3.3.22 王女の初陣(2)

――第一王女陣営の左翼前衛


左翼は敵の重装歩兵部隊に押し込まれていた。前衛の小刀は敵の鎧に弾かれ、敵兵の剣に次々となぎ倒されていく。


一人の兵士は全身に切り傷を負い辛うじて立つ。どうせ自分は助からない、ならば、できるだけ敵の注意を引き付けて味方の損害を減らすべきだろう。


その兵士は叫び声を上げて、敵兵に斬りかかる。敵兵は容赦なく剣を振るう。「うぐぅ、ぐはっ」、敵兵の剣が兵士に届く前に、突然現れた槍に敵兵の喉が突かれる。


ララファが姿を現すと、味方の前衛に声を掛ける。

「前衛は一旦退避し陣形を整えろ、ここは我らの部隊が引き受ける」


前衛と敵の重装歩兵の間に巨大蜘蛛に騎乗したアルケノイドと白エルフのペアが突然姿を現し、敵兵を倒しながら割り込んでいく。


敵兵は巨大蜘蛛に驚き、隊列を乱す。すかさず、巨大蜘蛛が糸を吐き出して敵兵を拘束した後、アルケノイドの槍と白エルフの弓矢で防具の隙間から止めを刺す。


しばらくすると、隊列を立て直した白エルフの前衛による精密斉射が援護に加わり、一転して第一王女陣営が優勢になる。


敵兵は乱戦を避けて距離を保ち、互いに睨み合いとなる。


すると、敵後方から現れた増援部隊の隊長がげきを飛ばす。

「おい、お前ら気張れ、蜘蛛の糸ごときで怯むな。数では俺達が有利だ、行くぞ」


増援部隊は蜘蛛の糸を大剣で切り断ちながらアルケノイドに襲い掛かる。再び戦場は混戦となる。


◇ ◇ ◇ ◇


巨大蜘蛛の糸が尽きると、次第にララファ、フィーナ隊が押され始めた。二人は盾で相手を挟み込み、防具の隙間から首元と腹部を槍で突き刺す。


《いくら倒してもきりがないわ、あの増援部隊が来てから流れが変わった。相棒の白エルフから回復魔法を受けているけど、敵の数と硬さで体力を奪われるわね》

ララファは息を乱しながらフィーナに念話する。


《このままだと全滅してしまうです。遊撃部隊は何をしているのかしら?》

フィーナも疲れた様子で、珍しく弱音を吐く。


《この様子だと期待できないわね。サーシャ隊長みたいに私にもっと力があれば……悔しいわ。ごめんね、フィーナ》

ララファが謝るとフィーナは首を振り否定した。


甲冑を全身に纏う兵士が二人に近づき、

「おい、そこの二人が部隊長だな。こいつから聞いたぞ」

と叫ぶと、腹を切り裂かれたアルケノイドを無造作に投げつける。地面に転がる仲間は血を流しながら、「ヒュー、ヒュー」と辛うじて息をしている。


「くそっ、貴様、我らの仲間を……フィーナいくよ」

ララファの合図で、二人は兵士に襲い掛かる。


その兵士は二人の攻撃を軽やかに交わしながら長剣を巧みに扱う。後部座席の白エルフも弓矢で援護するが、‟浮遊盾”に阻まれる。


「まあ、あんたらは強いが、槍と剣では相性が悪すぎたな」

と言い放ち、兵士は長剣を一振りする。二人は辛うじて盾で長剣を防ぐが、戦技アーツ衝撃波ショック・ウエーブ”が盾から腕へと伝わる。


「痛ぅ」、二人は腕を抑えて苦痛の表情を浮かべる。‟衝撃波”で腕の骨が砕かれたようだ。またたく間に、腕が赤く腫れあがり、紫色の痣ができる。


「蜘蛛女、止めだ。戦技‟超距離剣戟ロング・スラッシュ”」


兵士が長剣を振ると、剣戟がまるで鞭のようにしなりながら二人に切りかかる。二人が死を覚悟した瞬間、一人の男が間に割り込み剣戟を受け止める。


「ザエラ中佐!!」


二人は喜びの声を上げる。


◇ ◇ ◇ ◇


ザエラが聖魔法‟完全回復フルヒール”を多重詠唱すると、数百の負傷した味方が同時に光に包まれる。腹を引き裂かれて死にそうな兵士も一命を取り止めた。兵士の眷族である巨大蜘蛛があるじを背に乗せると戦場から急いで離脱する。


