3.3.48 援軍

――王国歴 301年 晩春 中央軍 アデル陣営 vs フランソワ陣営

――中央戦場上空


サーシャはザエラの腕の中で目を覚ました。サーシャに覗き込むザエラの顔は安堵の表情を見せた。彼の背後には、日差しが降り注ぐ中、青空が広がり、雲が漂う。


「私は死んだのかしら。……ザエラ、アデルを殺せなくてごめんなさい。貴方に嫌われる覚悟で、彼に取り入ろうとしたのに……不器用な私には無理ね。……でも、最後に会うことが出来てうれしい……夢の中でも」

サーシャは目に涙を浮かべながらザエラの頬に手で触る。


「これは現実だよ。また、僕たちは元に戻れるんだ。君の覚悟に気づかなくて……こんなに苦しませてごめん」

二人は固く抱き合い、熱い口付けを交わした。


◇ ◇ ◇ ◇


ザエラはサーシャにこれまでのことを説明した。敵兵に姿を変え、一騎打ちを上申して彼女を助けたこと。その後、ベロニカが操縦する飛竜と合流し、戦場を離脱したこと。


「アデルは殺されたの?」


サーシャの問いにザエラは首を横に振りながら答える。

「残念ながら捕虜として拘束されたよ。降伏ではないから戦闘は続いているけど、副大将のエルゴ中将は討ち死、エンブリオ騎士団の主力部隊は壊滅……敗北は決まりだ」


「でも、アデルが生きているなら危険だわ。彼が時期国王になれば、貴方の将軍への道は絶たれるのよ」


「アデルのことは憎いし、殺すことも考えた。でも、僕はこの国の軍人だ。軍律に反することはできない。そのときは残念だけど退役して一緒に静かに暮らそう」

そう言うと、ザエラは婚約指輪を取り出すとサーシャの指にはめる。彼女は指に光る指輪を見ながら、「それもいいわね」とほほ笑んだ。


「君は拉致後に敵兵を倒したことにして国王の禁軍にアデル王子が捕縛されたことを伝えてくれ。黒猫ガリウスが死体を偽装済みだ。僕は自陣営に戻るよ」

敵兵の階級章を手渡すとサーシャを地上に下した。


「これであの娘キュトラの匂いがしなければ最高なのだけど」

サーシャはザエラが飛竜に乗り飛び立つのを見送りながら溜息をついた。


◇ ◇ ◇ ◇


サーシャが報告する前に、アデル王子捕縛の報は国王に伝えられていた。国王は各陣営に対して、中央へと参戦とアデル王子の身柄確保の命令をすぐさま発布した。


――アデル陣営 旧本陣


アデル王子は捕虜として軍馬に跨り、敵兵に曳かれて旧本陣に到着した。辺りは自軍の兵士の死体が転がり異臭を放つ。


「おぇええ」、アデル王子は堪らずに顔を背けて嘔吐する。自軍の死体を目の当たりにして、戦闘に負けて捕虜にされたという事実に、初めて彼は気づいた。


「戦況の報告を頼む」

フランソワ中将は平然とした表情で部下に命じる。


「本陣と左右の敵部隊は壊滅。右翼と左翼は戦闘が継続中で、乱戦状態です」


「予定通りだね。両翼は敵部隊を引き付け、本陣への意識を逸らすのが役割だ。我々は撤収しよう。左右のジェラルド少将とマチアス少将に伝えてくれ」


「畏まりました。ところで、先ほど偵察兵から報告があり、前方から敵の援軍が現れました。敵の軍旗にはハイドレンジ公爵家の家紋が描かれています」

部下が指さした前方を見ると土煙を上げながら敵の大軍が迫る。


「……随分と早いな。すぐに撤退するぞ」

フランソワ中将率いる騎兵隊は部隊編成を整えると後方へと撤退を始めた。


――アデル陣営 旧右軍


「うぎゃぁ」、地面に倒れて虫の息の敗残兵が槍で刺されて絶命する。ジェラルド少将の重装騎兵は地面に倒れた敵兵に丁寧に止めを刺して回る。


「こいつらは精鋭兵だ。我が軍の将来の憂いを無くすためにも徹底的に叩き潰せ」

部下たち指示を出すジェラルド少将に伝令兵が近づく。


「フランソワ中将より早馬です。敵の援軍が接近しているため、直ちに撤退せよとのご命令です」


「了解した。全員、撤収準備だ。すぐにこの場から離れる」

その瞬間、西の遠方から放たれた鉄矢が空を黒く染めて降り注いた。


◇ ◇ ◇ ◇


「敗残兵の処理に夢中で敵の援軍に後れを取るなど……情けない。損害状況は?」

ジェラルド少将は鉄の矢を弾きながら副官へ問いかける。


「初回の攻撃で約四分の一、千名に損害がでました。下馬していた者が多数です。鉄矢の精度は低いので二回目以降は凌げております」


「このまま矢を防ぎつつ後退するぞ」

ジェラルド少将の部隊は鉄矢が降り注ぐ中、慎重に後退を始めた。


「敵の軍旗が視認できました。第一王女の軍です。こちらに突撃してくる部隊がいます。いかがいたしますか?」


「近接戦になれば誤射を恐れて鉄矢の斉射は止まるはずだ。私が千名を率いて殿となる。副官は残りの二千を率いて戦場を離脱し、中将へ合流してくれ」


「了解しました。ご武運を」

副官は前方へと移動する。


◇ ◇ ◇ ◇


レーヴェ大尉の軽装騎兵二千がジェラルド少将の重装騎兵一千と衝突する。兵数はレーヴェ大尉の部隊が優るが、兵種と練度ではジェラルド少将の部隊に敵わない。徐々にレーヴェ大尉の部隊が劣勢となる。


「お前があ、この部隊の隊長だなあああ。その首貰い受けるぞお」


両刃の湾刀ショテル使いの白エルフとは珍しい。お前の部隊のおかげで鉄矢の斉射が止んだ。存分に相手してやろう」

ジェラルド少将は、レーヴェ大尉の攻撃を槍で軽々と受け止め、弾き返す。


「白エルフは弓以外の武器の扱いは下手というのは事実らしい。俺が上官なら基礎から鍛え直してやりたいくらいだ」

ジェラルド少将は一瞬で間合いを詰めると槍の連撃を繰り出す。目にも止まらぬ連撃はおそらく彼の戦技だろう。レーヴェ大尉は後方へとのぞけり辛うじて避ける。


「俺たちは足止め役だああ。体中に浮かび上がる赤い印マークが見えないのか?」

レーヴェ大尉はそう言い放つと、彼の部隊は一斉に戦場から離脱を始めた。そして、身体に光る赤い印に気づいた重装騎兵がうろたえる中、再び鉄矢が発射された。


――アデル陣営 旧左軍


マチアス少将の部隊四千は、アデル陣営の左軍を殲滅して、すぐにレナータ陣営のエイムス少将の部隊七千と交戦を始めた。その中には、ラクシャ、シルバ、ヴェルナの鬼人部隊が含まれる。


兵力の優位性だけでなく、エイムス少将が前線で剣を振るうことにより士気が高く、鬼人部隊の突破力も相乗効果を発揮し、マチアス少将の部隊を圧倒した。


「フランソワ様の本隊まで全軍撤退する」

マチアス部隊は反転し撤退を始めたが、前線で乱戦していた多くの兵士は取り残され、エイムス少将の部隊に討ち取られた。

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