3.3.47 聖戦

――王国歴 301年 晩春 中央軍 アデル陣営 vs フランソワ陣営

――アデル陣営 本陣


突然現れた氷結の巨人フロスト・ジャイアントが炎に飲まれて地面を転がりながら呻き声を上げる。地面は揺れ、空気が震える異様な光景が広がる。


「倒しても倒しても切りがない。これだけの巨人をどこから連れて来たのだ……エルゴ中将、魔力は持つのであろうな?」

アデル王子は不安そうに隣のエルゴ中将に問いかける。


「左右の我が騎士団と交代で戦略魔法を発動しております。魔力は問題ございませんが、巨人の氷結能力により炎の威力が落ちているのが気になります」


(おそらく敵の狙いはそこにあるのはずだ)

エルゴ中将は巨人の死体が転がる狩場を見つめながら考えていた。そのとき、狩場の炎の中で幾つかの光の球体が輝くのが見えた。


「敵の重装騎兵が巨人の死体を踏み台に炎を横断しています。……間もなく先陣が狩場を突破します。敵数はおよそ千です」


副官の報告に、エルゴ中将はすぐさま反応して指示を出す。

「前衛は抜刀し近接戦の準備。残りの部隊は火力を上げて後続の騎兵を燃やし尽くせ。伝令兵は左右の部隊へ増援要請を伝えよ」


(敵に一杯食わされたな……重装騎兵の突撃で我が本陣を落とすつもりか)

エルゴ中将は忌々しそうに、次々と狩場を突破する敵騎兵を睨みつける。


「アデル様、敵兵が間もなく到着します。念のため後方へと待機ください」

「……わかった。武運を祈る」

アデル王子は百名程度の警備兵とサーシャと共に後方へと退避を始めた。


――数刻前 フランソワ王子率いる重装騎兵


ミリア中佐率いる高位神官たちが重装騎兵へと聖属性の支援魔法を唱える。支援魔法を受けた騎兵は光の球体に包まれて輝き出す。


「先陣の皆様へ支援魔法の付与を行いました。‟聖なる結界ホーリーサークル”は全属性の魔法および物理攻撃を防ぐことできますが、効果は長続きしません。十分にお気をつけてください」


「いつも説明ありがとう、ミリア」

ミリア中佐の説明にフランソワ王子は笑顔で返す。


「先陣は私と共に炎を渡り、真直ぐ敵本陣を目指す。後続のジェラルド部隊は右、マチアス部隊は左の敵部隊を強襲しろ」

フランソワ王子率いる第一陣は続々と炎の中へと吸い込まれていく。


その様子を見ていた後方部隊から一人の騎兵が飛びだし、炎の中へと消えた。


「我々の部隊はジェラルド少将様の傘下だ。先陣に紛れるとは一体何を考えている……あいつは誰だ?」

後方部隊の上官は首をかしげながら部下へ問いかける。


「エリック三等兵でございます。普段はお喋りな男ですが、今日は黙り込んでいました。中将様と共に先陣をきりたいと思い詰めていたのかもしれません。付与魔法を受けていないので、今頃は灰になっていると思いますが……」


「馬鹿なやつだ」

彼が炎に飛び込んだ付近を見つめながらその上官は呟いた。


◇ ◇ ◇ ◇


フランソワ王子は炎の渦を飛び越えると聖騎士の戦技‟聖戦クルセイド”を発動する。この戦技を発動すると、彼は主従契約を交わした騎士の精神を支配することができる。支配下にある騎士は、彼の指示に心身が尽き果てるまで妄信的に従うようになる。