実妹ティアラの負担を減らさないとな)

ザエラは繰り返し多重魔法による回復魔法を唱え、自軍の負傷者を治療する。


「蜘蛛の大将のお出ましか。ザエラ中佐の名は聞いたことがないな。俺はジャック・フォン・ロレーヌ、階級は中佐だ。貴様は新手の援軍なのか?」


ザエラはジャック中佐の問いに答えず、長巻を抜き、斬りかかる。二人の剣戟がしばらく続く。ザエラは繰り返し相手の‟浮遊盾”を砕き、相手の魔力の消耗を図る。


(魔力が尽きれば防具は消える。大技の発動で魔力は残り少ないはずだ)

ザエラの予想通り、すぐにジャック中佐の‟浮遊盾”の再生が止まる。


「やばい、甲殻の陣形で撤収するぞ。奴から俺を守ってくれ」

ジャック中佐が後方に控える部下に指示を出す。


すると、重装歩兵は横一列に並び、ザエラの剣戟を受けながら後退する。しかし、ザエラの長巻は確実に敵兵を倒しながら、ジャック中佐の背中へと迫る。


「おい、お前、馬蹄の音が聞こえないか?セリシア少佐の援軍だ。俺の勝ちだな」

ジャック中佐はそう叫ぶと、先行して突撃してきた騎兵に拾われ、撤退する。


そして、味方の右翼部隊へと合流したセリシア少将の騎兵隊が姿を現した。


◇ ◇ ◇ ◇


「巨大蜘蛛に騎乗したアルケノイドか、新手の部隊だな。貴様が部隊長か?」

セリシア少将はザエラに声をかける。


セリシア少将はザエラを見つめながらふと気づいた。

「貴様は以前の眼帯の兵士だな。赤い眼は何かの病気か?」


ザエラは一言も発せず、セリシア少将へと斬り掛かる。隣のクレマン大佐が前に出ようとするのを制し、セリシア少将は斧槍ハルバートでザエラの刃を受ける。周囲の兵士達は二人の剣戟を固唾を飲んで見守る。


「軽いな貴様の剣は。そんな力では私を傷つけるさえできないぞ」

と言いながら、セリシア少将は斧槍を振り回す。ザエラは長巻で防ぎながら体ごと吹き飛ばされ地面に転がる。


地面に転がるザエラにセリシア少将は間髪入れずに斧槍を振り下ろす。「ガキン」、ザエラはもう一振りの長巻を抜き、二本の長巻で斧槍を受け流す。そして、再び、セリシア少将に斬りかかる。


「ぎこちない二刀流だな。重さは足りてきたが剣技が未熟だ」

セリシア少将は余裕の表情でザエラの長巻を受け止める。


二人が再び剣戟を始めると、伝令兵が緊急の知らせを届ける。

「後背から敵の遊撃隊が再び現れました。軽装歩兵に甚大な被害で出ています」


「今日のところは引き上げるぞ。赤い眼の白エルフよ、勝負はおあずけだ」

とザエラに言うとセリシア少将の部隊は一斉に退却を始めた。


クレマン大佐は、第一王女軍の勝鬨かちどきの声を聞くと

「少しぐらい損害が少ないからと調子に乗りおって」

を不服そうに文句を言う。


「今日はこちらの負けだが、対処すれば問題ない」

セリシア少将は落ち着いた口調でクレマン大佐をなだめる。


(援軍が投入されたとはいえ、兵数は少なく軽装騎兵だ。我々、重装騎兵の敵ではない。近日中に決着をつけるとしよう。しかし、ベルナール公を倒したのは、巨大蜘蛛に騎乗する赤髪、赤眼の男性と噂に聞く。グロスター伯爵家による情報統制のため名前と階級は不明だが、まさか先ほどの奴ではあるまいな……髪色など染めれば簡単に変えることができる)

セリシア少将は俯いて考え事をしていたことに気づき、姿勢を正した。

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