第三章 王位戦定(西方・東方の戦い)
3.3.28 東方軍 腐食囚人
――王国歴 301年 仲春 東方軍 レナータ陣営 vs アリエル中将
ザイファ大佐の部隊は、一月もの間、アリエル中将の本隊と交戦を続けていた。しかし、敵兵の数を減らすも未だ前衛すら突破できずにいた。
「ザイファ大佐、前方の歩兵が敵兵に押されています。腕を切り落としても噛みついてくるため、前線の一部の兵士の間で混乱が起きています」
副官の報告にザイファ大佐はため息を付く。敵兵が異常なのはわかるが、一月経つにも関わらず、未だ恐怖に取り乱す味方に苛立ちを感じていた。
「左のエイムス少将の軍はどうだ?」
「彼らは重装歩兵を前線に投入して敵兵の頭部を叩き潰しながら進んでいます。侵攻速度は遅いですが、着実に前進しています」
ザイファ大佐は、胸元から小瓶を取り出し、
「
ザイファ大佐が命令すると、後方で控えていた約千の騎竜隊が叫び声を上げて突撃する。彼らが騎乗する
騎竜隊は大太刀を振り回し、敵兵の首を刎ねながら敵陣を駆け抜ける。敵兵は四肢を切り落としても襲い掛かる。そのため、確実に首を跳ねる必要がある。
「あちらに朱色の甲冑を装備した騎士が護衛と共におります。この部隊の指揮官と思われます」
ザイファ大佐の魔騎竜は助走をつけて飛び上がると、小振りの羽で滑空し、副官に指し示された敵騎士の目前へと着地する。部下たちも次々と後に従う。
「お前がこの部隊の隊長か?大佐か中佐階級とお見受けするが……」
「ふがぁ?、るがああ」
敵騎士と護衛達は呻きながら一斉にザイファ大佐に斬り掛かる。
「この部隊には正常な奴はいないのか、やれやれだぜ」
ザイファ大佐が大太刀を一振りすると彼らの首が宙を舞う。
◇ ◇ ◇ ◇
ザイファ大佐が敵騎士を倒すと、前線の敵兵の動きが鈍くなり、自軍の歩兵に瞬く間に倒されていく。
隣のエイムス少将と対峙する敵兵には変化がない。おそらく指揮系統が分かれているのだろうとザイファ大佐は考える。しばらくすると、敵軍が退却を始めた。
「大佐、これはどういうことでしょうか?」
副官が敵騎士の首を地面に置く。若い娘だが唇は糸で縫い合わされ、皮の皮膚は剝がされている。拷問を受けた町の生娘としか見えない。
「腐敗臭はしないので
ザイファ大佐が敵騎士の首を見ながら考えていると、
「おそらくは、黒魔法による呪術だろう」
と突然声を掛けられる。
声がした方へ顔を向けると数人の部下と共に現れた副大将のエイムス少将が目に入る。ザイファ大佐は平伏し、訪問に感謝の意を示した。
「貴殿の功績により敵本隊はこの一月で半分まで兵力を減らした。ローズ公爵様は貴殿と貴殿の騎士団の活躍を褒めておいでだ」
エイムス少将はザイファ大佐の功績を評価しながら言葉を続ける。
「本日の様子だと敵将であるアリエル中将、もしくは、側近の呪術者を倒せば中央軍は瓦解するであろう。明日、貴殿の騎竜隊で敵本陣へ奇襲を仕掛けて欲しい。私も援護はするが、敵右翼の攻撃に備えるため、多くの兵数を割くことはできぬ」
(前線を突破できない俺に痺れを切らして自部隊を送り込みながら、俺の功績を褒めているなどと笑わせるな。適当な推測で突撃命令を出すとは……現場をしらない若造はこれだから困る)
ザイファ大佐は心の中で罵りながらエイムス少将の話を聞いていた。
「畏まりました。副大将様は
オズワルト陣営が戦場に現れないため、敵右翼のアルゴン少将の部隊に側面から攻撃を受けていた。ザイファ大佐はその状況を揶揄していた。
「王子に対して失礼な発言は慎みたまえ。では、明日の作戦、よろしく頼んだぞ」
エイムス少将はそう言い残すと踵を返して離れていく。
「けっ、いいとこの坊ちゃんが偉そうな口をきくな」
ザイファ大佐はエイムス少将の姿が消えたのを確認して毒づいた。
――翌日、アリエル中将の本陣
「敵の騎竜隊を前方に確認しました。間もなく本陣の弓兵の射程に入ります」
台座に座るアリエル中将は、伝令兵の報告を聞くと妖艶な笑みを浮かべる。
「わたしの子供達を沢山殺した子達ね。待ち侘びたわよ、強き力を持つ兵士よ。サルエゴ大佐、手筈通りもてなしてあげなさい」
アリエル中将の直轄部隊、鉄血鎖親衛隊の指揮官であるサルエゴ大佐は一礼をすると副官と共に敵を迎え撃つべく、前線へと出撃する。
「さて、私とあなたも準備を始めましょう」
アリエル中将の声に答えるように台座の下で唸り声が聞こえた。
――ザイファ大佐の騎竜隊
敵の前衛はザイファ大佐の歩兵部隊とエイムス少将の援軍に任せ、ザイファ大佐率いる騎竜隊は敵陣奥深くへと突撃していた。
「よし、敵本陣だ。敵将、アリエル中将の首を挙げて六大騎士団の鼻を明かすぞ」
ザイファ大佐の号令に応えるように騎竜隊が一段と速度を上げて敵本陣へと突き進む。敵の弓矢は後方の地面へと刺さり、朱色の甲冑を装備した本陣の守備部隊と衝突する。
「こいつらは正常です。手強い相手ですが、何だか安心しますね」
副官の嬉しそうにザイファ大佐に話しかける。
「気を抜くな、アリエル中将の直轄部隊だ。ん?、敵陣中央が薄いな。我々を中央に誘い込んで包囲陣形を取るつもりか……敵将は中央から離脱したのか……どちらにしても我々は前に進むしかない」
ザイファ大佐は意を決して部下に伝達する。
「薄い中央を突破するが、おそらく罠だ。包囲された場合はそのまま突破するぞ」
騎竜隊は敵陣中央に密集陣形で突撃すると、敵兵はまるで道を開けるかのように左右へと展開し、前方が開ける。そして、数百名の兵士と台座に座るアリエル中将の姿が遠目に見えた。
ザイファ大佐はアリエル中将の元へと近づき、声を掛ける。
「私は、ザイファ・フォン・アナハイムだ。貴殿がアリエル中将か?」
「ええ、東方軍指揮官、アリエル・フォン・ハフトブルクよ。周囲は私の親衛隊で法包囲したわ。投降するなら仲間にしてあげる」
アリエル中将は台座に腰を掛けたまま、余裕の表情で答える。
「悪い冗談だな。お前を討ち取り、包囲陣を突破することなど造作もない。貴殿も現場を知らぬ名ばかり将官だな。その愚かさを知るがいい」
ザイファ大佐の合図で騎竜兵はアリエル中将の元へと突撃する。
ザイファ大佐は、
「護衛ごとまとめて灰にしてやる」
竜の頭部からアリエル中将に向けて炎の球放出される。
「あら、その兵士は私の護衛ではなくて生贄なの。殺されると困るわ。さあ、クロビス兄様、生贄が灰になる前にお食べください」
アリエル中将が呼びかけると、台座の下から両腕、両足を鉄鎖で縛られた
「お兄様の神威‟
その囚人は激しく慟哭すると、突撃する騎竜隊を取り込むかのように、鉄錆色の淀みを大量に放出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます