるような優しい女性と共に歩みたい……贅沢な望みだろうか。


「ドゴオォォォォン、ガラガラガラ」、一際大きな衝突音が響くと壁にヒビが入る。そして、立て続けに氷塊が同じ個所にぶつかり、壁が轟音を立てて崩れ落ちる。


「氷塊を同じ個所にぶつけるだと……奴らは低能の巨人ではないのか。素早い動きといい何か違和感を感じるな」

壁の割れ目から巨人が姿を現し、前線の兵士へ襲い掛かる。


◇ ◇ ◇ ◇


巨人たちは口から‟氷結の息吹コールド・ブレス”を放つ。周囲の兵士はたちまち凍り付き、巨人が踏みつけると音を立てて砕ける。壁を背にして放射状に広がりながら兵士を排除していく。


「あの統制の取れた動きは、軍人そのものだ。炎を扱えるドウェイン少将の残存兵を連れてくるか……それでは時間が掛かる。このままでは被害が広がる一方だ……どうしたものか」


「おい、副大将殿、いまいいか?」

アルティナ少将が振り向くとオルガと彼女の部下たちが近づいてくるのが見えた。

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