3.3.29 東方軍 血呪女王
――王国歴 301年 仲春 東方軍 オズワルト陣営
「この呪いの瘴気……ついに現れたか……」
オズワルト王子はアリエル中将の本陣に出現した禍々しい淀みを感じ取る。
「
構築中の人型の魔方陣を見つめながらオズワルト王子はつぶやいた。
――アリエル中将本陣付近
「前衛は後退し、魔導士は魔力防御結界を展開。瘴気を外に漏らすな」
サルエゴ大佐は包囲陣形を取る鉄血鎖親衛隊に指示する。
魔力防御結界は半球体となり、アリエル中将とクロビス、そしてザイファ大佐率いる騎竜隊を包み込んだ。結界内部は鉄錆色の瘴気で充満し、外からみえなくなる。
「な、なんだこれは……体の自由が効かぬ」
瘴気に包まれた騎竜隊は地面へと倒れる。自己強化による呪術耐性は効果なく、身体と精神を蝕んでいく。
「
ザイファ大佐のみ魔騎竜に跨り、アリエル中将とクロビスに相対する。顔色は悪く、今にも倒れそうだが、目の奥の闘志は消えていない。
「これは頼もしい。そなたのような強者をぜひとも使役したい。私が相手しよう」
アリエル中将は神威‟
「二人とも一撃で仕留めてやる」
ザイファ大佐は、戦技‟
「うぎゃあ」、囚人は片腕をその槍に貫かれながら、その業火に身を焦がす。しかし、もう片腕でその槍を握りしめ、ザイファ大佐の突進を受け止める。そして、アリエル中将が‟血呪の鎖”を唱えると、地面から生えた鎖がザイファ大佐に巻き付き自由を奪う。
「さあ、私の仲間にして差し上げるわ」
鎖を千切ろうと暴れるザイファ大佐の首元へ、アリエル中将の指先から赤い針が打ち込まれる。
――レナータ公女本陣
レナータ公女本陣は、エイムス少将の一万の軍勢の中央に位置する。左側面に五千、前面と背面に各二千五百、さらに前線にはザイファ大佐の五千で守られている。
「今回の戦場は、暇なものだな」
シルバは大きな欠伸をして、ヴェルナに話しかける。鬼人は二百名はレナータ公女の護衛で本陣に待機する。前線は十数ケルク先だ。剣戟の音さえ聞こえない。
「そうやね……ほいでも、さっき、前線から怨念が溢れだした気配を感じたんや。何や、不吉な予感がするんやけど……」
「怨鬼頭のお前が言うと心配になるな。今日、敵本陣に勝ち込みするらしいじゃないか。何か敵本陣で起きているのかもしれねえな。まあ、ここは安全だろうがよ」
ヴェルナの不安そうな言葉にシルバは他人事のように答えた。
◇ ◇ ◇ ◇
「前線で同士打ちです。ザイファ大佐の一部の軍が反乱を起こしたそうです」
レナータ公女と両脇にエイムス少将、ラクシャが控える本陣に報告が入る。
「反乱だと……黒魔法による呪術で洗脳されたか?」
エイムス少将が問いかけると、さらに、伝令兵が慌てた様子で本陣へ走り込む。
「反乱を起こしたのは、ザイファ大佐率いる騎竜隊です。彼らはこちらの本陣に突撃してきています。大半は倒しましたが、大佐率いる約百騎が間もなく最終防衛線を突破します」
本陣の士官たちは騒然とする。敵本陣に突撃したザイファ大佐の騎竜隊が、反旗を翻し、自軍本陣に攻め入るなど考えられない。
「今すぐに本陣を後退させ、予備兵を前面に出せ」
エイムス少将が指示するなか、ラクシャは立ち上がり水竜刀を手に取り構える。
「間に合わない。そこまで来ている」
ラクシャが呟くと、ザイファ大佐が本陣の警備兵を吹きとばしながら正面に現れた。ザイファ大佐が振り下ろす大太刀をラクシャは水竜刀で受け止める。
◇ ◇ ◇ ◇
《シルバ、ヴェルナ、そちらの状況は?》
ラクシャは念話で鬼人部隊の戦況を確認する。
《百人毎に分けて、俺は右、ヴェルナが左で突然現れた竜騎兵を相手にしている。こいつら何かに取りつかれているな。腕を斬り落としても攻撃を止めない》
《呪いやね。鍛え抜かれた兵士やから、身体はぼろぼろやけど手強いわ。攻撃は単調だけど、力で押し切られんように気張りや》
二人の率いる鬼人部隊は他の騎竜兵と交戦しているようだ。
ラクシャはザイファ大佐と剣を交えていた。ザイファ大佐は単調な攻撃を繰り返すだけだが一撃が重たい。ラクシャは受け流すので精一杯だ。
「うがああぁぁ」
ザイファ大佐が叫び声をあげると大太刀が燃えたぎる紅蓮の槍へと変化する。そして、高速な突きを繰り出す。ラクシャは突きを避けながら水竜刀で応戦する。切り傷から血が地面へと流れ落ちるが、ザイファ大佐は攻撃の手を緩めない。
《ラクシャ、シルバ、見つけたで。首元に差し込まれている赤い針が呪いの媒体や。それを砕いたら呪いから解放されるはずやから試してや》
ヴェルナが興奮した様子で二人に念話する。
ラクシャは態勢を立て直すために足元に力を込めると、ザイファ大佐の血で足が滑り、地面に尻もちをついてしまう。すかさず、喉元目掛けて槍が突きたてられる。
「ガツッ」、ラクシャの前面に氷の盾が出現し、槍の突きを防ぐ。エイムス少将がラクシャの隣に跪き、血族魔法‟氷結”で氷の盾を生成したのだ。
「君になど興味はないが、死なれると彼女が悲しむのでな。しかし、接近戦は苦手だ。早く立ち上がってくれ」
言葉短くエイムス少将はラクシャに伝える。ザイファ大佐の槍が氷の盾を砕く音が響く中、エイムス少将は手は小刻みに震えていた。
「ラクシャ、……私が魔法で倒すわ」
ナレータ公女が立ち上がる。
ラクシャは手のひらをレナータ公女に向けて制すると、水竜剣を地面へと突き刺す。すると、ザイファ大佐の後方の地面から風で研ぎ澄まされた水の刃が現れ、彼の首元の赤い針を砕いた。
◇ ◇ ◇ ◇
「一体何が起きたのだ。貴殿は誰に操られていたのだ?」
エイムス少将の問いかけに、全身血だらけのザイファ大佐は敵の本陣で起きた顛末を声を絞り出して伝える。その場にいる全員が固唾を飲んで話に聞き入る。
「……そこの小僧、頼みがある。俺の首を跳ねてくれ。操られていたにせよ、同士討ちは死罪だ。処刑されるより、俺は戦場で死にたい」
ザイファ大佐はラクシャに介錯を求めた。
「嫌だ。俺にお前の都合は関係ない。他の奴に頼め」
ラクシャは即答し、その場を去ろうとする。
「……待て、お偉い方々の剣は汚せない。目がかすんできたが、階級章ぐらい見えるさ。俺より低い階級は、お前しかいない。俺の
ザイファ大佐は焦点の定まらぬ眼をラクシャに向けて手を挙げる。
「……分かった。エイムス少将、
ナレータ公女が離れたことを確認すると、ラクシャは水竜刀を振り下ろす。
「団長、すまねえ」
ザイファ大佐は小さく呟いて目を閉じた。
◇ ◇ ◇ ◇
ザイファ大佐の反乱によりナレータ陣営は甚大な被害を受けた。エイムス少将の部隊は約三千、ザイファ大佐の部隊は約二千五百の兵士が失われた。部隊を再編成するために、即日、全軍が後方への退却した。
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