3.3.21 王女の初陣(1)

――王国歴 301年 初春 西方軍 第一王女陣営 vs セリシア少将

――第一王女陣営の本陣


「シャーロット王女様、座り心地はいかがでしょうか?」

「うむ、悪くないぞ。このふんわりした感じが新鮮で心地よい」

椅子を鞍替わりに設置し飛竜に第一王女を座らせる。


飛竜に乗りたいという第一王女の強い要望で、最も小柄で大人しい赤色の飛竜、アカネが選ばれた。アカネは翼を拡げて地上から一メルクの空中 で 停止することができる。


ベロニカが飛竜の首元に立ち手綱を抑える。また、カロルが第一王女の隣に控え、ヒュードル大尉が重装歩兵を率いて周囲を警護する。


戦場で急襲されたときには、ヒュードル大尉の部隊が時間を稼ぐ間に、素早く上空へと退避する想定だ。万全の態勢で第一王女の初陣に備える。


「カロル大尉、ヒュードル大尉、わらわの護衛をよろしく頼む」

二人は跪き、挨拶を行う。


ヒュードル大尉は過去の事件を含めると二度目の護衛となる。落ち着いた様子で挨拶を行うヒュードル大尉に、以前の思いつめた雰囲気は感じられない。第一王女が与えた罰で心の整理がついたのかもしれない。


「さて、ザエラ中佐、お主のお手並み拝見といこう」

第一王女は上機嫌でザエラに声を掛ける。


ザエラは部外者かつ部隊は敗戦続きだ。部隊の求心力を高めるためにと、第一王女が戦場にでることを自ら選んだ。言い換えれば、大将が出陣せざるを得ない程、こちらが損害を受けているということだ。


(王女の出陣で敵軍が本格的に攻めてくるに違いない。ザルトビア要塞で敵総大将を倒した俺の存在がばれると警戒されそうだ。目立たぬよう髪色を変えて正解だな)

そう考えながら金色の髪の毛をかき上げる。ザエラは開戦以降、テレサから譲り受けた染料で髪の毛を染めていた。


「畏まりました。直ちに戦場にて布陣をいたします」

ザエラが布陣の合図をすると各部隊が一斉に移動を始めた。隣ではヨセフ少将が俯き加減で無言で佇んでいたが、周囲から存在を忘れられていた。


――セリシア少将率いる中央騎兵隊


セリシア少将がいる中央騎兵隊から、一際大きな赤い旗が正面の敵陣の奥に見える。

「ほう、大将旗が見えるな。ようやく第一王女かざりもののお出ましか」


(再戦から約四割近くの敵兵を倒した。生命魔法を使える白エルフの戦線復帰は早いが、傷を受けた痛みの記憶や敗北感がなくなる訳ではない。大将が出陣しなければ部隊を維持できないほど士気が落ちているのだろう)

セリシア少将は決戦を仕掛ける日が迫るのを感じていた。


「本日は通常の陣形で攻めて相手の出方を見る。両翼の部隊に伝令を出せ」

隣にいるクレマン大佐にセリシア少将は指示を出す。


伝令が両翼へ届くまで、セリシア少将は荒涼とした大地を不安気に見渡していた。

(ここは葡萄と小麦の一大産地だ。例年なら一面に黒麦ライムギの若葉が生えているのだが……昨年に続き、今年も作付けができないと深刻な食糧不足が起きるに違いない。ミハエラ中将はこの状況を憂いて決着を急がれているのだろうか)


――第一王女陣営の中央前衛


ララファ、フィーナ隊は‟完全擬態パーフェクト・カモフラージュ”で姿を消して中央の最前列に紛れ込んでいた。


《フィーナ、二十まで多重展開できたけど。魔法陣を維持しておくのが辛いわ。はぁ、早く発射してしまいたい。敵の騎馬隊はまだかしら》


《ララファ、表現がいやらしいです。もっと、真面目にするのです》


《一体何の話よ?前方に土煙が見えるわ、そろそろね》


前方の土煙が上がり敵騎兵隊が近づく。敵騎兵隊は前線へ斬り込む瞬間に‟幻影盾”を弱めて近接武器を生成し始めた。


《いまよ、‟隠蔽魔法陣ハイド・マジックサークル”を解除。‟鉄の杭パイル・オブ・アイロン”を発射。その後は土魔法で馬防柵を前方に展開して、‟完全擬態”を保持したまま前線を離脱するわ》

ララファは念話で作戦開始の合図を送る。


百名のアルケノイドから発射された数千の‟鉄の杭”が、敵騎兵隊へと降り注ぐ。そして、前方に岩でできた馬防柵が次々と出現する。


――セリシア少将率いる中央騎馬隊


「うぐ、ぐあぁぁ」、突然現れた鉄の杭に騎馬隊が次々と打ち抜かれていく。


「損害はどれくらいだ?奇襲ではあるが、速度は遅く、精度も悪い。これしきの攻撃で進軍が止るほど軟弱な部隊ではないぞ」

セリシア少将は迫りくる鉄の杭を弾き飛ばしながらクレマン大佐に話しかける。


「はっ、しかし、防御から攻撃への移行中を狙われたため、幻影重装騎兵の二割と軽装騎兵の三割に被害が出ました。また、前方に馬防柵が出現しました」


「ちっ、負傷者は最後尾に移動させ、護衛をつけて追従させよ。馬房柵は精鋭部隊で突き破り道を開けるぞ」

と言うと、セリシア少将を中心とした精鋭部隊が先頭に立ち、馬房柵を‟幻影武器”で砕きながら先へ進む。引き返して背中を見せれば、弓矢による精密斉射で殺されてしまう。前進しか選択肢はないのだ。


馬房柵を砕いた後、敵前衛を倒しながら前進するセリシア少将に急報が届く。

「後方から遊撃隊です。両刃の湾刀ショテルを使う剣騎兵と弓騎兵が約千とのことです」


両刃の湾刀ショテル使いといえば、以前仕留め損ねた奴か。その後戦場で見かけないので死んだを思っていたが。今日の敵軍はいつもと違うようだな)

敵軍の動きに違和感を感じ取るとセリシア少将は戦術をすぐさま変更する。


「右折して敵軍から離脱し、右翼のジャック中佐と合流して部隊を立て直す」

セリシア少将の号令で騎兵隊は進路を右へと変更した。


――第一王女陣営の本陣


伝令兵からもたらされる報告からザエラは各部隊に指示を出す。これまでは百名程度の隊員しか指揮したことのないザエラには初めての経験だ。報告の中には相反する情報も含まれる。その中で、数千の兵士を動かすことに重圧プレッシャーを感じていた。


「ザエラ中佐、おそらく敵は西側へ抜けた後、敵右翼の重装歩兵と合流するはずです。自軍の応援部隊を味方左翼に向かわせたほうが良いでしょう」


「そうだな。ララファ、フィーナ隊に左翼支援を指示しろ。レーヴェ大尉の遊撃部隊には、敵騎兵部隊が西に抜けたら敵右翼の後背を攻撃するように伝達」


ザエラの気持ちを知ってか知らずか、ヒュードル大尉が適切な助言をくれる。経験豊富な老将の言葉がザエラの唯一の救いだ。


「ララファ、フィーナ隊の奇襲は想定よりも効果がありませんでしたな」

ヒュードル大尉は残念そうにザエラに話しかける。


「ああ、敵騎兵隊を後退させることはできなかった。敵が西に抜けて撤退するのは、遊撃部隊の後背からの攻撃が効いたみたいだ」


(今の‟鉄の杭”は精度と威力に問題があるな。ザルトビア要塞のように城壁から重力で加速させると威力は増すが、精度は変わらない。何か方法が……あっ、あれを試して見るか)

ザエラは何かをひらめいたように指を鳴らす。


「ザエラ中佐、何か思いつかれましたか?表情が急に明るくなりました」


「ちょっとね。さて、皆の戦いの報告を聞くと、体が疼いて来た。私も左翼へ援軍に向かう。ここは任せたぞ」

とヒュードル大尉に言うと、ザエラはラピスに騎乗して左翼へと走り去る。


その左翼では、敵の歩兵部隊と味方の前衛が激戦を繰り広げていた。

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