「このまま敵本陣へ突撃する。敵兵を蹴散らし、敵将の首を獲るぞ。我に続け」

フランソワ王子は檄を飛ばしながら、敵本陣に突撃を開始した。すると炎の渦から続々と騎士が現れ、叫び声を上げながら彼の後に従う。


――アデル陣営本陣


エルゴ中将の目の前には散々たる光景が広がる。本陣の部隊は、敵の重装騎兵に蹂躙され、自軍の兵士の死体が地面を覆いつくす。


本陣詰めの部隊はエンブリオ騎士団の精鋭兵から構成される。しかし、彼らの血族魔法と剣技はことごとく光の球体に跳ね返され、切り倒されていく。


「我々の血族魔法である原初の炎が通じないとは……、このままでは全滅だ。左右の部隊からの援軍はまだか?」

エルゴ中将は隣にいる副官に顔を向けて問いかける。副官が口を開こうとした瞬間、その首が飛び、血しぶきが彼の顔を赤く染める。


「左右の部隊は後続が攻撃しているので援軍は来ないよ。貴方がアデル王子か?」

副官が倒れると、その後ろから白銀に輝く鎧兜に白い外套マントを見に付けたフランソワ王子が現れ、エルゴ中将に問いかける。


「私はエルゴ・フォン・エンブライム、階級は中将だ。貴殿の名を……」

口上の途中で、エルゴ中将の首が飛び、地面へと転がる。


「ちぇっ、外れか。もう一つの反応が急速に離れている。急いで追わなくては」

フランソワ王子は魔導具を見ながら、百名の重装騎兵を引き連れてアデル王子の追跡を始めた。


――アデル王子と護衛隊


アデル王子と護衛隊は本陣から後方へと全速で退避していた。しかし、それよりも早い速度で敵の重装騎兵が迫る。


「くそ、御父上のところまで戻れば兵士をお借りして挽回できたのに。エルゴの奴め、何が最年少の中将だ。役立たずがっ。おい、お前たち、俺が逃げ切るまで敵を押し留めろ」

アデル王子は護衛隊に指示を出すと、サーシャと二人で逃げて行く。


◇ ◇ ◇ ◇


「アデル様、残念ながら敵が近づいています」

そう言うとサーシャは軍馬を止めて槍を構えた。


アデル王子は後方から土煙を上げて接近する敵兵を数える。

「数が少ないな。後はお前に任せる」

と言い、背後に退避しようとするアデル王子にサーシャは槍を突き立てる。しかし、寸前で体が硬直し、彼を貫くことができない。また、魅了の魔眼も発動できない。


「その首飾りは隷属の首輪だ。俺に危害を加えることはできない。俺のためにここで敵兵を食い止めることを命じる」

アデル王子が命令すると、首飾りから隷属の魔方陣が光り、サーシャを支配する。


――アデル中将と部下


フランソワ王子は兵を分割し、十名の重装騎兵と先行してアデル王子に追いついた。そして、彼を庇うサーシャへと攻撃を仕掛ける。なお、重装騎兵に付与されていた支援魔法は既に効果が切れている。


「私の精神支配に干渉するとは……この女騎士は何者だ」

サーシャの魔眼による魅了を受けた敵は動きが極端に遅くなり、彼女の槍で倒されていく。魅了と聖戦の精神支配が干渉し、精神が混乱しているようだ。


(面白い女だな、私自ら相手をしてやろう)

フランソワ王子が剣を抜き前に出ようとすると、

「私は主従契約を結んでおりません。一騎打ちの機会をお与えください」

と部下の一人が上申する。


「私と主従契約した部下しか先陣にはいないはずだが。まあ、良い。許可する」

その部下は感謝を述べると前に進み、サーシャと対峙する。彼女が繰り出す槍を交わしながら接近し、槍を脇に挟んで受け止めると、鳩尾に拳を入れ気絶させる。


「フランソワ様、終わりました」

彼は元気よく彼に報告する。そして、首飾りを引き千切ると気絶したサーシャを自分の馬に乗せてその場を去ろうとする。


「待て、お前の名前は?彼女をどうする気だ?」

「エリック三等兵です。彼女は私の妻にします」

エリック三等兵はその場を離れながら、フランソワ王子の問いかけに大声で答える。


「変な奴だな。後で話を聞いてみるか。さて、貴方がアデル王子でございますか?」

フランソワ王子は、部下に取り押さえられたアデル王子に質問する。


「ああ、アデル・フォン・リューネブルクで間違いない。既に覚悟はできている。この首を跳ねてそなたの手柄とするが良い」

アデル王子は、姿勢を正し、落ち着いて答える。


「貴方を捕虜といたします。首を跳ねられるより屈辱かもしれませんが」

フランソワ王子がクスリと笑うと、アデル王子は眉間に皺を寄せ彼を睨みつけた。

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